5話 ホーリーの気付き
同じ年に産まれたアルナイトとは付き合いが長い。
歳と同じでもうかれこれ15年。
遊ぶのも学ぶのも一緒だったが性格は正反対、周りにはそう認識されている。
確かに僕とアルナイトは違う。
何でも要領よくこなし、成績は学園でも常にトップ。
頭脳明晰だ冷静沈着だと、僕は周りから近寄りがたく見られているようだ。
反対にアルナイトは飄々としていて人当たりが良い。
成績が2番でも気にする素振りを見せず、王太子だからと片意地はらず偉ぶることがない。
そういうところが学園だけではなく、国中で親しみやすいと人気が高い所以だろう。
ただしカトレアの事となると途端に豹変し、想像もしない行動に出る。
先触れもなく、アルナイトの訪れを聞いた時はさすがに驚いた。
王太子として、いや独身男性として未婚女性へのこの対応はマナー違反だ。
カトレアが居なくなったと聞いて慌てたのだろうが、それにしても行動が早過ぎだ。
ぐっすり寝ているララを抱いたホーリーは、庭園から屋敷へ向かいながら考える。
先走るアルナイトと混乱するカトレア。
話をうまく進めるため、まずは過保護な父上を王城に呼び出す。
父上のガードでなかなか会えずにいたふたりに話し合う時間を作る。
ふーん、ここで一気にまとめる算段か。
前もってこうなる事を予想し手筈を整え、しかも外さないとは。
アルナイトと同じくいつも飄々としているくせに、中身はだいぶ違う。
流石は国1番の戦略家。
国王の顔を思い浮かべ、ホーリーは大きな溜め息を吐く。
いつもあの方の手のひらで踊らされるんだよなぁ。
僕はあのふたりが幸せならばどうなろうと良い。
ただただ、王家と血縁関係になるのは……面倒そうだ。
「お兄様?」
「ララ、起きたのか」
「うん、お兄様だー!」
屋敷に入り、エントランスから続く階段を昇りきった時、ララが目を覚ます。
まだ眠そうに目を擦るが、その手を優しく握って止めさせる。
「目を掻いてはいけないよ、ララ」
「うーん」
欠伸をひとつしたララがぎゅっと抱きついてくる。
「お兄様、今日はお時間ある?」
「そうだな、少しはゆっくり出来そうだ」
隣国の資料を読もうと思っていたが、今の状態では屋敷内で静かに過ごすのは難しいだろう。
あのふたりのお陰で束の間の自由時間が出来たのは喜ばしい。
笑い掛けると、ララが目を輝かせて僕を見ていることに気付く。
「じゃあお兄様、ララと遊んで」
「はは、僕と遊ぶのか。ララは何をしたい?」
「あのね! お兄様にお願いしたい事があるの!」
「ララのお願い? なんだろう」
10歳離れている妹は愛嬌たっぷりで可愛らしい。
僕だってこの妹の笑顔には弱いのだ。
学園が始まるとまた寮生活で会えなくなる。
今の内に妹の願いを叶えてやろうとララの頬を撫でると、ぷにぷにと弾力ある手触りに力が抜け癒されるのだった。
◇◇◇
「ララの剣はそれ? 」
「うん! 本物はまだダメだってお父様が言うの。それでね、これをララにって」
枝を持ったララは嬉しそうに枝を見せる。
ララの手を傷つかせる事がないよう、細い枝は綺麗に鑢がけがされている。
「ララね、騎士さんごっこしたいの」
「僕が騎士役?」
「お兄様もララも騎士さん! お兄様と闘うの~」
「闘うのか、出来るの? ララ」
「うん! だからお兄様も真剣にね!」
「真剣?」
「そう~、ララはお兄様と本気で闘いたいの~」
ビュンビュンと踊るように枝を振り回しながらララは話し続ける。
「一生懸命にやるお兄様は、きっとすっごく格好いいでしょ?」
え、とララの言葉に戸惑う。
真剣に、本気で、一生懸命に。
僕がそんな気持ちになったのはいつだっただろう。
王太子と幼なじみで補佐役、いずれは父上の跡を継ぐ。
勉学も運動もこのままで問題ないので大丈夫、と自分も周りも当たり前に考えてきた。
だがこれで良いのだろうか。
熱くなれるものにいつか出逢えるのか?
僕にも心が動き、夢中になれる出逢いがあるのか?
「お兄様、いくねー! 」
ララが枝を構えてちょこちょこと近寄ってくる。
カツン、と枝同士がぶつかる。
僕の剣は護衛から借りた、ララと遊ぶ用の枝だ。
用意されているという事は、お転婆ララはいつもこの遊びをしているのだろうか。
「お兄様、楽しいね? 」
くるくる回りながら枝を振るララを見ながら考える。
心から楽しいと感じたのはいつだったか……
アルナイトが陰で懸命に努力家していることを知っている。
国のため国民のため、立派な王太子でいる為に。
そしてカトレアとの未来を手に入れるために。
自分の大切なものと真剣に向き合っている姿を、僕は隣でずっと見てきた。
そんなアルナイトが羨ましかったのかもしれない。
僕も探してみようか。
先は分からないし答えが見つからないかもしれないが……僕の人生だ。
いつから始めようが遅いはずはない。
よし、つまらない毎日もこれで終いにしよう。
格好の良い兄をこの妹に見せてあげるのも……うん、悪くない