10話 ララの習い事.1
むにゅむにゅって押して小さくしてまた押してー。
何度も繰り返し、まん丸のボールにしたらちょっとお休み。
「スラン先生、これでいい?」
「嬢、うまく出来たな」
「えへへ、ぷにぷに~」
髪をきっちり結び、黄色のエプロン姿のララは、生地をつついてスランに見せる。
横で同じ作業をしながら教えていたスランは、顔中真っ白なララに合格点を与える。
近くに控えていたベルは、濡れたタオルでララの顔と手を拭う。
ここはカンファンス家の調理場。
スランは34歳と若いながらも、この屋敷内で提供される料理全般を任されている。
森の国の小さな港町出身で、船乗りから聞く他国に興味を持ち、各国の言葉を学んだ。
10代で海を渡り、数カ国で修行をしながら、それぞれの食事文化の知識を得た。
その経験の積み重ねで習得した、様々な国や地域の素材や調理法を組み合わせ、新たな料理を創り出す事を得意としている。
たまたま隣国でスランの作る料理を食べ、感銘を受けた大旦那様と大奥様の強い推薦があり、そろそろ国に帰りたいと思っていたスランは即座にオファーを受けた。
カンファンス家で働き早8年。
最初こそ独創的な料理の数々にカンファンス家の皆は戸惑ったが、今では全員がスランの作り出す美味しい作品の大ファンだ。
ここの調理場には、下準備など補佐をしている者、スランの料理を学びに来る料理人らがいて賑やかだ。
街のレストランからの弟子志願が多く、身元保証さえ問題なければ受け入れている。
今ではアルマクの希望で派遣された城のシェフや、他家の者までいる。
スランは見た目は強面で口が悪いが、陽気で面倒見の良い人柄で、職人気質な料理人達をよくまとめている。
ララは最年少の弟子だ。
シダーから包丁と火を扱う許可はまだないが、野菜を洗ったり飾り付けを楽しそうに手伝う。
たどたどしくも一生懸命に働くララは場を和ませ、孫や子供を持つ者や、若者からも可愛がられる。
この家のお嬢様は調理場でも人気者だ。
今日は初めてのパン作り。
「嬢、誰を思って生地を捏ねた?」
「あのね、お父様とお母様とお兄様とお姉様とベルとプラネラとローアンとみんな! みんなにこにこしてた!」
「はははっ たくさんだな〜」
「うん! みんな食べたら美味しい〜の!」
嬢が作る物だったら、どんな出来栄えでも喜んで食べるだろうなぁ。
スランは、入れ代わり立ち代わりララの様子を覗きに来る面々を思う。
こっそり見ているつもりだろうが、全然隠れていないんだもんなぁ。
入り口からちらと顔を出すシダーやセリビア、窓からはホーリー、飲み物をわざわざ取りに来たカトレア。
ローアンやプラネラは用事を作っては何度も出入りしている。
気付かないフリも大変だ。
つい苦笑してしまう。
「さぁ嬢、休ませたパン生地を見てごらん。 さっきより大きくなっただろう?」
「うわー、大きい! スラン先生、魔法した?」
「ははは、魔法かぁ」
「やっぱりスラン先生、魔法使い? いっつも美味しいご飯ありがとう!」
「魔法使いじゃないけど、食べて喜ぶ人の顔を思いながら料理をすると美味しくなるぞ」
「そっかー、じゃあララのパンも美味しいね!」
嬢のパン、食べるよな?
あの方々は宝箱に入れて飾っておきそうだが、全力で食べさせよう。
あんなに一生懸命作ったんだ。
頼むから、食べて喜ぶ顔を嬢に見せてくれよ。
◇◇◇
カンファンス家の夕食は18時。
家族全員が揃って食べる。
森の国ではコース料理のように一品ずつサーブするのは好まれず、大皿から各自取り分けて食べるのが一般的だ。
出来立てで湯気が立つ鶏肉の香草焼きをメインに、色鮮やかな野菜のグリル、春野菜のポタージュ、副菜の数々がダイニングテーブルの中央に並べられる。
シダーのリクエストで、ララの好きなチョコレートケーキをデザートに用意した。
最後がどっしり重めなので、爽やかなハーブを使った料理を多めにしている。
皿の盛り付けが終わり、皆がそわそわしている。
本当のメインを待っているのだ。
「じゃじゃーーーん」
嬢が来た。
両手でしっかり籠を持ち、調理場からゆっくりゆっくり歩いて来る。
後ろを歩くベルの顔が真剣だ。
「みなさん、お待たせしましたっ。 ララのパンですよー」
籠から小さく不揃いのパンを選び、ひとりひとりに渡す。
「これはね、お父様のお顔の形みたいでしょ? はい、どうぞ」
「これはお母様。 大好きなお花なの」
「これはお兄様で、こっちがお姉様!」
家族に配り、側に控える使用人達の手にもパンを渡し終え、ララは満足気だ。
最後にスランにもひとつ。
「俺にもくれるのか?」
「うん、スラン先生のぶん。 教えてくれてありがとございましたっ!」
あぁ、皆が感動して涙ぐむ気持ちが分かる。
世界一可愛いわ、嬢!
これはもう勿体なくて食べれねーよなぁ。




