冒険者登録
冒険者とは、魔物を倒したり商人の護衛をしたりし、戦いを生業とするフリーランスの人間のことを指す。
そして、その冒険者が仕事を求めて訪れるのが冒険者ギルドだ。
冒険者ギルドは、どの国にもある。もちろん、同じ組織というわけではない。
レスハイム王国にはレスハイム王国の、アルモランにはアルモランの冒険者ギルドがあるように、この国にも独自の冒険者ギルドがある。
大通りから一本脇に逸れた道に、二階建ての大きな建物があった。
中に入ると、喧噪で賑わっている。
人間も多い。
恐らく、戦闘用に連れてこられた奴隷たちだろう。
国が保有していた奴隷は犯罪奴隷以外、希望する奴隷はその身分から解放され、その大半は現在、労働者として雇用している。
さらに犯罪奴隷と借金奴隷以外の奴隷の売買も制度が整うまでの間禁止された。
しかし、個人が所有する奴隷の解放についてはまだ手が回っていなのが実情だ。
そして、解放された奴隷も直ぐに仕事が見つかるはずもなく、元の職場で労働者として雇われることを拒んだ者の中にはこうして冒険者として働いている者も多い。
受付をしていたのは淫魔族の女性だった。
「ようこそ、冒険者ギルドへ」
「冒険者登録をしたい。二人分頼む」
俺は大銅貨を四枚置いて申請をする。
ちなみに、この国で大銅貨は一枚でだいたい千円くらい。銀貨が一万円、金貨が十万円くらいの価値がある。
全ての貨幣にはこの地方で信仰されている闇の精霊の肖像画が描かれている。美しい女性の姿で描かれていて、俺が王になったとき、新貨幣を発行するかと聞かれたが、このままにしてもらっている。
精霊を信仰することは悪くないと思う。
この世界には確かにいるというが、見た者はいない超常の存在。
それらの力を使えば地球に戻れるかもしれない。
特に闇の精霊は空間を操ると言われているので、俺が一番接触したい存在だ。
ここで貨幣を新しい物にするのは精霊の信仰を疑われる行為かもしれない。
気休め程度の話ではあるのだけれど。
「冒険者登録ですね。登録料は確かに承りました。こちらに記入をお願いします」
「シルヴィ、ちゃんと書けるか? ここにシルヴィって書くんだぞ」
「ん、シルヴィ、書ける」
シヴが間違って本名を書いてしまわないように注意を促すと、シヴはしっかり偽名を記入した。
俺もジーノと名前を記入する。
冒険者ギルドの偽名での登録は違反ではない。
元々、訳ありの者が多いからな。
「ジーノ様にシルヴィ様ですね。登録完了しました」
俺たちが書いた書類の上に一枚のカードを載せると、自動的に紙に書かれた情報がカードに複写され、冒険者登録が完了する。
この冒険者の情報をカードに登録する魔道具って、とっても便利でしかもどの国にもあるんだよな。これを使ったら印刷技術とか発達しそうなんだが、何故か冒険者カードを作るためにしか使われていない。
謎だ。
「じゃあ、早速依頼を受けたいんだが、近場で強い魔物っているか?」
「近場の魔物と言うと、西の谷のワイバーンでしょうか?」
西の谷か。
この辺りの地図はだいたい理解している。
俺とシヴの足だと走れば夜までには行って帰れる。
「依頼内容はワイバーンの討伐か? それとも素材の持ち帰りか?」
「素材の持ち帰りです。一匹分で金貨五枚の支払いになります。ただし、討伐報酬も兼ねていますので、他の場所で狩ったワイバーンでは認められません」
「討伐依頼も兼ねているのなら安くないか? (俺の場合は次元収納があるが)運ぶのも結構手間だぞ」
「申し訳ありません。依頼主が国なもので」
国家事業か。
だったら安いのは仕方ない。
ロペスが宰相だった時代に出した、さらにいうなら俺が英雄王になる前に出した依頼だと思うが、悪いのはここまで目を通していない俺だ。
文句を言えない。
「谷にはどのくらいのワイバーンがいるんだ?」
「目撃情報だと七十匹ほどでしょうか?」
「じゃあある程度間引きは必要だな。受けるよ」
「本当に大丈夫ですか? 相手はワイバーンですよ?」
「何度か狩ったことがあるので大丈夫だ。シルヴィもいいな?」
「はい、楽しみ! です!」
俺はそう言って、依頼を受ける手続きをした。
すると、
「おい、あんた。ワイバーン討伐依頼を受けてたよな? どうだ? 俺たちと組まないか?」
