16話 ふたりめの先生
更新の間隔が少し開いてしまいました。
申し訳ございません!
温室とハーブ園の手前にいる人物を見つけ、ララは大きく手を振る。
籠の中身が飛び出さないようしっかりと手を添え、駆け寄りたいのを我慢して出来る限りの早歩きで向かう。
「ノズ先生! ノズ先生!!」
いつの間にか見慣れた場所に戻って来た。
行きと違い、あっという間だ。
そして真っ先に会いたいと思った人はいつも通り、いるべき場所にいる。
「すぐに会えて良かった〜ノズ先生に見てもらいたい物があるの!」
「ちい姫様、今日も元気じゃねぇ」
ふぁふぁふぁ、と目の前のノズ爺は大きな声で笑う。
小柄で白髪白髭、日に焼けた黒い肌、深い皺が刻まれている顔にララを見つめる優しい目。
昨年息子のナズルスに庭師長を譲り、引退してのんびりと過ごしている。
仕事を辞めてもなお庭で土いじりをしているのは、本人曰く趣味だそうだ。
ノズ爺の父や祖父、そのまた先もカンファンス家で庭師を務め、代々培った膨大な経験や知識は『生ける植物辞典』と言われるほど。
聖なる森を有するこの国では一目置かれる存在だ。
「このお花、ノズ先生は知っている?」
ララは籠の中の麻袋を丁寧に取り出す。
キラキラと光る翡翠の瞳を向けられたノズ爺は渡された麻袋を開き、中にあるいく束かの白い花を覗く。
ほぉー……と口に出すとじっと見つめる。
微動だにせずにしばらく見つめた後は近くのベンチに座り、更に根や葉を観察して花の香りを嗅ぐ。
土から掘りおこしてはいるが、しなだれる様子はない。
根は短いが一本一本が丈夫そうだ。
生き生きと真っ直ぐ伸びた茎はしっかりとしていて、葉は濃い緑で艶がある。
白く厚めのビロードの様な手触りの花びら。
そしてこの特徴的な甘い香り。
真剣に観察をするノズ爺を見ながらララは隣に腰掛け、膝の上に籠を置くと大きくのび〜をする。
少し緊張していた身体を伸ばしほぐし、太陽が高い位置にある事に気付く。
陽の光にあたりぽかぽかと心地良さを感じていると、横から声が掛かる。
「ちい姫様、随分と珍しい花を見つけて来ましたなぁ」
「お花は疲れている? ララが連れて来ちゃって大丈夫だったかな」
「いやいや、これは丈夫な花ですからな。 ピンピンしていますな」
「良かったぁ。 ちょっと心配だったから、すぐにノズ先生に見てもらいたかったの」
ララはほっと胸をなでおろす。
「このお花はなんてお名前か知っている? 植え替えするとちゃんと育つ?」
「これは淡雪と言われる花ですな。 わしが小ちゃい頃に一度、じい様に見せてもらった事がありますのぅ」
「あわゆき?」
「冬の終わりに降る雪のことですな。 春の訪れを知らせるという意味で名付けられたのでしょうかね」
「えー、素敵なお名前ね」
「しかし、わしが知る限りでは数日で散ってしまうはずですな。 まずは適した場所に植えて、すぐにホーリー様に見ていただきましょうかねぇ」
すくっと立ち上がり、年期の入った木箱を持ち歩き出す。
木箱の中には鋏や小型のスコップやノコギリなど、ノズ爺が長年使ってきたこだわりの道具が入っている。
方向を見るに、淡雪の花を植える場所としてハーブ園の隅にある畑を選んだようだ。
ララも籠をしっかり持ち、ノズ爺の後を追うためにベンチから立ち上がる。
「ララ様、おかえりなさいませ!」
「あ、ベル!」
後ろから掛けられた声に振り向く。
ララの姿を見つけ、屋敷から迎えに来てくれたのだろう。
「ただいま、ベル。 帰りが遅くなっちゃった? 今は何時?」
「お昼を過ぎた頃です。 ララ様のお帰りを皆様お待ちでいらっしゃいますよ」
「ごめんね、ベル! まずは畑へ行きたいの。 みんなに伝えてもらえる?」
ノズ爺はスタスタと歩き続けている。
遠くなるその姿に、ララは慌ててベルへ伝える。
「あ、お兄様にも伝えて欲しいの。畑で見てもらいたい物があるので、お時間あれば来て欲しいって!」
ノズ爺の後を追いながら、ベルに向かって大声を出す。
「みんなにごめんなさいって伝えてね! お茶の時間には屋敷へ戻るから!!」
「かしこまりました、ララ様。 急いで転ばぬようお気を付けください!」
笑いながら小さく手を振るベルに、ララは大きく手を振り返す。
ノズ爺を確認するともうだいぶ先にいる。
もう60歳近いのに早過ぎる!
追いつけないよー。
でもあのお花を知っているなんて、さすがノズ先生!
淡雪のお花に興味がありそうだし、張り切っているみたいで良かったな。
息子を立派な庭師に育て上げた事を誇りに思いながらも、少し寂しそうな最近のノズ爺を思い出す。
まだまだ教えてもらいたい事がいっぱいあるもん。
いつまでも元気でいて欲しいな。
ノズ先生の元気なお声が聞こえると、お庭の木々やお花が喜ぶしね!
ウキウキして笑いが溢れる。
小さくなる先生の後ろ姿を、ララは早歩きで追い続けた。




