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敵将ザックス

「俺の名はジン・ニブルヘイム。ニブルヘイム英雄国の英雄王だ!」

 その瞬間の思い付きで、俺の名がただのジンから、ジン・ニブルヘイムへと名前を変わったのだった。

 剣の切っ先を向けられたザックスは眉を一つ動かさず、俺を見据える。

「ジン・ニブルヘイム……そうか。貴様が魔に堕ちた勇者か」

 ザックスが兜を外して言う。

 兜の下は頬に大きな傷のある老将の顔があった。

 俺の力ならば兜を貫通してダメージを与えることができる。弓兵が正面に集まっている今なら矢で攻撃される心配もない。それなら兜を外して視野を広げた方がいい。

 なるほど、頭が回るのが速い。

「やっぱりそっちではそうなってるのか? 俺としては魔に堕ちたっていうより魔を率いているって感じでやってるんだがな。別に人間に敵対したいんじゃないんだぞ? お前らが撤退してくれたら追撃はさせないと約束しよう」

「ふっ、やはりあれは国と教会の虚言だったか。だが、我は国に忠誠を誓った身。敵の王が自ら戦場に現れたのならばここで勝負を付けさせてもらおう。ニブルヘイム最東端のこの地ではコアクリスタルの力もまともに使えない絶好の機会だからな」

「せっかく逃がしてやるって言ってるのに」

 俺は剣を抜いて振るった。

 今まで使っていたなまくら刀ではない。

 城の武器庫の中にあった剣の中でも俺の手に馴染み、そして国宝級の切れ味を誇る剣だ。

 銘をルナスティア――闇の精霊の名を冠するように、その刀身は黒く輝き美しい。

 そしてその切れ味は――

「何を笑っている?」

「いや、剣の軽さの割には切れ味がぶっ壊れ性能だな」

「ふっ、確かに一目見ればその切れ味はわかる。感嘆の息が漏れるほどだ。だが、どれだけ切れ味がすさまじくても当たらなければ意味があるまい。我の神速と呼ばれる剣の前には切れ味など無意味」

「なんだ、まだわからないのか?」

 俺は刀身を見せて言う。

 ザックスもまた俺を見た――そして彼の顔色が変わる。

 黒く光る刀身に映った自分の姿を見たのだろう。

「…………いつの間に」

 彼は自分の胴体が斬られていることに気付き、その場に倒れた。

 ダルクよりは強くて、魔王よりは弱かったな。

 俺は倒れているザックスに近付く。

 死ねば仏というのは日本人の感覚で、死者を足蹴にするようなことはしたくないのだが、ここは戦場だ。

 俺は倒れたザックスの首を斬り落とし、

「敵総大将ザックスの首、英雄王ジン・ニブルヘイムが打ち取った! 次に俺にかかってきて無駄死にする奴は誰だ!」

「撤退だっ! 撤退! ザックス将軍の死を無駄にするな!」

 副官らしき男が俺を睨みつけながらも配下に命じた。

 ザックス将軍の無念を晴らせ! とか言って襲い掛かって来るかと思ったが、頭のいい副官がいたようだな。

 ザックス将軍を一撃で討ち取った俺の攻撃を見て、たった数百人で倒せるとは思わない。この世界はそれほどまでに個の力が重要視される。

 彼らがすることは敵討ちと言って無駄死にすることではなく、俺の出現とその強さを伝えること、そしてザックス将軍が率いたレスハイム王国軍をうまく撤退させることだ。

「イクサ、シヴ。そっちを手伝う――必要はないな」

 振り返ると謀反者たちの死屍累々が山になっていた。

 わかっていたが、やっぱり二人とも強いな。

 さすがは種族の代表だ。

「英雄王陛下っ!」

「おっ、サエリア! ナイスタイミングだ」

 城壁の上に現れたサエリアに俺はそれを放り投げた。

「敵総大将ザックスの首だ。これを正面に! この戦いは俺たちの勝ちだと伝えてこい」

 サエリアはザックス将軍の取り落としそうになるが、なんとか受け止めると、それを持って正面に走った。

 暫くして、正面から勝鬨を告げる歓声が聞こえた。

「ジン様! シヴ頑張ったです!」

「よしよし、よく頑張ったな。だが返り血まみれで抱き着いてくるな。ほら、ちゃんと洗え」

 次元収納に綺麗な井戸水を大量に収納しているので、それを垂れ流してシヴに手と顔を洗わせる。

「冷たくて気持ちいいです」

「そうかそうか、よかった。イクサも洗っていいぞ」

「はっ。しかし汗を流す程の敵ではございませんでした」

 イクサはあまり返り血を浴びていないな。

 布で剣の血を拭っているから戦っていないのではない。

 戦い方がうまいのだろう。

「イクサ、水を浴びるです!」

 シヴが手を巨大化させて水を切るように拳を振るった。

 水がイクサを呑み込んだ。

「……シヴ、何をしている」

 イクサは頭から水に濡れていつもとは違うイケメンになった。

 イクサが怒っている?

