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願いの魔神

 ダルクから教わった遺跡ダンジョンの入り口に到着した。

 王家の墓といっても、日本の大きな古墳やエジプトのピラミッドみたいなものではない。盗掘対策なのか目印らしきものは何もなく、砂の下に埋まっている。

 だが、その対策も無駄に終わり、今では発掘作業も終わり、盗掘されつくしている。

 墓荒らしによって作られた煉瓦の階段を降りて砂の下の王家の墓に向かう。

 完全に下りたら光もほとんど届かず、王家の墓の中は薄暗い。

 勇者になって夜目も利くようになったが、とはいえこの様子だと完全に光が届かなくなるのも時間の問題だろう。

 手を前に翳すと、光の球が十個浮かんだ。

 これは魔法と呼ばれる技術だ。

 人間なら約十人に一人使える。

 ダルクのような蜥蜴人族は千人に一人くらいしか使えないが、ほぼ全員魔法を使えるエルフのような種族もいる。

 体内の魔力と呼ばれる力を使い、様々な奇跡を起こす。

 日本人の俺には元々魔力なんてものは存在しないはずだが、勇者の力を手に入れたときに一緒に入手し、いろんな魔法が使えるようになった。

 冒険者ギルドで魔力を見てもらったときは測定できないくらい魔力があるって言われて大騒ぎになって、逃げだしたことがあった。


「ん?」


 戦いの音が聞こえる。

 遅れて人と魔物の気配に気付いた。

 どうやら先客がいたようだ。そして、気配でわかるが、かなり苦戦しているらしい。

 こういう場合、助けに入っても碌なことはないのだが、戦いが終わるのを待つのも面倒だし、魔物に食い荒らされた死体を見るのもグロテスクでイヤだからな。

 少し速足で音と気配のする方に向かう。


 紫色の巨大なトカゲと冒険者風の四人組が戦っていた。

 いや、既に三人か。一人、石になっている。

 あの巨大な紫トカゲはバジリスク――人間を石にする力を持つ魔物だ。

 俺の位置はバジリスクの背後。

 三人はちょうど退路をバジリスクに塞がれた形になっている。

 その三人のうちの一人が俺に気付くと、


「おい、あんた! 助けてくれ!」 


 素直に助けを求められて、少し気が楽になる。

 ここで何も言われずに魔物を倒したら、傍からみたらどれだけ危ない状況でも「俺たちだけで十分勝てた。あんたのやったことは魔物の横取りだ!」と因縁をつけられることがあるからだ。

