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黒柿涼の想い

 ――――俺は昔から何でも出来るんだと小学三年生ぐらいから理解していた。


 『涼君は凄いわね』

 

 小学校の先生はいつも俺を誉め絶やしていた。その時はただ褒められることが嬉しくて、素直に喜んでいたけど、物心ついた小学五年生ぐらいの頃は毎回同じ言葉を繰り返していた。


 『僕はそんなに凄い人じゃないよ』


 謙遜なしにそう思っていた。そんなに、凄い人間ではないとそう……思っていた。

 体力テストではいつも一位で、テストではいつも九十点以上。だけど、少し出来る程度の人種だと思っていた。


 だけど、中学のある時俺は全てを失った。

 中学校に入り、一つ年上の学校一美少女である――――小野美佐子に出会った。

 その時、彼女は学校の中でも大人気で色んな人が好きだということを聞いていたぐらいで、実際に話したことは無かった。そんな彼女とは、俺が学校の帰り道に誰か分からなかったが男子から告白されていたのを見た時から知っていた。


 『見てたの?恥ずかしいな』


 たった一度の偶然。だけど、その偶然が俺と彼女との出会いだった。

 その時、あんまり男子に悲しい思いをしないように振るにはどうしたらいいのか?そんな風に聞かれるとは思っていなかっただが、そこから俺と小野美佐子先輩との出会いが始まった。

 少しずつ、少しずつだけど話す機会が増えていって、徐々に親しくなって俺は彼女が好きになった――――そう思っていたけれど、この時の俺は何も分かっていなかった。


 告白した時はあまり緊張せずに普通に言えることが出来た。これは今まで話していたからだと思っていた。


 『私も涼君が好きだよ』


 小野先輩から了承を得たとき、俺は本当に嬉しかった。年甲斐もなくその場でガッツポーズをしたのを良く覚えていた。

 だけど、その時俺達は初めて付き合ったということもあってあまり人にはバレないようにこっそり隠れて一緒に帰ったり、偶に土日に遊んだりしていた仲だった。それでも俺は楽しかった。


 ――――一年間が経った今でも付き合っていた俺達だったけど、小野先輩が三年生になった時、放課後に校舎裏に呼ばれた時、初めは一緒に帰ろうとでも言われるのかと思っていた中、小野先輩は淡々と言葉を述べた。


 『私達別れよう』


 初めは何を言われていたのか全く分からなかった。あまりにも、突然過ぎて思考が追い付かなかった。だけど、俺が何も言わないことで何も言うことが無いのか、小野先輩は颯爽と帰ろうとした小野先輩の手を握って引き留めた。


 『待って!もう少し考えてくれないか!?』


 自分でもどうしてこんなにも焦っているのか分からない程、汗をかき始め必死に引き留めてしまった。どうして、ここまで必死になっているのか自分でも分からないけれど、言葉がスッと出た。

 けれど、小野先輩は俺の手を振り払い、


 『他に好きな人が出来たから』


 先程と同じ、ただ淡々と言葉を並べていた筈なのに何処か別人のように感じ、背筋がゾッと震えた。その時、俺は何も言える言葉は見つからず、ただ小野先輩が去っていくのを見つめることしか出来なかった。


 ――――俺は初めて人に恐怖を覚えたんだ。


 だからだったのか、家に帰ってからどうしようもない苛立ちを隠しきれず物に当たった時もあった。どうして、こんなに苛立っているのか、普通は悲しい気持ちの筈なのに俺は彼女に《《裏切られた》》。その事実がどうしようもない程に俺を苛つかせた。

 学校に行っても別れた後でも学校では何処かで小野先輩の話が出ている。素敵だ、綺麗だ、優しい……そんなのは嘘っぱちだ。俺があの時見たあの顔はそんな顔じゃなかった。冷徹で、残酷で無慈悲なそんな女だった。


 『小野さんはそんな優しい人間じゃない!』


 俺は何度色んな人に言ったのか分からない。だけど、誰も俺の言葉を信じることはなかった。皆が皆俺の言葉は嘘だと言って信じることはなかった。友達であった景やオック―でさえ信じることは無い。

