ワイバーン狩り
ワイバーン狩りの基本は弓矢や魔法で攻撃をして翼を傷つけて落とし、やっつけるのがいいとされる。
逆に言えば、遠距離攻撃の手段がなければ倒すこともできないのだが――
「シヴ、お前ならどうやって倒す?」
「倒していいです?」
「できるならやってみろ」
「いくです!」
シヴがそう言うと、大きく跳躍し、谷に落ちた。
だが、心配はしていない。
彼女は真っすぐ落ちた先にはワイバーンがいた。
ワイバーンはシヴを見て避けようとするが――
『GYAOOOOOOOっ!』
シヴの雄叫びがワイバーンを一瞬硬直させる。
その隙にシヴはワイバーンの上に着地を成功させた。
そして、次の瞬間、その爪が何倍にも伸び、ワイバーンの首を搔き切った。
「獣変化か」
獣人の中には、その身体全体、もしくはその一部を変化させることができる者がいるという。
若いとはいえ代表に選ばれるだけのことはあり、しっかり獣変化を使いこなしているな。
ワイバーンの首を搔き切ったシヴはその背中を蹴り、崖へと跳び移ると、落ちた時と同じ速度で上がってきた。
「ジン様、倒した!」
「よくやったな。よし、次は二人で行くか。落下しながら一度に何匹倒せるか勝負だ」
「うんっ!」
魔法で射落とす方が楽なのだが、今日はシヴと狩りを楽しみに来た。
だったら、彼女のやり方に倣ってみよう。
紐無しバンジージャンプをするかのごとく谷の上から落下した。
ワイバーンはさっきのように躱そうとするが、俺は剣を抜き、そして振るった。衝撃波が生み出され、ワイバーンの首と胴体が分かれる。
その血が舞い上がる中、俺はワイバーンの胴体に追いつき、次のワイバーンの方に跳び移ろうとするが、横から別のワイバーンが大口を開けて俺に噛みつこうとしてきた。
俺は身体を反転させてワイバーンの鼻に剣を当ててその頭上に跳び移り、剣を突き刺す。
致死性のダメージを与えたのだが、最後の悪あがきに暴れたワイバーンが俺を吹っ飛ばす。
吹き飛ばされる途中にシヴと空中ですれ違った。
シヴは俺がダメージを与えたワイバーンにトドメをさしていた。
そして俺は吹き飛ばされた方向にいる小さなワイバーンに背に跳び移ると、首を思いっきり蹴り、無理やり降下させる。
そして地面に着地したワイバーンの首を斬り落とした。
と同時にシヴも降りてきた。
地面に落ちているのは最初にシヴが倒したワイバーンを含めて六匹か。
つまり、三匹倒した俺の勝ち――
「シヴの勝ち! です!」
「待て、シヴが倒した三匹目は俺が既に致死性のダメージを与えていた。だから俺の勝ちだ!」
「トドメを差したのはシヴです! シヴの勝ち! です!」
そこは譲らなないか。
くそっ、ルールを決めていなかった俺が悪いのか?