 頼まれたので早速、腰に差していた剣を抜き、魔力を纏わせる。

 抜いたのはなんてことはない鉄の剣だ。

 この世界の剣は斬るというより叩くという感じで、とにかく切れ味が悪い。

 だが、魔力を纏わせることでその切れ味が増す。

 まずはバジリスクの尻尾を攻撃する。

 バジリスクの尻尾は直ぐに再生するが、しかし振り回して攻撃されるのは厄介なので最初に斬り落とした。

 バジリスクが雄叫びを上げる。

 自分で切り捨てることができる尻尾だが、他人に斬り落とされるのは腹が立ったらしく、振り返ったその目には怒りと殺意が宿っている。

 俺のことを食べるべき獲物ではなく、戦うべき敵と見たのだろう。

 攻撃手段は体当たり。あの巨体に押し潰されたら並みの人間では無事では済まないが、本当に警戒するのはあの牙だ。

 バジリスクに噛まれると毒が体内に注入され、石に変えられる。

 俺は勇者の力で毒に耐性があるが、それでも体内の毒を完全に中和するのに時間がかかる。

 予想通り体当たりしてくるバジリスク――狭い通路だと厄介なことこの上ないが、俺は周囲に展開させていた光の球をバジリスクに飛ばす。

 冒険者の持っていた松明程度の灯りならまだしも、LEDライトよりも強力な光は、地下の暗闇に慣れたバジリスクの目を眩ませるには十分だったようだ。

 もっとも、バジリスクは蛇と同じように敵の体温を感じとる第三の目があるから、本当に目眩まし程度の隙しか生み出せない。

 それでも――


「俺に一瞬でも隙を見せたのがお前の最後だった」


 背後からならまだしも、正面に向かい合っている時の隙ならば、頭、首と急所は狙い放題だ。

 俺は大きく跳躍し、俺を見失いながら体当たりしてくるバジリスクの上を取ると、そのまま剣を振り下ろし首を斬り落とした。

 頭を失っても尚、バジリスクの足はバタバタと動きを止めなかったが、やがてそれも止まる。

 返り血を浴びたので水魔法で洗い流すが、髪の毛とかについたものはなかなか取れないんだよな。


「アッシュ! アッシュ!」


 冒険者のうちの一人の女が石と化した男に抱き着いて泣きながら声を掛ける。

 バジリスクが死んだからといって、石化した人間が元に戻るとは限らない。

 それに、怪我をしている奴らもいるな。

 俺はバジリスクを次元収納に入れながら言う。


「金貨10枚だ。払ってくれるのならその男の治療を引き受けよう」

「本当にっ!? 本当にアッシュを助けられるの?」


 女が一縷の希望に縋るような目で俺を見るが、後の二人はどこか懐疑的な目を浮かべている。

 石化したものの治療には高位の魔法が必要となる。


「別に払いたくなければいい。俺は先を急ぐだけだ」

「払うわ! ねぇ、みんな!」

「しかし――」

「アッシュのためよ!」


 そう言って女は鞄の中から銅貨と銀貨を取り出す。ちょうど金貨三枚分くらいといったところか?

