2話 シダーの憂鬱
『 森の国は聖なる森に護られている 』
遥か昔から世界の国々に伝わり、人々が信じるこの言葉こそ、森の国ことホワイトディア国を的確に顕していると言える。
国のちょうど真ん中に位置する聖なる森。
そこに沿うように造られた多くの町や村はその恩恵に授かり、穏やかな気候と豊かな大地に恵まれている。
歴史上、戦火を逃れた事は一度や二度ではない。
豊かな国は、そうではない国や野心が強い国から狙われるのが常だが、難を寄せ付けない奇跡が森の国に起きることからそう信じられている。
この平和な国の中心となる王都と、聖なる森を繋ぐ土地にカンファンス侯爵家の屋敷がある。
代々『 森を護る者 』としての役割を担うカンファンス家。
この特殊で重要な任のために侯爵でありながら領地は持たず、表舞台にもあまり出ず余計なしがらみなく静かに過ごしてきた。
それが1週間前のある出来事から一変してしまった。
シダーは読みかけの書類を手にしたまま、大きなタメ息をつく。
「旦那様、ひと休みされてはいかがですか?」
執務机の前にあるソファーセットにお茶の用意をしながら、執事のローアンが声をかける。
いつもながら的確なタイミングだ。
横のモードがほっとした表情で同意する。
「さすがです、ローアンさん。 助かります!」
「何が言いたいのだ、モード」
ギロリと凄むと、慌てて目を反らしながらソファーへ移動したモードは、ローアンから爽やかな香りのカップを受けとる。
あれは非常に忙しい時に、よくローアンが淹れる紅茶だ。
確か思考をすっきりさせる茶葉をブレンドしていると言っていたな。
鼻の利くシダーは香りの記憶を思い出し、低く静かに口にする。
「私が余計なことに気を取られていると言うのか」
「そっ、そんな事は!!」
「そうでございますねぇ、ぼっちゃま」
ふたり同時に返事をしたが、内容は真逆だ。
さらに慌てるモードを横目に、 ふん、とローアンに応えてしまう。
「ぼっちゃんは止めろ、いくつだと思っているんだ」
「失礼いたしました。 最近の旦那様のご様子が小さい頃を彷彿とさせるものでしたからつい」
「一体なんのことを言っている」
「大旦那様と大奥様がご公務でお忙しくお寂しかった時や、ご結婚なさる前の奥様とうまくいかない時などよく…… 」
「いや、分かった、分かった! それ以上は良い……」
この家に長年仕える執事ローアンと侍女長プラネラには敵わない。
いや、争ってはいけない。
あっさり負けを認めるのが正しいと今までの経験から学んでいる。
歳を重ね要職に付き、外では有能だ冷酷だと囁かれていても、主人想いの家の者には本質を見抜かれている。
ふむ、家で取り繕う必要はない。
これで良い。
良いのだか……。
「まさか奴の息子があんな事を言い出すとは思わないだろう!」
「シダー様、いくらご自宅でもその言い方はいけませんよ」
「ふん、言い足りん。 くそっ、まさか奴もグルか!? 」
「いや、シダーさま、本当にいけませんっ、いくら幼なじみでも!」
「ふんっ」
焦って止めようとするモードだがシダーの勢いは増すばかり。
バン!と音を立て立ち上がったシダーにローアンは静かに窓辺へ即す。
「カトレア様のお花が綺麗に咲いておりますね」
庭には白く華やかな花が咲き誇っているのが見える。
美しいあの花は、1週間前の控えめながらも喜び輝いたあの子のようだ。
娘が幸せならば良いのだ。
分かっている。
分かってはいるが……!
「旦那様、温かい内にお茶をどうぞ」
受け取った爽やかなお茶を口に含み、目を閉じて深く息を吐く。
……いや、しかしどう考えても納得できん。
それにまだ早いだろう?
カトレアはまだ12歳だ。
それをどうして奴の……
「旦那様、お顔が恐ろしい事になっております」
はっと気付くと、ローアンの涼し気な顔と、モードの青ざめた顔が目に入る。
いかん、確かに思考が散らかっている。
お茶をぐいっと飲みほし、空になったカップにもう一杯茶を注いでもらう。
これを飲んだ後、今日中に終えなければいけない仕事を片付けてしまおう。
切り替えて仕事をした後は夕食だ。
愛する家族との団欒のために終わらせるのだ!
◇◇◇
シダーの顔色が落ち着いたのを見て、これで大丈夫、とモードに合図を送る。
巷では常に厳しいと思われているシダーだが、ローアンにとっては素直で正直なぼっちゃまのままなのだ。
はてさて、この件はどう進めて参りましょうねぇ。
シダー様の家族愛が極端過ぎる故の今の状況です。
屋敷から出たがらず、引きこもりと噂されるのは伊達じゃありませんからねぇ。
うまい落とし所が見つかると良いのですが。
仕える者として、腕が試されますねぇ。
主人の憤りとは反対に、ローアンは少し楽し気に思案しながら、仕事の邪魔にならないようお茶を片付け始めた。
そのすぐ後。
国王から至急の呼び出しがあり、がっくりうなだれるシダーをなだめながら準備を手伝うローアンだった。