そう言って俺の声を掛けてきたのは、人間族のマッチョのおっさん。
聞き耳を立てているのは気付いたが、声を掛けて来るとは思っていなかった。
「必要ない。俺たち二人で十分だ」
「そう言うなよ。あんたもこれまでは奴隷として惨めな生活をしてきた口だろ? だったらここは協力しあおうぜ。ワイバーン狩りの自信があるんだろ? 運ぶの手伝うぞ」
「断る。人間族だから協力するとか、そういうのはうんざりなんだよ」
「なんだそれ? いいか、この国の王は人間の勇者なんだぞ! 今度から人間が優遇される社会になるんだ! 頭のいい人間は人間族のコミュニティに入るべきだ。その方が幸せに決まってる!」
そう言ってマッチョのおっさんが手を伸ばしてくるが、
「お前、黙れ! 勝手なことを言うな! ジン……ジーノ様の邪魔をするな!」
シヴが牙を剥き、おっさんに牽制をする。
それにマッチョのおっさんは一瞬たじろぐが、しかしまた威勢よく言う。
「なんだ、この獣人風情がっ!」
そう言っておっさんはシヴに殴りかかろうとしてくるが、俺は軽く男の腕を捻った。
「ギャアァァァァァァァァアアァァアっ⁉」
マッチョのおっさんが悲鳴を上げると、男の仲間らしき冒険者がかけよってくるが、俺はマッチョのおっさんを盾にして言う。
「ただの正当防衛だ。安心しろ、軽く関節を外したくらいで騒ぐな」
そう言って男たちの方へ蹴飛ばす。
男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「煩くして悪かったな。これは迷惑料だ」
と俺はカウンターに銀貨を一枚置いて、冒険者ギルドを後にした。
王城を出て西の谷に向かう。
駿馬の数倍速いが、シヴも息を切らすことなくついてきているが、元気がない。
「シヴ、どうした?」
「ジン様……ジン様はやっぱり人間と一緒にいた方がいいの? さっきはシヴのこと庇ってくれたけど、人間といた方が幸せなの?」
なんだ、シヴの奴、そんなことを気にしていたのか。
「シヴ、お前に聞きたい。俺が王様を辞めたらお前はどうする?」
「ジン様、王様辞めるのっ!?」
いつかは辞める。
「例えばの話だ。どうする?」
「だったら、シヴもジン様と一緒についていく。――です!」
即答だな
シヴならそう言うんじゃないかって思ってた。
アイナも一緒についてくるだろう。
そういう契約らしいし、契約は簡単に破棄できないらしい。
ローリエは俺に名前を捧げてくれているが正直わからん。
「シヴがそう言ってくれるなら、変な人間族といるよりお前といた方がいいよ。人間族だからいいとか、獣狼族がダメだとかそういうのはない」
「本当です?」
「ああ、本当だ。ていうか、ずっと思ってたんだが、シヴと一緒にいたら昔飼ってた犬を思い出してなんか懐かしい」
「シヴは狼。犬じゃないです!」
「悪い悪い。本当は言うつもりじゃなかったんだが、でも、なんでか言いたくなったんだ」
「ムゥ……どんな犬だったの……ですか?」
シヴが少し不貞腐れながら言う。
「チビって名前の白くてもふもふでめっちゃ可愛い犬でな。この世界に来てからろくなことがなかったが、あいつと一緒にいる時間が幸せだったよ」
ある日突然いなくなって。随分探したんだけどどこに行ったんだか。まぁ、元気な奴だったから、どっかでうまいことやってると思うが。
「――――っ!?」
とつい昔語りをしていると、シヴが嬉しいのか怒っているのかよくわからない表情をしている。
「ん? どうした?」
「なんでもないっ! です!」
「そうか? ならいいんだが」
やっぱり犬扱いされたことを怒っているのだろうか?
あとで、ワイバーンの肉を食わせて機嫌をとってやろう。
岩山を登って行き、西の谷の上に到着した。
谷底を見下ろすと、多くのワイバーンが上昇気流に乗って旋回している。
谷の底は川になっているらしいが、川魚としては滅多に見えない大きな魚影も見える。
「あれ、サハギン」
シヴが言う。
サハギンは足の生えた魚の魔物だ。知能は低く、魔族ではなく魔物の類だ。
ワイバーンがここに生息している理由は上昇気流とサハギンという餌が豊富なことが原因だ。
ワイバーンを全滅させてしまうとサハギンが増えすぎてしまうので、狩りは間引く程度にしておかないといけないな。