「ジン様の水、冷たくて気持ちいいです」

「そうか……悪意はないのはわかるがやめてくれ。角に水を浴びるのはあまり好きではない」

「イクサは水浴びが苦手なのか。それは意外な弱点だな」

「ジン様、違います。水浴びが苦手なのではなく、角が濡れるのが気持ち悪いだけです」

「そ、そうか」

 角専用のシャンプーハットとかあれば鬼族にバカ売れしそうな話だった。


 その後は大宴会となった。

 俺はトラコマイと差しで盃を酌み交わしていた。

 盃じゃなくて椀だけど。

 彼は今後もこの砦を守ってもらわないといけないから、酒の付き合い、飲みにケーションは必須だった。

「ほら、酒だ。持ってきたぞ。盛大にやってくれ」

「陛下、この酒はどこで手に入れたんだ?」

「俺が作った失敗作だが、酔うには十分だろ」

 俺はそう言って、瓶に入った酒をトラコマイの空になった椀に注ぐ。

「がはは、酢になってなければ酒に失敗作なんてない。ん? 白く濁ってるな……どれ……これはっ!? うまいじゃないかっ! どこが失敗作なんだ?」

「白く濁ってるからな……濁ってない酒を造りたいんだ」

 この酒は元々米を作っている地域で細々と作られていた濁り酒を俺なりに改良した日本酒もどきだ。

 ある町の情報屋の爺さんが酒好きで、特に変わった酒が好きだと言う話だったので、試しに作った。

 俺としては透明でアルコール度数の高い日本酒を作りたかったんだが、素人ではこれが限界だった。

 俺はトラコマイの空になった椀に日本酒もどきを注ぎ、自分の椀には井戸水を注ぐ。

「陛下は飲まないのか? もしかして下戸か?」

「いや、逆だ。飲んでも酔わないんだよ。勇者には毒が効かない。どうやらアルコールは毒って判断されるらしくて、飲んでも即座に分解、無効化されて酔えないんだ」

「そりゃお気の毒だな。じゃあ、ドワーフ特性の発酵前果実水だ。ドワーフは三歳未満のガキしか飲まないが、ちょうどいいだろう」

「それはありがたい」

 俺が人間だから用意していたのだろう。

 トラコマイから注がれた果実水は彼が自慢するのがわかるほど美味だった。

 俺が果実水を飲んでいると、トラコマイが尋ねた。

「…………陛下、ザックスの最後はどうだった?」

 少し寂しそうにしているその横顔。

 好敵手を失った感情なのだろう。

「……将軍として立派な最後だったよ」

 俺はそう言った。

 決して強くなかったが、勇者である俺に一歩も引かず立ち向かおうとする気構え、そして主君への忠誠心は敵ながら見事だった。

「…………そうですか」

 トラコマイは笑って酒を飲む。

「まぁ、あのザックスを一騎打ちで打ち破った陛下がこれから国を支えてくれるのなら安心だ。儂も安心して酒が飲めるってもんです」

 あぁ、それだが、暫くしたら王の座はイクサに譲るつもりだ。

 一緒に戦ってわかったが、あいつは強い。

 ザックス将軍よりも強いだろうし、恐らく魔王と互角。

 そして俺の行動の意図をよく汲み取ってくれる。

 頭もいいのだろう。

 十分王の座を継ぐ才覚がある。

 ちょうど考えていたらイクサが入ってきた。

「陛下、トラコマイ殿、少々よろしいでしょうか?」

「おぉ、鬼族の若頭か! ちょうどいい、お前も飲め!」

「はっ、ありがとうございます。ですが、飲む前に聞いてください。トラコマイ殿に証人になっていただきたいのです」

「儂に証人? いったいなんだ?」

 トラコマイの質問には答えずにイクサは俺の前に跪き、俺の目を見て宣言する。


「俺、イクサはジン英雄王陛下に永遠の忠誠とともにこの名を捧げることを誓います」


 はい?


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死屍累々が山になるは、頭痛が痛いと同じなんよ。
逃げ道がふさがれていく...
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