22話 兄と姉は吃驚する
失敗作だとララが言う、焦げ目の強いフレンチトーストまでホーリーが全て平らげ、朝食の時間を終える。
お腹が満たされた3人は、カトレアの提案で散歩に出掛ける。
サンルーフから中庭へ出て、温室まで向かう。
「こんなにゆっくりするのは久し振りだわ」
「カトレアは頑張り過ぎていないかい?」
「どうでしょう。 自分では分からないので困ります」
真面目なカトレアは、手を抜く事を知らない。
その点は国王様の得意分野だが、王太子のアルナイトはまだまだ学ぶ事が多く日々修行の身だ。
カトレアはアルナイトを支えるためにと、更に頑張っているのだろう。
「今日は夜に戻ると良いのだろう? たまの息抜きを楽しもうか」
「はい、お兄様も」
カトレアはいつも自分の事を気に掛けてくれる兄が、自分以上に働いている事を知っている。
カンファンス家のため、この国と国民のため、そして聖なる森のため。
私達の共通する懸念はララだ。
ララが歩きやすいよう、生きやすいように道を整える。
それが全てに繋がり、私達家族がやるべきことだ。
「この温室で3人が揃ったのはあの日以来だな」
温室に入り、ふと呟くホーリーの言葉にカトレアは答えが見つからずに聞き直す。
「3人でここに来たことがありましたか? わたくし覚えていないのですが」
「ははっ、それはそうだな。 カトレアとララはぐっすり眠っていた」
「え……?」
カトレアは首をかしげ、記憶を辿るが分からない。
手を繋ぎ一緒に歩くララに目をやると、キラキラと瞳を輝かせている。
「お兄様! ララは知ってる! 王子様がお姉様を迎えに来た日でしょ?」
「おや、ララも寝ていたのによく覚えていたね」
「うん! ベルに教えてもらったの。 大きな花束をもったアル兄様が、すっごく格好良かったんだって!」
「そうそう、アルナイトは突っ走るし、カトレアは行方知れずであの時は大変だったなぁ」
はっと息を飲むカトレアの顔はどんどん赤く染まり、終いには手で覆い隠してしまう。
「あの、もう、止めてー……」
弱々しい声で懇願するカトレアに、ふたりは笑いながら抱き締める。
3人でひとしきり笑うと、子供の頃に戻ったようだ。
ベルがお茶を運ぶ音に気付き、思い出のベンチ近くの丸テーブルに椅子を寄せ合い場を整える。
これから始まる話は長くなるかもしれないと思い、ふたりは今日の予定は全てキャンセルしてきた。
ベルが温室から退出した事を確認し、ホーリーはララに向かう。
「さぁ始めようか、ララ」
「わたくし、ララのお話を書き留めようと思って、ララの好きな色の手帳を持って来たの」
カトレアは黄色い表紙の大きな手帳を広げる。
最近東の町で作り出された、インクを足さなくても書き続けられるペンを手にしている。
今日の午後からアルナイトがその工場を視察に行く予定だ。
「たくさんララのお話を聞いて、後でみんなに教えてあげましょう!」
◇◇◇
「いや、それはララ……」
籠から取り出された物はナフキンに包まれながらも発光し、ララは迷いもなくそれをテーブルの上に置く。
触って大丈夫なのだろうか。
ララの様子から熱くは無いようだ。
カトレアを見ると、ペンを握る手は動かずに硬直している。
気持ちは分かる。
僕だって恐怖心はある。
だがララが手にしているのだ。
何かあったら僕が皆を守らなくては!
「これね、お兄様もお姉様も好きだと思う!」
ララは屈託のない笑顔でナフキンを開こうとする。
僕は慌ててララを止めようと手を伸ばすが間に合わない。
呆然とするカトレアと唖然とする僕に、ララは変わらず笑顔を向ける。
「どうですかぁ〜? 綺麗な石でしょ。 ララね、翡翠の泉の中から取って来たの!」
ナフキンは音もなく開かれる。
一拍おいて恐る恐る覗くと、いくつかの小さな石がそれぞれ光を放っている。
カトレアを安心させる様に、ペンを握る手に自分の手を重ねる。
はっとしたカトレアがララに問う。
「ララ、大丈夫? どこか痛くない? 熱くはない?」
「お姉様どうしたの? これ綺麗じゃない?」
ララはきょとんと不思議そうにカトレアと僕を交互に見る。
落ち着こうと深呼吸をすると、ララは少し悲しそうな顔で僕に問いかける。
「お兄様、これは好きじゃない?」
「いや、ララがせっかく持って来たのにごめんね。 僕とカトレアはちょっとびっくりしてしまったんだ。 こんな石は初めて見るから」
「お兄様も初めて? これね、翡翠の泉の下にあったの。 キラキラして綺麗だから持って来たの」
「翡翠の泉から? 怖くなかったかい?」
驚く僕に、ララは全然!と首を横に振る。
数えると12個ある石は小粒だがそれぞれ光り、だがひとつずつ色や模様、重さや形が違う。
手を近くにやると僅かに暖かさを感じる。
「ララのおうちに来てくれるか聞いたら、いいよって言った気がするから連れて来たの」
「ちゃんと聞いたんだね、偉いぞララ」
「うん。 あ、淡雪のお花にも聞いた! でもこれには聞くの忘れちゃった」
ララがまた籠に手を伸ばす。
思わずびくっと体を震わせるカトレアに、大丈夫だと頷く。
確信は無いけれどきっと大丈夫だろう。
ララが無事なのだから危ない物ではないはずだ。
僕の感覚がおかしくなっているのかもしれないが、それはしょうがない。
研究者として、恐怖心より初めて見る翡翠の泉の物に興味が勝る。
僕はララの手を注視する。
「これはね、翡翠の泉のお水。 凄く綺麗で冷たかったの」
木のボトルの蓋を開け、ララはサイドテーブルにある使っていないティーカップに中身を注ぐ。
口を開けたまま惚ける僕が目にしたのは、美しく輝く翡翠色の水。
浅く白いカップの中でも翡翠の色だと?
動かない僕とカトレアを見て、ララは嬉しそうに笑う。
「昨日籠に入れたまま忘れていたの! 思い出して良かったぁ」
これから僕は間違いなく忙しくなる。
ララの持ち帰った物は果たして何なのか。
研究者としての僕は興奮し、人間の僕はこれから先を想像し震えている。