 誰も俺の言葉など信じてなどいなかった。


 その時から俺は誰一人信じることをやめた。

 何があろうと絶対に誰も信じない。そう決めた。もう騙されないと。


 高校に入ってからもクラスの皆と仲良くなろうと、誰一人信じることは出来なかった。何処か腹黒さがあるのではないか、疑心暗鬼になってしまう自分がいた。


 そんな時、廊下の曲がり角でぶつかって出会ったのが――――伊瀬茜だった。


 『イタタ。大丈夫!?頭打ってない!?』


 彼女は日直の仕事か委員会の仕事か分からなかったけど俺とぶつかった事で紙が散らばっていた筈なのに、自分も転んだはずなのに真っ先に俺の安否を確認した。

 

 『大丈夫。君こそ大丈夫?』


 『うん。隣の席の黒柿君だよね?ごめんね』


 誰よりも、自分よりも真っ先に相手を気遣うそんな人間がいるのか?と初めは疑問に思った。いや、九割の確率であり得ないと思っていた。だけど、隣の席だということもあって俺はただ暇つぶし程度に彼女を見ていた。きっとどこかでボロを出すはずだ。

 優しい人間などこの世にはいない筈だから…そう思っていた筈なのに、彼女は本当に優しい人間だった。


 隣になって少しずつ話して、地味目な子だと思っていたけど話してみれば話しやすい子で、ちょっとおっちょこちょいだけど、誰に対しても分け隔てなく優しい人間だった。

 ずっと、ずっとあり得ないと思っていた自分がいつの間にか誰にでも優しい人間だと理解して、そして――――いつの間にか俺は茜を好きになって告白した。あの時は、心臓が飛び跳ねるのではないかと思わずにはいられないぐらいに緊張して、自分が自分じゃなくなってしまうのではないか?なんて考えもあった。けれど、茜が俺の気持ちを受け入れてくれた時は、どれだけ嬉しかったか図り仕切れなかった。

 

 もう誰とも付き合うつもりは無かった。あんな思いをしたくなかった。だから、誰も好きになる筈なんてないと思っていたのに好きになってしまった。

 けれど、それと同時に彼女に別れを切り出されたら?と思うとどうしようもなく、胸が締め付けられる思いが込み上げてきた。

 絶対に嫌だった。何が何でも嫌だった。


 ――――だから、俺は過ちを犯した。


 茜が絶対に振ることなんて出来ないように噂を流して、裏切られないようにしてやろうと考えた。こんな事誰かにバレる訳でもない。バレなければ良いんだと思った。


 もう少しで茜は絶対に裏切らないようになる。そう思った時、一人の人物に呼び出された。


 それが、俺にとって生涯忘れることなんて出来る訳がなく、初めて尊敬出来る人物――――吉条宗広先輩との出会いだった。


 初めは地味で何処にでもいそうな負け組の奴かと思っていた。だから油断した?そうじゃない。いとも簡単に俺は、あの人に完敗して茜に全てがバレた。


 茜が現れたとき、何か言わなければならない、何か言え、言い訳でも何でもいい。何かを言わなくちゃと心は分かっていた。だけど、実際に声を出す事なんて出来なかった。


 だけど、仕方なかったんだと思ったんだ。全てはもう騙されないべきだと思っての事だった。だから、仕方ないんだと。


 『――――俺は一度女に騙されて、浮気されたんだよ。だから、もう二度とされないようにこうしたんだよ!こうするしかなかったんだよ!騙されないようにしたんだよ!何が悪いって言うんだ!』

 

 自分でも涙を流していたのを分かっていながら止まらなかった。何故、涙が出るんだ?裏切られたからか?あの時の自分は自分でも気持ちを理解出来なかった。


 だけど、今なら分かるんだ。


 ――――自分が《《裏切っていた》》んだと分かったから。


 だけど、その時の俺の気持ちを分からせてくれたのは、根本を全て崩したのが吉条の兄貴だった。


 『そうじゃなかったら許される行為でもないだろうが!お前が本当に伊瀬の事が好きなら、泣かせるようなことも、辛くさせるようなこともせずに、もっと大切にしてやれよ!彼女のことが好きなんだろうが!』


