オノマトペの転移魔法
「だから、私の力を使えば、敵軍を一網打尽にできますよ!」
「一網打尽にしたところで第二、第三の敵が来るから。お前の魔力が尽きるのが先か、敵軍が尽きるのか先かのチキチキチキンレースをるすつもりはねぇよ。俺は切り札は最後まで取っておくタイプなんだ」
口の端にあんこをつけておはぎを食べるアイナが俺に提案をしてくるが、断って俺は書物を見ていた。
この城の書庫には一般人が簡単に読むことのできない魔導書が数多く置かれていたので、一冊借りてきて、執務室で読んでいる。
その中で俺が着目しているのが転移魔法だ。
魔力の消費が激しいので物資や兵の輸送には使えないが、俺個人が戦場に即座に移動する時に使える。
「サエリア、これ使える?」
「私には無理ですね。転移魔法の使い手は王国内にはいないはずです」
「私は使えます!」
アイナが腰に手を当てて言う。
知ってるよ。
俺をこの城に転移した元凶がお前なんだからな。
とはいえ、アイナがドヤ顔をするくらい、彼女の転移魔法が凄いのは事実だ。
普通の転移魔法は行ったことのある場所、もしくは視界の範囲内にしか転移できないのが定石。しかも距離に応じて魔力の消費が大きくなる。
しかも、俺が王になって初めて知ったのだが、この城の周囲には防御結界が張られていて、普通であれば城内への直接転移はできないはずなのだ。
それなのに、アイナはいとも簡単に初めて行く城内に転移してのけた。
「転移魔法は有用だ。アイナ以外で使い手が欲しい」
「いまから開戦までに人材を探すのは難しいでしょう」
「私の力で見つけましょうか!? ご主人様の願いならば――」
「いや、俺が覚える。幸い、魔導書もあるしな」
「ジン様! それは無茶です。魔導書というのは――」
「ああ、わかっている。魔導書があっても魔法の修得は容易ではない」
魔導書に書かれている大半は、その魔法を使って何ができるかということであり、実際に使うには魔力の流れが必要なのだが、その魔力の流れっていうのはどうも言語化が難しく、感性により書かれてしまう。それはかなり曖昧な表現になる。
それでもヒントにはなる。
「勇者には全属性の魔法が使える適正がある。俺なら使えるだろ」
昨日、城を訪れた使者のサイショがヘルハイム王国の王城に戻るまで最低二週間はかかる。敵が宣戦布告してくるとしたらそこからどんなに早くても一週間後。
最低三週間は時間がある。
三週間の間に転移魔法を覚えてみせる。
「いや、無理だ! なんだこれ! 『びゅん』とか『ばっ』とか表現が抽象的過ぎる。もっとわかりやすい指南書はないのかよ」
転移魔法の特訓を初めて一週間。
理論の部分は少しは理解できたのだが、重要な魔力の流れが理解できない。
いや、なんとなく難しいんじゃないかって思っていたさ。
この世界に召喚されてから、元の世界に戻る鍵は転移魔法にあるって思って、自分でも一応独自の研究はしてきた。
転移魔法に関する魔導書は手に入らなかったが、口伝でもいいと魔法について詳しい相手から話を聞いて回った。
それでも覚えられなかった。
魔導書があるからって覚えられるものではない。
「ジン様、大丈夫? ワイバーンの塩漬け肉食べる?」
「ありがとう、シヴはいい子だな。でも塩漬け肉はいらない」
冒険者ギルドが売り出したワイバーンの塩漬け肉はあまり美味しくないし、喉が渇くし、顎が疲れる。
でも、保存食としては最適で、お湯で戻せば塩肉スープになると、行商人や冒険者を中心にかなりの量が売れているそうだ。
「ジン様、何してるの?」
「転移魔法の修得だよ」
「てんいまほー?」
「ああ。それを使えば行った場所に一瞬で移動できるんだ。シヴと一緒に行ったワイバーンの谷だってあっという間に」
「凄い! シヴも覚えたい! です!」
「シヴは魔法の適性が無いから無理かな」
俺は苦笑する。獣人は類稀なる身体能力を持つ代わりに魔法の適性のない種族が多い。シヴもその例に漏れず、魔法は使えない。
「どうやったら使えるの?」
「下から『びゅん』といって『ばっ』として『ばん』の『にゅん』で『とろん』だ」
自分で言っていて意味がわからない。
なんでこんなのが書かれているんだ?
これなら何も見ないでも同じだと思う。
「やってみる!」
シヴはそう言うと、迷いなく低い姿勢を取り、一気に駆けた。
凄い動きなのは認めるが、もはや魔法とか一切関係ない。
ただの曲芸になっている。
いや、待て? いまの動きってもしかして――
「そうか……『びゅん』と行って『ばっ』ていうのは、鋭く貫く流れを作ったあとその流れを逆方向に流すことで魔力の流れを一度堰き止める……シヴ! もう一度今の動きをしてくれ!」
「わかった!」
シヴの動きを見る。
魔力の流れと照らし合わせる。
わかった――この魔導書の転移魔法の使い手の感性は、シヴにとっても似ているんだ。
彼女の動きをよく見る。
魔力の流れ、そして転移魔法の理論。
繋がる。
頭の中で一つになる。
「シヴ、でかした!」
「本当に? シヴ、偉い?」
「偉いぞ!」
「頭撫でてくれる?」
「いいぞ。あとで思いっきり撫でてやる」
「お腹も?」
「いいぞ。お腹も撫でてやる」
「結婚してくれる?」
「それはダメ」
プロポーズの言葉を断ると、シヴが不貞腐れたように頬を膨らませる。
シヴのことは好きだが見た目中学生だろ? 大人の俺が手を出すのは犯罪臭が酷い。
せめて彼女が十八歳くらいになるまでは待っていてほしい。その頃には彼女の気も変わっているかもしれないが。
それより、俺は落ちている石を拾い、いま組み上げたばかりの転移魔法を使う。
持っていた石が一メートル先に一瞬で移動し、地面に落ちた。
「ジン様! 魔法できた!?」
「一応できたが、狙った場所から少しずれた」
ズレた先が空中だったらいいが、これが地面の中や壁の中に転移したら大変なことになる。
自分の身体を使って転移魔法の練習をするにはまだまだ修練が必要だな。
果たして間に合うかどうか。