第27話 詭弁と徽章
イリヤさんが指し示したのは、神殿騎士団長ドニ・ワロキエその人だった。今までイリヤさんを責め立てていたワロキエの表情と声が引きつる。
「な、何を……苦し紛れの嘘はやめてください」
イリヤさんは腕を下ろすと、口の端をつり上げた。
「苦し紛れの嘘ではないぞ。そなたは先ほど言っていたではないか。『攻撃を仕掛けてきた術者たち』と。なぜ、術者が複数だということを知っているのだ?」
「そ、それは、あなたが……」
「おかしいな。わたしは『術者』としか言っていないぞ」
「あれほどの波状攻撃、一人の術者では無理に決まっているでしょう!」
ワロキエの反論に、イリヤさんはわたしのほうを見て笑う。
「そうか? 例えば、わたしの婚約者ならば、あの程度の攻撃、一人でも可能だが……まあ、極端な例外は置いておくとしても、そなたが動揺したこと自体が問題なのだ。違うか? わたしの仕掛けた罠にかかったな、ワロキエ」
そうか。さっき、劇を再開させようとしたのは、ワロキエにイリヤさん自身を非難させ、ボロを出させるためだったのだ。
ワロキエはぐっと眉を寄せた。
「自分が黒幕だからといって、わたしを下手人に仕立てあげようとは……まったく、獣族はずる賢い」
苦し紛れの嘘を言っているのは自分だろうに。わたしは知らぬ間に握り拳を作っていた。
今まで事の成り行きを見守っていたフィリップ陛下が、落胆したように口を開く。
「ワロキエ、予の次男も追い詰められた時、同じようなことを口走っておったよ。イリヤが予たちを傷つける理由がどこにある? この子は至らぬ祖父である予を気遣ってくれる優しい子だ。そのようなイリヤを貶めるそなたこそが怪しい、と予も思うておる。なあ、コンスタンス」
「その通りでございます。イリヤは苦労しながらも、決して心がねじけることのなかった若者です。獣族の血を引いているという理由だけで、なぜ、彼が黒幕になるのですか」
よかった。フィリップ陛下もコンスタンス陛下も、イリヤさんの味方だ。思わぬ褒められ方をしたからか、イリヤさんは照れたような顔をする。それから、鋭い視線をワロキエに向けた。
「もうひとつ、決定的な証拠がある」
ワロキエが身構える。その胸元で金地に赤を配した徽章が太陽の光を反射する。わたしの頭を雷光が閃いた。
あれと同じ徽章をエヴァリストさんも身につけている。確か、慈善団体の印だ。聖女だった時に接した神殿騎士たちも、結構な割合で袖口にあの徽章をつけていた。
わたしは思わず、震える人差し指をワロキエの徽章に向けた。
「その徽章──それが『至高の血』の印だったのですね」
「よく気づいたな、オデット。さすがは俺の惚れた女だ」
甘い声でそう囁いたあと、イリヤさんはワロキエに向き直った。
「オデットの言った通り、その徽章は『至高の血』にとって符丁のような役割を果たしているのだろう? 特に、神殿騎士団内にはつけている者が多いようだな。なんでも、表向きは戦災孤児を救済する団体に入っている者の証なのだとか。その団体の現在の代表者がそなただそうだな、ワロキエ。袖章が一般の構成員の証だとすれば、胸章は幹部の証といったところか」
「お、表向きではない。我らは内実ともに戦災孤児を救済する団体だ。そうだな?」
既に丁寧語すら手放し、顔色が青白くなったワロキエが、部下の神殿騎士たちを振り返る。その全てがワロキエの息のかかった者たちなのだろう。彼らは一様に頷いている。
ただ一人、頷いていない者がいた。エヴァリストさんだ。エヴァリストさんは何か言いたげな目でワロキエを見つめている。
イリヤさんはそんなエヴァリストさんのほうをちらりと見たあとで、ワロキエに言った。
「そなたは先ほどから何度も、獣族の血を引いているというだけで、わたしを繰り返し非難したではないか。その論理を使ってよいならば、そなたが『至高の血』の一員、いや、首領であっても、なんの不思議もないな」
「悪辣な……。だが、それは屁理屈にすぎぬ」
イリヤさんの秀麗な顔に狐狼のような獰猛な笑みが広がった。
「それだけではない。決定的な証拠もあるぞ。メチスの郊外に館があるそうだな」
ワロキエの顔が強張った。イリヤさんは続ける。
「そなたも知っての通り、そこは『至高の血』の根城となっている。中を調べれば、幹部や構成員の名簿やそなたが首領であるという証拠がいくらでも出てきそうだな」
そこでいったん言葉を切ると、イリヤさんはフィリップ陛下に向き直った。
「おじいさま……いえ、国王陛下、何とぞ件の館を立ち入り捜査する勅許をいただきたく存じます」
「うむ、そなたに捜査の全権を委ねよう。『至高の血』は我が国の恥部だ」
フィリップ陛下がそう言った時、ワロキエが額に青筋を立てて叫んだ。
「何を言うか! 自分こそ娘を奪った獣族をあれだけ嫌っていたくせに、孫が見つかったとたんこれか! 賢王が聞いて呆れる! 貴様こそ歴代国王の恥部だ!」
王室の方々と公衆の面前で行われたあからさまな不敬行為に、その場にいた全員がしん、と静まり返る。これが「至高の血」の首領としてのワロキエの本音だったのだろう。
ワロキエの部下たちもあまりのことに困惑した様子で、互いに顔を見合わせている。そんな神殿騎士たちの中で、ただ一人ワロキエの前に進み出た人物がいた。
「──騎士団長……もう、おやめください」
エヴァリストさんだった。彼は沈痛な表情を浮かべながらも、ワロキエをまっすぐに見据えた。




