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DESIRE 2031  作者: 亜墨紫蘭
エピソード1.眠らぬ街の不死者たち
8/9

第6話

「俺と人質交換だ」


耳にした声は、体躯の割に柔らかい印象を受けた。病院からここまでは決して近くなく、それに暑さに弱いと聞いていた。雨に打たれてマシになったかもしれないが、それでも疲弊していることが目に見える。


「……ふぅん。そうきたか。三人と一人、適正な交換レートには思えないけど」

「少なくとも俺は三回以上は殺せるが」

「そうだね」

「続きをすればいい」

「……ふふっ。君の動画なかなか好評だよ。あんまり痛がってくれなかったから、僕は物足りなかったけど。でも逆にそれが良かったみたいだね。ネット上でどうしてこんな動画が広まってるんだろう、ってものはたくさんあったけど、その理由も今なら分かる。人間は好奇心には勝てない生き物なんだね」


「串刺し公」が僅かに身を屈めて刀を拾い上げようとした刹那、山城が腕を振りかぶった。辛うじて可視出来る程のワイヤー。先には刃物が付いていたが、それは刺さることなく首に巻き付いた。

山城は地を蹴り、数歩の助走をつけて強烈な蹴りを顔面に向けて放っていた。長身を翻して繰り出された蹴りを、「串刺し公」は足首を掴んで放り投げる。掴んだその右腕はバキバキと音を立てながら、細い樹の蔓や枝を寄り集めたような異形の塊になり、掴まれた足首の方はあらぬ方向に捻じ曲がっていたのを由良は見た。

ワイヤーの切れる音がした。激突する寸前に天井を蹴り、両手両足でーー既に折れた筈の足首が治っているーー着地した山城は、振り下ろされた腕を転がって回避し、黒い手袋に覆われた手で刀を掴む。起き上がりざまに刀を構え、鞭のように振りかざされた二撃目に真正面から対峙すると、あっさりとその異形の腕を切り落とした。切り落とされた腕はすぐさま灰のような白い塵になっていく。千切れた腕の先は人の形に戻ることはなく、断面は木の幹そのもののようだった。


「取り上げたら何も出来なかったからさ、その刀も飾りなんだと思ってた」

「金剛を人質にされていなければ、お前など素手でだって殺してやれた」

「君みたいな人は人質に弱いって相場が決まってるからね、そりゃそうするよ」


「串刺し公」の背中から翼のように蔓が伸びる。その先が山城の右腕に絡みつき、引き千切った。宙を舞った腕をすぐに左手で掴み、何事もなかったように切断面に押し付け、繋ぎ直した彼は刀を握り直す。その刹那に殺到した無数の蔓が彼の身体を貫いた。腕を千切ったのは隙を作る為であったらしい――蔓に刺し貫かれた身体は地に伏せることなく押し留まっていた。彼は咳をして血を吐き出し、首を垂れて俯く。「串刺し公」は喉で笑いながら、ゆっくりと歩み寄った。また何か、挑発するような言葉をかけるのかと思ったが、先に口を開いたのは山城の方だった。


「……俺の殺し方を知りたいなら教えてやる」

「心臓は試したけどダメだったね。じゃあ、首かな?」

「首を切り落としたぐらいじゃまだ足りない。銃創なんて論外……と言いたい所だが、一つだけ再生できない箇所がある――『脳』だ」


他ならぬ自分に向けての言葉だと由良は悟った。

脳意外なら平気だから自分ごと撃て、と暗に告げている。

だが――それはできない。


「二人とも耳塞いで!」


他人のことを気遣っていられる余裕がまだ自分の中にあったとは驚きだが、由良はそう叫びながら、「串刺し公」一人に狙いをつけて、引き金を引いた。嗜虐心のこもった視線がこちらに突き刺さったのが分かったが、構わずに弾がなくなるまで撃ち続けた。胸から腹にかけて穿たれた銃創から、血の代わりに塵が溢れ、零れてゆく。

山城は全身に突き刺さった蔓を切り捨てる。一歩踏み込んで間合いを詰め、袈裟に切り下ろした刃が「串刺し公」の肩口から脇腹までを抉る。返す刀で、空を掴むように突き出された左手首が飛ぶ。さらに大きく踏み込んで両手で刀を握り、体当たりするようにして押しつけた突きの一撃が、深々と「串刺し公」の胸を穿つ。黒い切っ先が背中から突き出ていた。


最後に浮かべていたのは笑みだった――傷口から瓦解するように、「串刺し公」は塵になり、服を残して消え失せる。その塵と一緒に、金色の何かが微かな音を立てて落ちたものがあったような気がした。

それから一呼吸ほど置いて、山城は刀を取り落とし、尻餅をつくようにして座り込んだ。

「ヤマシロ……!」と感情を揺るがせた声を上げたのは、終始毅然とした態度を取っていた金剛玉藻だった。周りなど見えない様子で、脚を引きずりながら、力なく俯いている長身に近付く。服が雨水と血で濡れてしまったが、気にする様子もない。

少女は彼の腕にしがみつく。感情を押し殺すように目を見開いていた。しかし堪え切れなかったであろうものが、その繊細な桜色をした隻眼から一筋、溢れ落ちる。山城は肩で息をしていたが、既に出血している様子もなく、傷口すら見当たらなかった。口元の血を拭い、僅かに顔を上げて少女の顔を見ると、少しだけ穏やかな表情をしてみせる。


――私たちも楽しかったら笑うし、悲しかったら涙を流す。痛みもあるし、傷付けられたら血を流す。あなたと変わらないの。


伊吹小夜子の声が脳裏に蘇る。

撃たなくて良かった――安堵の息を吐けば、今更のように痛みが自己主張を始めたのを感じた。遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。

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