今日だけは
『は、速い!春義選手、清水選手、そして吉条選手が上位に一気に追い上げていきます!』
……俺はボーリングは出来ない。カラオケも出来ない。だがな――――《《短距離は得意なんだよ》》。
――――まずは一人。
三位に位置していた一人を抜き去るが、今の所両隣にいる春義と清水とは引き分け。ここからが正念場……、
――――――――え。
……なんで俺は空を見上げているんだ?
何で俺は……宙を舞っているんだ?
一瞬思考が追い付かなかったが、直ぐに理解した。
――――あの野郎。
俺ははっきりと見た。一歩前に出ようとした所を春義が足を引っかけて、全力で走った俺は宙に舞ってるんだ。
更に、俺をこかした時に一瞬見せたあの悪党の様な歪な笑み。
――――本気出してこれで負けるのだけは俺のプライドが許さん。
地面に顔が近づいているのを悟ってしまう。
ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな!
――――待て。――――待て。――――待て。
絶対にこんな負け方だけは俺自身が許さない。
地面に向かい反射的に手をついてしまうが、自分の体が再度浮かび上がり、前を向く。
……マジか。
『ば、バク宙!?吉条選手が誰かの足に引っかかったのかこけそうになるのをバク宙して回避してしましました!そして、速度アップ!一気に追い上げていく!』
漢城が驚いた声を上げるが、俺自身が一番驚いている。人生初めてバク宙なんてしたぞ。多分、前に出たいという気持ちで身体が前に出て思わず出来た副産物。だけど、今はなんであろうと構わない。
結局今の間で春義と清水とは差が出来てしまい、先程抜かしたはずの一年生に再度抜かれて最下位に戻ってしまった。
――――春義蓮。あいつだけには負けられない。
俺はこの日のこのリレーの為に特訓して来たんだ。全員が海の家に行った遊んだ日も、密かに砂浜で短距離の練習もした。暑い中、夏休みにも関わらず朝に短距離を何度も走った。
だから、ここでコケて負けましたなんて笑えないんだよ。
――――俺は主人公なんかじゃない。ならなくたっていい。
――――だけど、今日だけは、この瞬間だけは勝ちたいんだ。
「広先輩頑張ってください!」
――――当たり前だ。
泉が応援してくれるが今は答えている場合ではないので心だけで返答しておく。
「勝ちなさい吉条!負けなんて私絶対に許さないわよ!」
――――分かってる。
南澤が俺を応援するなんて初めてじゃないか?
「吉条!いけるよ!」
――――いってやるさ。
寺垣は本当に優しい人間だと思う。そんな寺垣がこの苦しい状況の中俺にそれを伝えるということは勝ちたい意思があるのだろう。俺もだ。
「兄貴いけます!兄貴なら勝てます!」
――――兄貴じゃねえがありがとな黒柿。
『吉条君!いっけー!!絶対に勝てます!いけますよ!』
――――お前は実況じゃないのか?
だけど、実況も忘れて応援してくれてありがとう漢城。
声援なんて何も変わらないのだと思っていた。自分自身の精一杯の力を出すだけなのだから必要ないのだと思っていたのに、少しばかり……ほんの少しだけだが頑張れる気がしてきた。
――――残り半周でようやくここか。
『よ、吉条選手!なんと残り半周で五位の一年生、そして先程清水選手と春義選手が抜かし、四位になった一年生を抜かして追いついた!!』
「……ハア…ハア。あんな小細工で勝てると思うなよ春義」
「息切れしてるじゃないか」
「知ってるか?漫画ではな、ピンチの時ほど強くなるんだぞ?」
「減らず口が叩けるほどに元気のようね」
「まだまだいけるぞ」
「――――っな!」
『誰が予想していただろうか!こけそうになり、バク宙して時間を少しでも減らした吉条君ですがその差は歴然だった筈……にも関わらず今春義選手、清水選手を抜いて一位に上り詰めました!!』
……肺が酸素を欲しがっている。分かってるが、止まりたいと体が訴えてくる。俺だってもう休みたい。これだけ頑張ったんだ。もう良いんじゃないのかと身体も心も訴えかけてくる。だけど、今だけだ。これ以上多分一年間ぐらいは走らないつもりだ。だから――――今日だけは勝つんだ。
「まだまだ走る元気があるようね」
「……追いついて来るのかよ」
不意打ちでスピードを上げて一気にゴールしようと思ったのだが、それをこの女――――清水が許すはずが無かった。
直ぐに追いついて隣に並ぶ。この半周と言うもう距離が無い中春義は間に合わない。ということは、俺と清水の一騎打ちか。
「もう終わって良いんじゃねえか?疲れただろ」
「…それはお互い様でしょ?」
だが、ここで清水がラストスパートをかけてスピードを上げてくるので俺も上げざるを得ない。もうゴールまで50mも無い。
ここで決まる。
――――負けない。テストで何度負けようと、何度も、何度も負けてきたがここで負ければ全てが無意味だ。
精一杯努力すれば負けても仕方ない。誰もがそう思うのかもしれない。だけど、俺の中では――――勝利以外全てが無意味だと思っている。勝たなければ何も残らないのだ。
『ラスト50mを切りました。果たしてゴールするのは吉条選手か清水選手か!?』
もう目の前にゴールが見える。後、ほんの少しここだけ頑張れば勝てるんだ。
「――――清水。俺はお前にテストで負け続けてきた。だけど、今日だけはお前に負けたくないって中学校の頃に戻ったように思えたんだよ」
中学校時代俺は清水にテストで負け続けた。だから、何度も何度も努力して、けれど勝てないで、高校に入りいつの間にか努力するのを止めた。もう二位という地位で満足してしまったのだ。努力したのだから。頑張ったのだからと。だけど、俺は多分怖かったんだ。負けたとき悔しい気持ちが心に残るから。俺は何時しか努力するのを止めた。
けれど、今こうやって清水と良い勝負が出来ているんだ。だからこそ、もう――――負けたくない。
「貴方に勝てるのかしら?」
「勝つんだよ」
最後の最後!後一歩踏み出せ。
あと一歩で勝てるのだから。
――――そして、勝敗は決した。




