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名前を捧げるということ

 いま、イクサはなんと言っただろうか?


「すまない。難聴になったようだ。もう一度言ってくれ」

「英雄王陛下に名を捧げると申しました」

 

 聞き間違いではなかった。

 どういうことだ?

 イクサは俺との一騎打ちを望んでいたが、それもまだ果たしていないし、それ以外に好感度を上げたつもりはない。

 そう考えていると、トラコマイが目を細めて告げる。


「鬼族の若頭。忠誠を誓うのならわかるが、名前を捧げるには相応の理由がいる。だいたい、名前を捧げるなんて、その主に何十年も仕えた家臣がこの人以外の主を考えられないと思ったときにする行為だ。英雄王陛下が王になって一カ月も経っていないだろう? いまのは聞かなかったことにしてやる」


 魔族の風習をあまり知らなかった。

 名前を捧げるのが永遠の忠誠だってのは知っていたが、そういうものだったのか。

 シヴとローリエの二人に名前を捧げられて、最近だとキュロスまで俺に名前を捧げようか悩んでいるという噂を聞き、結構軽いものなのかと勘違いするところだった。


「いいえ、トラコマイ殿。私は考えて名を捧げています」

「考えだぁ? だが――」


 トラコマイは何かを言いかけたあと俺を見て口を噤む。


「無礼講だ。言いたいことを言ってくれ。俺の作った酒をうまいと言ってくれたサービスだ」

「感謝します」


 トラコマイは俺に頭を下げ、そして言う。


「鬼族の若頭。英雄王陛下は人間だ。儂は陛下のことを主君と認めているが、腹の内でつまらないと思ってる奴は少なくない。そんな陛下に若頭のお前が名を捧げたことが知られれば、鬼族の立場は悪くなる。それともう一つ。お前が名を捧げたら、鬼族の族長になることができなくなる。そもそも名を捧げるというのは魂の契約だ。陛下が魔力を込めた言葉で命令を下せば絶対に逆らえなくなる。隷属の腕輪よりも遥かに強い呪いのようなものだ。当然、そんな奴はもう族長にもなれない」

「なっ!? そうなのか!?」

「そりゃそうでしょう。名前を捧げるってことは陛下の傍で常に働くし、種族のためではなく陛下のために働くということです。自分の部族の里に一時的に戻ることはできても、その部族を率いることはできないんですから」


 だったら、シヴとローリエはその覚悟で?

 シヴは何も考えていない可能性はあるが、ローリエは何故だ?


「トラコマイ殿。英雄王陛下がザックス将軍を打倒したのを俺は見ていました。そして、気付いたのです。今の俺では、いや、何年経とうと俺はこの人には勝てないと。そして、人間族や魔族など関係なく、ただ自分の意志を貫く彼を見て思いました。英雄王陛下がこの先何を為すのか、傍で見たいと」

「別に名を捧げなくても傍で見ていればいいだろう」


 トラコマイのもっともな言葉に、イクサは首を横に振る。


「英雄王陛下は、王の立場であることに固執していません。それどころか王位を誰かに譲りたいとさえ思っているようです」


 ギクっ、どうやら気付かれていたのか。

 その王位を譲る相手として筆頭に上がっていたのがイクサだったということには気付かれていないようだが。


「陛下が王位を誰かに譲られたとき、俺の種族の代表という立場は俺の自由を縛ります。種のため、新たな王に仕えないといけなくなる。それが決まってから名を捧げたのでは手遅れだ。種の裏切りとなる」

「なるほど。だったら、今のうちに名を捧げてしまおうってわけか。表向きは、陛下への忠誠心を形で示し、陛下の鬼族への心象を少しでもよくするため。特に鬼族の若頭は前魔王時代からの側近。陛下が若頭を疑っていたとしても不思議ではない」

「そういうことです」


 何故か二人はわかりあっているようだが、俺は納得がいかない。


「待て、流石に性急過ぎるだろ。せめて、お前の親父さんと話し合ってから……」

「必要ありません。代表として送られたとき、父は俺の判断に全て任せると言ってくださいました」

「だがな――」


 いくらなんでも重いぞ。


「陛下。若頭の覚悟を認めてやってください。名を捧げるっていうのはそういうことなんです」

「名前を捧げるのは断る」

「英雄王陛下!」

「俺はいつか自分のいた世界に戻りたい。その方法を探している。だが、俺の世界にお前やシヴ、ローリエを連れていくことはできない。永遠の忠誠を誓われた場合、それは俺にとって足枷になる」


 俺はイクサに言った。

 アイナのように人間に近い姿だったらなんとかなるが、頭に角が生えていたり、背中に蝙蝠の翼が生えていたり、狼耳と尻尾が生えている人間は地球にはいない。

 最初はコスプレだと言って誤魔化せるだろうが、いつかは限界が来る。


「だが、同時にイクサの覚悟もわかった。だから、捧げてもらった名前を預かるという形じゃダメだろうか? お前の忠誠は受け入れる。だが、俺が必要だと思ったとき、名前を返す」

「確かに陛下の言う名前を返す前例は存在する。確か、何代か前の魔王が、自分に捧げられた忠誠を、今度は自分の息子のために使ってほしいということで、捧げられた名を返した記録がある」


 トラコマイが髭を撫でながら思い出す。


「俺が王を辞めたがっていることを知っていて、なお俺に仕えたいって言ってくれてるんだろ? 流石にそんな覚悟、無碍にはできないさ」


 俺は敵には容赦なく生きると決めたが、自分に好意を持ってくれている人間には甘い。

 それが弱点だと自分でもわかっている。


「ありがとうございます。陛下が俺を必要ないと思うまで、この忠誠を陛下に捧げます」

「ああ。よろしく頼む」


 しかし、これで四天王のうち三人から名前を捧げられてしまった。

 残るのはサエリア一人だな。

 まさか、彼女まで名前を捧げるということはないだろう。

 それより、気になるのはローリエの方だな。

 一体、なんで彼女は俺に名前を捧げたのだろう?


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