8話 カンファンス家の会議①
「なんでお前がいるのだ……」
自室の扉を開けたシダーの顔は、嫌な予感が当たったと察している。
今夜は話をしましょう、とセリビアに言われていたのだろう。
聞きたくない、逃げ出したいと何とも言えない気持ちが顔に出ているが、諦めの色が広がっている。
「聞いていないぞ。 いつ来たのだ?」
「そりゃ、言ってないからな」
「なんだと? お前、仮にもこの国の王なのだぞ!」
「それはそうだが、みんな分かっているだろうから大丈夫だ。 サラベスも快く見送ってくれたしな」
「それで良いのか……」
「ま、抜け出して来るのはいつもの事だろう。最低限の護衛はいるしな。今更だ」
窓の外を指差し、アルマクは城を出る前に見た妻の顔を思い出す。
あれは自分も来たかったに違いない。
さすがにふたり一緒はマズいから、今回のお忍びは譲ってくれたがな。
戻ったら詳しく教えろとせがまれるだろう。
妻のおねだりに満更でもないアルマクは、からかい気味にシダーに伝える。
「いい加減、観念しろ。分かっているんだろう?」
「話の内容を知っているのか?」
「いや、詳しい内容までは知らないが」
はははと笑いながらプライベート時の砕けた口調で続ける。
「この家から面白そうな色が見えたので来てみたのだ」
少し間を空け、アルマクは幼なじみをじっと見つめる。
「細君が話すと決めたのだろう? それはこの国にとっても聞き逃せないと思ってな」
その言葉と同時に扉をノックする音がして、静かにセリビアが入ってくる。
優雅な微笑みを浮かべたセリビアは、アルマクを見つけても驚く様子もない。
「アルマク様、もうお越しでしたのね」
「今日はちゃんと玄関から入って来たぞ。 さすがローアン、私を見ても動じなかったな」
「お前がそうだから息子も同じ事をするのだぞ。 先触れもなく国王や王太子が来るなど有り得ないだろう!」
「お茶の準備が整いました」
話が逸れそうなタイミングでローアンが皆に声を掛ける。
さすがだ。
カンファンス家じゃなければ側に欲しいのだが。
アルマクはソファーのいつもの場所に陣取り、一礼して退室するローアンへ頷き礼を表す。
だいぶ夜も更けている。
さっさと話を始めよう。
「セリビア、急に来て悪かった」
「いえ、いらっしゃると思っていましたので問題ありません」
森の国でも稀な『先を見通す力』の持ち主同士、言葉にしなくとも感じる事は似ている。
この国の王であるアルマクはセリビアとは違い、色の濃淡や輝きが見える。
良い状態は明るく濃く輝きを感じる。
反対に悪い状態は薄く消え入る様に沈む色だ。
それは人ひとりの場合もあれば、屋敷全体、国まるごとのこともある。
数日前からカンファンス家が輝いて見えたが、今晩は特に光っていた。
おそらくセリビアの決意の強さからだろう。
「アルマク様とわたくしの力ですが、聖なる森から授かっているというお話は先日しましたわね」
「あくまでも予想だが、この国の歴史からそう思うのが自然だと私も思う」
ふたりの言葉に、ふむとシダーが頷き同意を示す。
この国を造っているのは森なのだ。
カンファンス家の図書室にある文献には、重要な転換期に聖なる森の魂を持つ者が産まれることが記されている。
国づくり、特に教育や医療の構築は、200年程前。
おそらく7代前のカンファンス家当主の弟がその人だろう。
戦争の危険があった110年前は先々代。
若い頃より軍の整備と維持に力を注ぎ、外交術にも精通した剛腕当主だったそうだ。
このふたつの時代に関しては詳細に記載された書物が複数残っており、疑いようがない。
それ以前は簡易な書物しか残っていないが、長年の研究で分かってきた事がある。
その時々に特別な力を持つ優秀な者がひとり産まれ、国が整い森が栄える。
そしてその者達が亡くなる直前に、『森の願いを叶える為に産まれてきた』ことを思い出す。
どの書物にも同じ事が記されている。
「今の世は、特に問題があるとは感じないがな」
シダーがぽつりと洩らす言葉には、心配する親心が透けて見える。
今までの者は大変な仕事を任される例が多い。
カンファンス家は代々、森と国のために重荷を背負ってきたのだ。
心配するのは当然だろう。
「わたくし、今回はそういう事ではないと感じます」
「どういう事だ?」
「なんと言うか……」
「それは私も同じく思う」
アルマクが同意を示す。
「私が見えるのは強い輝きだ。 黄金色に輝き、楽しみや喜びに溢れているように感じるぞ」
「わたくしも、どの道を選んでもそうなのです。 あの子が産まれた時からそれは変わらず同じです」
「それは一体どういう事なのだ……?」
3人はお互いの言葉を反芻し、考えを纏める為に茶に手を伸ばす。
しばしの沈黙の後、最初に話し出したのはセリビアだ。
「わたくしが感じるのは、新しい世界です」
「新しい世界とは……」
「幾通りも道を進んでみたのですが、詳細までは分かりませんでした。 何度やってもです。 ただ、問題がある様には感じないのです」
ふぅ、と一息つき続ける。
「今までとは違う事をしたい、ワクワクする新しい事をしたいと望んでいるように感じるんです」
「森の望みがそれなのか?」
迷いながらもシダーが口にする。
それに答えようとアルマクが続く。
「先の事は分からないが、あの子が森の子なのは確かだそ」
ちら、と様子を伺うと、シダーは手に持つティーカップをじっと見つめ沈黙している。
本来は大局を見て行動する事に長けているシダーだ。
ただ今は状況を飲み込み、自分を納得させる時間が必要なのだ。
3人それぞれに思いを馳せ、どれくらいの時間が経っただろうか。
シダーの声が静かな部屋の中に響く。
「ララ……」