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森の国の残念姫がいく  作者: あおみどり
カンファンス家の人々
2/24

1話 ベルの日課

 

「ララ様! ララお嬢様?」


 侍女のベルは15歳。

 誠実な仕事振りと、持ち前の明るく楽観的な性格で順調に見習いを終えて1年。

 カンファース侯爵家の小さなお嬢様、ララの侍女に選ばれた当初は緊張して手が震えたものだ。

 最近はだいぶ慣れ、やり甲斐もあり楽しい。

 唯一いまだに苦戦しているのは、侍女なりたてから変わらない日課。


 好奇心旺盛、もうすぐ5歳になるベルの主は、少し目を離すとどこかへ消えてしまう。


 ある時は奥様の衣装部屋の探検。

 ある時は中庭の花壇で毛虫の観察。

 つい3日前は屋根の修理に付いて行こうとして騒ぎになった。


 成長するにつれ、行動範囲がどんどん広っている。

 探し出すのが大変だ。


(けれど毎日鍛えられているもの! 侍女としての勘は少しずつ鋭くなってきたわ。確か今朝は絵本に夢中だったはずだから……)


 きっとあそこだろうと目星をつけて向かうは屋敷の南側、1階奥。

 主庭園を見渡せるように造られた、カンファース家ご自慢の図書室。

 ララお気に入りの場所でもある、



「ララ様?」


 重厚な扉を開けて、先程より声を潜めて呼び掛けてみる。

 粛々とした空気の図書室。

 大きな窓からは、主庭園の美しい木々の緑や色鮮やかな花の眺めが素晴らしい。


 対照的に壁紙や絨毯は落ち着き、一面の棚や机、椅子は家名でもある楠が使われ、統一された暖かみを醸し出している。

 蔵書の数は国内でも有数で、特に森の歴史に関する本はここにしかない物が多数ある。

 貴重な本の保存のため、本棚は光が当たらないような造りになっていて、ちょうどその棚がある奥から声が掛けられた。



「ベル、ここだ」

「あ! 旦那様がご一緒でしたか」


 大柄なシダーが姿を見せ、ベルは礼をして次の言葉を待つ。

 随分と楽し気な顔をしたシダーが続ける。


「廊下でララを見つけて、欲しい本があるとねだられて連れて来てしまった。 伝えるのが遅くなりすまない」

「いえ、滅相もございません」


 ララ様を見失ったのは私なのだ。

 旦那様に謝っていただくなんて!とベルは一瞬戸惑うが、ララの行動はカンファース家の者には慣れたもの。

 行方不明は恒例行事。

 この事に関しては謝罪の必要なしと旦那様、奥様から伝えられている。



「妖精さんのご本、見つけたよ~ベル!」


 シダーの陰からもぞもぞと現れたララは、お気に入りの黄色いワンピースを着て満面の笑み。

 何枚か重ねた同色の薄生地がふわりと広がる。

 まるで羽が生えているようだ。

 くるんと向きを変えたララは、満足そうに翡翠色の瞳でベルを見る。


 楠の一枚板で出来た大きな木目が美しい机に置かれているのは、ズッシリと厚みのある立派な本。

 深緑の表紙に金色の文字で『森の妖精図鑑』と書いてある。


「あのね、絵本の妖精さんのお名前を知りたくてね、このご本で探そうと思ってるの」

「ララは本当に本が好きだな。 その内ここにある本を全部読んでしまうんじゃないか?」

「お父様! こんなにいっぱいのご本を全部読んでもいいの?」

「あぁ、今はここ辺りの本で、次はあちらかな。どんどん読めるようになるぞ」

「え〜楽しみ!」



(あの図鑑は私の背丈ほどの棚にあったはずだから、旦那様が取ってさしあげたのね)


 国の重要な書物を纏めた棚の一角、その中央にあったはずの図鑑。

 その事に気付いたベルは、仲の良い親子に声を掛ける。


「ありがとうございます、旦那様。良いご本が見つかって良かったですね、ララ様」

「うん! ベル、お部屋まで持ってもらえる? ララ持てないの」

「もちろんです! ベルにお任せくださいませ」

「ありがとう! ベル! お父様も妖精さんのご本をありがとう!」



(あ~なんて可愛らしいのでしょう!)


 ララが笑うと辺り一面が輝いてキラキラしだす。

 そうして皆が幸せな気持ちになるのだ。

 最近厳しい顔をする事が多いシダーも、ララの前では目尻を下げっぱなしだ。




「シダー様! シダー様はいらっしゃいますか!? 」


 ドン! と大きな音をたて扉を開けたのは、側近のモード。

 声の様子からだいぶ慌てているようだ。


「あー、もう仕事に戻らなくては」


 ララの頬に手を添え微笑んだ後、口角をすっと落としたシダーは、背筋を伸ばし声に向けてゆったりと歩き出す。


「ここだ、今行く」

「あぁ、こちらにいらっしゃったんですね。本日は急ぎの案件が……」


 扉が閉まり、話し声が遠ざかる。

 図書室は普段の静寂が戻り、窓の外から鳥の声が聞こえてきた。



「さてララ様、お部屋にもどりましょうか」


  妖精図鑑を丁寧に左手で抱え、右手でララの手を柔らかく握り伝える。

  手を繋ぐという、普通ならば使用人がする事のないこの行為は、ベルの日課がもたらした大きな特典だ。

  ベルはこの瞬間(ほぼ毎日だが)ララの侍女になれた事に感謝をする。



(ふー、今日はすんなりと見つかって良かったわ)


 日課は1日1回とは限らないが、まずは安堵して微笑むベルだった。








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