 誰でも当たり前に言うセリフなのかもしれない。けれど、俺にとって兄貴の言葉に何故か重みを感じてしまい、心の奥底に突き刺さった。


 何で、こんなにも心に響いたのか分からない。もしかしたら兄貴もまた俺と同じような過ちを犯したことがあるのかもしれない。それは分からなかったが、俺は兄貴の言葉がずっと心の中で何度も、何度も、何度も繰り返されていた。


 反省したってもう遅い。何をやったって罪が、過ちが消える訳ではないのに、最低な事をしたのに、茜は許してくれた。

 本当に分からなかった。どうして許してくれるのか俺には理解出来なかった。もしも、立場が反対ならば絶対に許す訳なんてないのに、茜は許してくれた。そして、俺は最初の気持ちを思い出した。


 ――――俺はこんな誰でも分け隔てなく優しい彼女に惚れたのだと。


 どうして忘れていたのか、何故分からなかったのか、どうして信じることが出来なかったのか、自分でも家に帰って何度も後悔し、自分の奥底に存在した気持ちを分からされ、全てがさらけ出された。


 ――――小さい頃から言われ続け、俺は自分が特別だ、凄い人間なのだと心の奥底では思っていたんだ。


 小学校の頃からずっと凄い、凄いと言われて違うなんて言っていたけれど実際は思っていたんだ。自分は凄いんだと。他の人達とは違うのだと。


 だから、小野先輩に振られて当たり前だった。俺は彼女を好きではなかった。今ならば分かるんだ。他の人達では話せない、付き合えない人と付き合っているんだという特別感、優越感を得る為に俺は彼女を利用していたんだ。


 ――――裏切られた?


 違う。


 ――――俺が小野先輩の想いを裏切ってたんだ。


 だから、告白する時も緊張していなかった。別れを切り出されても悲しくはなく、ただ焦ったんだ。自分が一番だと、凄い人間なのだと思っていたからこそ自分より劣っている人間に振られるのが嫌だったんだ。信じられないのが嫌だったんだ。だから、俺はこの気持ちを利用して信じるのを止めただなんて思ったんだ。


 本当はただ、これ以上自分が劣っている、普通の人間なのだと思いたくなかったから。

 けれど、俺は特別な人間なんかじゃない。凄い人間なんかじゃない。

 特別ではないのかもしれないけれど、本当に凄い人間は茜や兄貴の様な人だと俺は思った。


 茜は自分の為なんかじゃなく、誰かの為に優しくなれる人間で、だけどそれを誰かに見せびらかす訳でもない。ただ、誰に気付かれる訳でもないのにこっそりと誰かを助けてあげるそんな人だ。

 自分に得があるわけでもないのに、損するだけなのに助けてあげられるそんな存在の茜が本当に尊敬出来る。


 兄貴は自分が凄い人間だと理解していない。頭も良いのにそれを誰に自慢するわけでもない。そして、俺が最低だと理解しているにも関わらずそれでも気軽に話してくれるそんな人だ。兄貴は自分はかっこいいだなんて思ってないのだろう。本当は凄い人間だって理解していない。本当は誰よりも誰かに優しい人間にも関わらずそれを自覚していないんだ。

 依頼だなんて言っているけれど、俺は知っている。兄貴は依頼なんて無くても誰かを助けてしまうそんな人だ。


 ――――俺もそうなりたいって思える先輩で尊敬して、かっこいい人なんだ。


 そんな兄貴が今俺を頼ってるんだぞ?


 今まで気づけなかった自分の気持ちを、過ちを犯したのだと分からせてくれた兄貴が困って俺に頼ってるんだ。なのに、今行かないで――――いつ恩返しするんだ!