 残りの二人も不承不承という感じでそれぞれ革袋から金を取り出す。

 お金を確認し、懐に入れると魔法を唱える。


「キュアストーン」


 魔法を唱え終わると石化した男の身体が光り輝き、元の肌の色を取り戻していった。

 アッシュと呼ばれた男は、自分の身に起こったことが理解できないのか、目を白黒させて呟く。


「…………っ! 俺は、助かったのか!?」

「この人が助けてくれたの! 金貨10枚で」

「金貨10枚っ!? そんな金――ただでさえ借金して装備を整えてきたっていうのに」

「アッシュを助けるためだもの」

「しかし――」


 金のことでなんか揉めているが俺には関係のない話だ。

 そのまま立ち去ろうとすると――


「なぁ、あんた! バジリスクの素材、少し分けてくれないか? 俺たちも少しは傷つけていたんだし」


 とバジリスクから助けを求めた男が俺に声をかけてきた。


「悪いが、あんたたちが救助要請をした時点で戦闘放棄と同じだ。分け前を渡すつもりはない。冒険者規則にもそうある」

「だったら俺たちも一緒に連れて行ってくれないか? 未踏破のダンジョンだ。一人で行動するより五人で行動したほうが――」

「バジリスクなんかに後れを取る冒険者は足手纏いだ。他を当たれ」


 俺はそう言って立ち去った。

 そして、暫し歩いた後、深いため息を吐く。

 これだからダンジョン内で人を助けるのはイヤなんだ。


 振り向き様に剣を抜き、足音を立てずに殺意を向けて近付いてきた男二人の腹を切り裂き、さらに後詰めで攻撃してくるはずだったアッシュと呼ばれた男も流れるように斬った。

 残ったのは一番後ろでナイフを構えていた女――彼女は恐怖に怯え、目を瞑りながらナイフを投げてくるが、俺はそれを剣で弾く。


「四対一で背後から攻撃したら勝てると思ったのか。浅はかだな」

「や、やめ……」


 バジリスクに対してそうしたように、彼女の首も剣で斬り落とした。

 先ほどの金貨十枚が惜しくなったのか、俺の所持品を奪うつもりだったのか、もしくは俺が次元収納に入れたバジリスクの死体が狙い――いや、その全部だろう。

 人間が全員悪人とは言わないが、冒険者をしているとこういうことは往々にしてある。死体も次元収納に入れた。

 ダンジョン内で放置すれば不死生物化する危険もあるし、そうでなくても帰りにこの道を通るとき、魔物に食い荒らされたこいつらを見ると気が滅入るからだ。

 ダンジョンから出たら火葬くらいはしてやろう。


 異世界は殺伐としている。

 楽しいこともあったが、それ以上に辛いことが多かった。

 もっともそのお陰で、俺は望郷の念をこれまで忘れずにいられたのだが。


 遺跡ダンジョンの中は攻略不能と言われる理由がわかるほどに魔物の巣窟になっていた。

 バジリスクは序の口で、ミノタウロスやヒュドラ、レッサードラゴンなど魔物が溢れている。

 普通、こういうダンジョンは魔物の生態系を保つためにも被食者側として弱い魔物もいるはずなのだが、そんな魔物は一切見当たらない。

 自然のダンジョンではありえないことだ。

 まるで侵入者を阻むためにだけ存在するような配置だ。

 何かを護ろうとしていて、その護ろうとしているものが大きいということか。

 だとしたら、この先に願いを叶える魔神が封印されている信憑性も出てきた。

 大量の魔物を次元収納でしまいながら俺は前に進む。

 光魔法で照らし出された壁には、エジプトの象形文字のような絵が描かれていた。

 意味はわからないが、遠い歴史の重みを感じる。

 これだけ魔物が跋扈しているダンジョンの中で長年その姿を保っていられるのは、何かしらの魔法により保護がなされているからだろうか?

 歴史的な価値があるのかもしれない。

 俺は壁に手を添え、力を込める。

 壁が音を立てて崩壊していき、その先に広い部屋が続いている。

 俺は瓦礫を乗り越えて部屋の中に入った。

 奥には扉があり、その扉の上には巨大な獅子の像。

 石でできているとおもわれる像から魔力を感じる。

 扉を開けようとすると襲い掛かってくる感じだな。

 魔物ではなくゴーレムの類だな。

 だったら、馬鹿正直に付き合うつもりはない。

 魔法で火の球を生み出して、それを石像に向かって投げた。

 すると、獅子の眼窩に赤い光が灯り、火の球を躱した。

 火の球が着弾して巻き起こった爆風に乗り、地面に降り立つ。

 あのまま動かないでいてくれたら楽に終わったのだが、そこまで甘い設計ではないらしい。宝箱に擬態したミミックとかだと、割とこの方法で戦いが終わるのだが。

 石像の獅子が吼えると、風が渦を巻いて俺に向かってくるが、俺はその風の渦を魔力を込めた剣で切り裂いて消す。

 獅子の石像はさらに飛び掛かって来たが、その爪を紙一重で躱しながら剣を振り上げて叩き壊す。

 少し頑丈だったが、この程度か。このダンジョンの魔物の中では一番強かったかな?

 しかし、勇者の力には及ばない。

 勇者は強い。

 たぶん、素の力だけなら魔王よりも強いだろう。

 だが、それだけでは魔王には勝てない。

 魔王はコアクリスタルと呼ばれる魔力の塊を持っていて、そのコアクリスタルの近くでは強大な力を発揮することができる。

 その力を封じるには、魔族の四天王の持つサブクリスタルを全て手に入れて力を相殺しないといけないそうだ。

 それで初めてコアクリスタルの力を無効化し、魔王と戦うことができる。

 まぁ、俺には関係のない話か。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか」


 奥の扉を開ける。

 そこにあったのは金銀財宝――人生五百回くらい遊べるほどのお宝が山になっていた。

 だけど、魔道具の類は見つからない。

 願いの魔神も見つからない。


「所詮は噂か」


 まぁ、金はあって困るものではない。

 全部次元収納に入れる。

 情報をくれたダルクにも金貨一枚くらい恵んでやるか。

 そんなことを考えていると――


(こっち)


「――っ!?」


 いま、確かに声が聞こえた気がした。

 女の声だ。

 俺は声のした方に行く。


「この壁か」


 先ほどよりも分厚いためわからなかったけど、隠し部屋がある。

 さっきの金銀財宝はそこが終点だと錯覚させるための罠ってことか?

 だとしたら、それよりも貴重なものがあるのかもしれない。

 あそこにはなかった魔道具の類か、もしくは――

 さっきの声が気になる。

 本当にいるのか?

 壁に手を添えて力を籠める。

 壁に罅が入った。

 その罅は段々と広がっていき、そして――


「やっと来てくれた」


 崩れた壁の向こうにいた彼女が、俺を見てそう微笑んだ。

 両手両足を鎖に縛られたその彼女はさらに続ける。


「私は願いの魔神アイナ。どんな願いでも叶えてあげるわ」


金貨10枚は日本人の感覚で約100万円です。

石化治療の報酬としては破格ですが、出費としては痛い額になります。


明日もお昼に更新致します。

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やるせねぇ
甘っちょろい判断をしないクールな主人公いいですね
これは面白い話になりそうだ!
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