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森の国の残念姫がいく  作者: あおみどり
森へ行こう
18/24

17話 淡雪の花

 

 ハーブ園へ向かうと人影がなく、耕したばかりの畑にもいない。

 ちょっと目を離した隙に見失ってしまった。


 「ノズ先生、どこですかぁ? ノズせんせー!」


 それほど遠くへは行っていないはずだ。

 辺りを見渡し耳を澄ましてみると、更に奥にある小川のせせらぎが聞こえる。


 あ、そういえば!


 ララは翡翠の泉を思い出す。


 泉の手前に淡雪の花畑があった。

 そうだ、ノズ先生は水辺の近くに植えようとしているのかも!



 畑から小川へ向かうには、月桂樹やオリーブの木々を抜けて行く。

 カンファンス家の庭園で特に日当りの良いこの場所は、冬でも穏やかでハーブや木々にとっての楽園だ。

 夏になると、パワフルな生命力が一斉に溢れ出す。

 今はまだ春の始まり。

 枝のあちらこちらに綺麗な薄緑色の新芽が顔を出している。


 枝の隙間から辺りを伺うとしゃがむノズ爺の背中が見える。

 思った通りだ。

 声を掛けようと身を伸ばす瞬間、不意に肩を叩かる。

 驚きで体がビクッと跳ね、口を開けたまま勢い良く振り向くと、ホーリーが笑いを堪えるいる。


 「ごめんね、驚かせた?」

 「お兄様! も~、びっくりしたぁ」

 「ははは、ごめんごめん。 ララが戻って来た気配がしたので研究所から外に出ていたんだ」

 「もー! 近くにいたなんて、全然分からなかった! お兄様は気配を消していたの!?」

 「はははは。 ララのびっくりした顔、可愛かったよ」

 「ホーリー様、ちい姫様! こちらへ来ていただけますかな」


 つい大きな声で話をするふたりにノズ爺から声が掛かると、ララの前に出たホーリーが手を差し出す。

 太い木の根が這う地面は足場が悪い。

 繋いだ手は温かくほっとする。

 ホーリーはいつも、ララを護る騎士だ。


 木々を抜けると急に拓け、射す光の眩しさに目を細める。

 目の前には小川沿いに細長く続く平坦な場所。

 そこだけ草木がなく、ぽっかりと空いている。

 ノズ爺は道具箱を傍らに置き、直接土を触り土壌の状態を確かめている。



 「淡雪の花は水を好むので、この辺りが良いかのぅ、ホーリー様」

 「淡雪の花だって?」

 「ノズ先生、淡雪のお花は翡翠の泉の手前に咲いていたよ」

 「ララ、翡翠の泉まで行って来たのかい?」

 「うん、お兄様。 泉は綺麗だった! このお花がいっぱい咲いている所も素敵だったの! みんなに見せてあげたいな〜」

 「そうか。 ララには後でゆっくり森の話を教えてもらおう。 まずはその花を植える場所か」


 ホーリーはノズ爺から花を渡され、じっくりと観察を始める。

 ララに向けていた柔らかい表情が一変する。



 近くの木株に座り、ララは瞼を閉じる。

 ふたりの話はすぐには終わらない。

 いつもそうだ。

 お話の間、ちょっぴり目を閉じてても良いよね……。



 ◇◇◇



 「なんて事だ。 初めてひとりで森へ行き、持って帰って来たのが淡雪の花とは」

 「翡翠の泉まで行ったようですが実際にあるんですなぁ……」

 「書物には出てくるが、翡翠の泉にたどり着いた者はいないのではないか? しかもそこにこの花が咲いているとは」 

 「ちい姫様は淡雪の花について、何も知らないのじゃろう」


 ホーリーはノズ爺と目を合わせるがすぐに逸し、言葉を飲み込む。

 話そうとするが、なかなか言葉にならない。

 何度目かにやっと絞り出た声は、自分のものとは思えぬほど低く重い。


 「知らないままでは済まされないだろう」

 「そうですのぅ。 無知ほど怖いものはありはしませんのぅ」 

 「……ララは責任ある者だ。 物事は表裏一体。 良い面ばかりではなく、どちらにも目を向けていかなくては」



 淡雪の花はとても可憐、そして丈夫で繁殖力が強い。

 以前は森の国や他国で生育していた様子が書物に残っているが、今では生きた花を目にする事は不可能だ。

 現在手に入るのは、100年近く前に採取され乾燥保存した粉末状の物。

 それは少量で疲れを取り、痛みを和らげ、睡眠を即し、生命力を高めるなど効果が高く、その希少さから奇跡の薬と言われている。


 一方、甘い香りを強く抽出した生花の液は、ほんの微量で幻覚や幻聴から人を惑わす。

 110年前の戦いの時代、他国では兵士の精神を狂わせ死へと誘う兵器として使われていた。

 使い手の意図でどうとでもなる劇薬なのだ。


 体の病を治す良い花なのか

 心を病ませる悪い花なのか


 答えが出ぬまま淡雪の花はある時から数を減らし、気付くと完全にこの世から消えてしまった。

 それが今、僕の手の中にある。



 「わしはきっと、今この花が必要なんだと思いますなぁ」

 「ノズ爺」

 「必要なものが必要な場所に生まれる、自然界とはそういうものですのでなぁ。 しかも聖なる森からちい姫様が持ち帰ったんじゃ」

 「あぁ」

 「わしのただの直感ですがな、きっと良い意味があるに違いますまい」

 「……」

 「わしはここでこの花を育て、先を見守りたいと思いますなぁ」

 「ノズ爺……」

 「ホーリー様、これはおそらくわしの最後の仕事じゃ。 ちい姫様や皆の未来のためにお力をお貸しいただけませんかのぅ」


 ホーリーを見つめるノズ爺の目は力が宿り、真っ直ぐ純粋だ。

 冷たい汗と強く握りしめた拳に気付き、ホーリーの心は鎮まり落ち着きを取り戻す。


 

 これは始まりに過ぎないのだろう。

 ノズ爺の言う通り、明るい未来のためであって欲しい。

 信じて進もう、今日はララの誕生日なのだ。



 




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