「だったら、引き分けでどうだ? あの一匹は二人で倒したってことにしよう」
「二人で倒した!? うん、引き分けでいいです!」
「よし、じゃあ落ちてるワイバーンを回収するか」
次元収納にワイバーンを収納していく。
「ご主人様、もう一回!」
「いや、無理だろ。ワイバーン逃げたし」
空を見上げると、さっきまでいっぱいいたワイバーンが一匹も見当たらない。
シヴが残念そうに空を見上げ、今度は川にいるサハギンたちを見る。
サハギンたちも川の浅瀬に立ち、俺たちの様子を見ていた。
「じゃあ、サハギン狩りする?」
彼女がそう言って爪を伸ばした瞬間、サハギンが川に飛び込み、全力で逃げ出した。
シヴは追いかけようとするが――
「サハギン狩りはしない。また今度一緒に狩りに来るから、今日はおしまい」
と俺はその襟首を掴んでシヴを止めた。
「また今度、ワイバーン狩り一緒に行ってくれる? です?」
「ワイバーンばっかり狩ってたら生体バランスが崩れるから、今度は別の魔物な」
「楽しみ!」
せっかく冒険者登録もしたんだし、たまにはこうして息抜きするのもいいだろう。
俺も戦闘勘を失わなくて済む。
※ ※ ※
「はい、依頼のワイバーン六匹だ」
俺が四匹、シヴが二匹、ワイバーンを担いで冒険者ギルドに現れたらちょっとした大騒ぎになった。まぁ、でかいもんな。
「ジ……ジーノ様、もう戻られたのですか!? 出てから三時間も経っていませんが、本当に狩ってきたものですか?」
「今日狩ってきたのは鮮度を見ればわかると思う。解体したら胃の内容物にサハギンのいる個体もあるはずだから他の場所で狩ってきたものでないこともわかると思う。買い取りを頼む」
「は……はぁ。しかし、こまりましたね。ワイバーン採取の目的の半分は食肉用ですのに、一度に六頭も……販売しきれるでしょうか? 安く売れば赤字になりかねないですし――」
それは俺に話すことではないと思うが。
国からの依頼なのに、食肉を市場に回すのはギルド任せ。
つまり、市場に食糧を供給させるための依頼か?
「王都は食糧不足なのか?」
「王都ではまだかろうじて食糧がありますが、周辺の村では例年冬に餓死者が出ることもあります。そのため、王都で独自に食糧を供給できればその分保存の可能な食糧を残しておくことができますので、冬の食糧不足解消に繋がるんです」
なるほど、そういうことか。
だったら――
「肉を冬まで保存したらいいんじゃないか?」
「肉は直ぐに腐りますから。氷魔法で冷凍できればいいのですが、氷魔法の使い手は少ないですから」
俺は氷魔法も使うことができるんだが、これを言ったら英雄王から氷室の管理人に転職させられかねない。
「それなら塩漬けにしたらどうだ?」
「塩はとても貴重ですから」
「聞いた噂によると、いま、城の方で安価な塩の精製をしているらしい。ほら、王都の外に巨大な水槽があるだろ?」
「あれって、塩の精製だったんですかっ!? てっきり魔法師団の研究設備かと思ってましたっ! 安価な塩――それが本当ならワイバーン肉の保存もできますね。さっそくギルドマスターと相談してみます。あ、こちらはワイバーン六匹分の買い取り額になります」
塩を作ってること、みんな気付いてなかったんだな。
王都の周辺の村でそこまで深刻な食糧不足になるっていうのなら、さらに離れた地方の村々はどうなんだ?
食糧不足――これについてもしっかり考えないといけないな。
って、なに王様みたいなこと考えてるんだ。
俺はある程度、国を豊かにしたらこの国を別の者に譲ってさっさと王を引退すると決めている。
その相手はもう決まっている。
イクサだ。
あいつはたぶん前魔王より強い。
そして、責任感もあり、人間に対する差別もしない。
執務経験はないが、なに、一年くらいは俺とアイナも近くでサポートしてやればいい。
その間に優秀な、そしてロペスと違って不正のしない宰相を見つけて、彼につければいいだろう。
イクサとの決闘で、あいつの力を見極めて、そしてその力を認め、王の座を譲る宣言をする。
あぶく銭をシヴと折半して、二人で串焼肉の店で買い食いを満喫したあと、髪の色を戻して認識誘導の腕輪を外し、城の裏口から城内に戻った。
エントランスに、イクサ、ローリエ、サエリア、アイナの四人が揃って話していた。
「ご主人様!」
最初に俺に気付いたのはアイナだった。
「アイナ、どうしたんだ? 何かあったのか?」
「何かあった――というより、何か起こる――って言った方がいいいですわね」
何か起こる?
「一週間後、レスハイム王国からの使者が訪れると連絡が入りました」
イクサが言う。
「レスハイム王国か……同盟や友好のため――ってわけじゃないよな」
かつて俺を奴隷のように扱おうとした王がそんなことを言ってくるとは思えない。
嫌な予感がする。