 けれど、俺の目の前には春義蓮先輩がいる。サッカー部のエースで一対一で抜けるのは至難だ。だけど、やるしかない。


 右に足を出し、抜こうとする。だが、当然春義先輩はスピードについて来る。だが、そこから左に行けば抜ける…と思ったが、そこまで甘くないよな。


 「っち」


 「君もあっちに行きたいんだろうけど、僕も白組応援団長として負ける訳にはいかないんだ」


 「どけ!」


 兄貴が頼ってくれているのに何で邪魔をするんだ。


 『そろそろ赤組の棒が崩れかかっている。もう少しで倒れるぞ』


 ……どうしたらいいんだ。時間が無いのに、兄貴が頼ってるのに……。


 「涼君頑張れ!」


 一瞬で分かる声が俺の耳に響く。自分でも動かなければ間に合わないかもしれないのに、自然と顔が声の主である――――茜の方に向いていた。


 「……茜」


 本当はそんな大声を出すような人じゃない筈なのに。顔を真っ赤にしてまで、白組で敵の筈なのに応援してくれているんだ。

 いつも、いつも俺が困ってる時、悲しんでる時に手を差し伸ばしてくれるのは茜だ。

 その茜が羞恥心もあるにも関わらず応援してくれる。これ程までに嬉しい事があるか。

 ……負けられない。


 茜から春義先輩方へ視線を戻し、助走の準備をし、全速力で駆け抜ける。


 「っ!」


 だけど、ギリギリで春義先輩が通さないと横から入り込んできて、脚に引っかかって横転してしまう。


 『おっとここで黒柿選手倒れてしまう!大丈夫か!?』


 「黒柿!」


 「涼君!」


 ――――俺はクズだ。


 ――――最低だ。


 そんな俺には地べた這いずり回って泥まみれがお似合いだよな。

 俺は特別でも凄い人間でもない。普通な人間なんだ。だから、カッコつけてないで泥臭くてもいくしかないだろ!


 最低でもクズで、それを分かっていながら手を差し伸ばしてくれる人たちがいるのだから。


 『おっと!ここで黒柿選手が素早く立ち上がって棒に猛追する!春義選手は突然の速さに動くことが出来なかった!だが、赤組の棒は既に崩れそうだ。間に合うのか!?』


 赤組の棒がどうなっているのか気になる。だけど、今は振り返っている暇はない。


 「兄貴どうしたらいいですか!?」


 こういう時、自分でこの状況を打開できる策が無いのが俺の凡人の証拠だ。だけど、兄貴ならきっとどうにかしてくれるって信じてる。


 「そのまま全力でこっちに来い!」


 兄貴が言うのであれば、信じるのみだ。

 全力で駆け抜けて、もう少しで兄貴の元に辿り着く。これからどうするかなんてわからない。だけど、進むしかない。


 ――――兄貴が棒に背を向けてこちらを向いた。


 「跳べ!」


 「はい!」


 疑うよりも先に身体が動いてしまった。だけど、このままじゃ着地した時に兄貴にぶつかる!?


 「もう一回跳べ!」


 ……この人は本当に何者なんだろうか。


 俺の足を両手で抱え込んで、俺が跳ぶと同時に上空へと放り投げられ、挙句に誰にも邪魔されず棒へと一直線だ。


 『こ、これはなんと!漫画の様なジャンプであっという間に棒へ!?だが、赤組の棒が先に倒れるか!?』


 ふざけるな!ここで、負けてたまるか!


 全体重を、今頼ってくれた二人の想いを全部これに乗っける!


 ――――いけ!


 白組の棒が倒れた。だけど、どっちが速かった!?


 慌てて実況の方を向いて、事実が放送される。


 『勝者は――――赤組です!!大逆転!!僅差で赤組が勝ちました!!』


 「「おおおおおお!!」」


 赤組の皆が歓声を上げているのが分かる。だけど、俺は真っ先に兄貴へと飛びついてしまった。


 「勝ちましたよ兄貴!勝っちゃいました!」


 「ええい!鬱陶しい!離れろ!」


 兄貴は嫌そうな顔を隠そうともせずに離そうとするが、今だけはこの喜びを分かち合いたかった。


 ――――やっぱり、兄貴は俺のあこがれで尊敬していつか、こんな人になりたい。そう思える人です。

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[一言] 黒柿の過去を書くと同時に小野の情報を出していくぅ。 小野推しが止まりません(/´△`\)
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