海の家
向江はどうやら友達と仲直りは出来たらしく、夜に全員で食事をする際に手伝ってくれた皆にお礼を伝えていた。
「それで、私があげた携帯は使えたんだろうな?」
怖い目つきで金松さんが夜の食卓の中睨んでくる。
「使ったよな向江?」
「うん。お母さんの携帯で一緒にお話し出来ることになった」
今回、金松さんにお願いしたのは向江に携帯を買って欲しいということだった。
当初の予定では、違う学校では通信機械が無いということで向江に携帯を買って欲しいという趣旨を金松さんに話せば、当然反対された。まだ早いなどと色々と言われたが、金松さんと向江の間での約束が決められ、購入するに至った。
使い道は少し違ったが、現代の力で相手と対面していなくても寂しく、悲しい思いをせずにという趣旨で買ってもらったのだが、結果的には違ったが家でも楽しい思いが出来るという点でも向江にとっては良かったのだろう。
「美優、ちゃんと約束は守るんだぞ?」
「うん。長い時間使わない。夜遅くに使わない。勉強を疎かにしないだよね?」
「そうだ。約束だぞ?」
「分かってる」
向江が頷き、今日はとっととご飯を食べて寝ようと考えていたのだが、
「そう言えば、明日一日何する?もう今日は海で遊んだし、他の所に行ってみたいんだけど!」
南澤が突然明日の話を初めて、部屋に戻りずらくなってしまった。ほんと、タイミングだから。俺が居ない時に話してくれない?
「私も海も好きですけど、明日は折角遠くに来たんですから、他の場所に行ってみたいです」
「それなら漢城に聞いたら早いんじゃないのか?ここには良く来るんだろ?」
本日親が帰り、泊まる場所が無かった漢城はバイトを手伝ったことも相まってここに泊まることになった。そして、帰りは萩先生の車で帰るらしい。よって、明日もいるのだと思えば、漢城に聞くのが一番手っ取り早い。
そして、意見を言った俺はとっとと自分の部屋に戻れる。立ち上がった俺だが、隣に座っている妹と泉に服を持たれ、座り直される。
「まだ話は終わってませんよ?」
「お兄ちゃん何処に行くの?」
笑っていないのに笑っているこの二人。凄い怖いんだけど?
余計帰りたくなってきた。
「……そうですねー。私は海には行くんですが、ここら辺の近場には行かないですから……あ、ショッピングモールはどうです?ここの皆でショッピングをするのは楽しそうです」
「良いですね!私も皆さんとショッピングモールに行きたいです!」
先程までの怖い表情は何処かに吹き飛んだ妹が勢いよく賛成する。
「お前、そんな金あったのか?」
「何言ってるの?お兄ちゃんの働いたお金があるでしょ?」
「鬼ですか?」
「冗談だって。普通にそのぐらいのお金はあるし」
全く冗談に聞こえない妹の発言にハラハラしながら、結局行き先はショッピングモール。それ帰ってからでも行けるんじゃないか?とは思わずにはいられないが、このメンバーでショッピングをすることがこいつらにとっては大事なのだろう。
「行き先決まったんなら俺は部屋に戻る。明日は何時に行くんだ?」
「うーん、取り敢えず7時には起こすから」
「……冗談だよな?」
「本気」
質の悪い冗談ではなく本気だった。この子達はそんな早くに起きてどうするのだろうか。そんなに遠くの場所に行くわけでも無かろうに。
しかしながら、俺は本気にはせずに嘘だと願いながら夜を明かすのだった。
翌日。
「……きてください!起きてください!起きろ!」
「痛い!」
眠い中、誰かに叩かれる衝撃で一気に目が覚める。目の前には泉が何故かエプロン姿で目の前いる。
「早く起きてくださいよ!皆準備し始めますよ!」
「いや、待ってくれ。今何時だ?俺全然寝てない気がするんだが」
「朝の六時です」
「本気で寝てねえじゃねえか!七時って言ったじゃん!」
「だって皆早く起きちゃったんですから仕方ないじゃないですか。それより早く準備してください」
「絶対に嫌だ。俺はここから七時まで絶対に動かない」
「……残り一時間しかないのに何を駄々を捏ねてるんですか」
泉が呆れたように呟いてくるが、一時間睡眠時間が取れる、取れないでは雲泥の差だ。
「まあ、別に寝ても良いですけど」
「え?いいのか?」
意外にもあっさりと折れる泉に少し拍子抜けの気分になりながらも助かったと思えば、
「その代わり多分皆一時間後には準備出来てるので、広先輩の朝ごはんはありません」
「今すぐ起きます」
悪魔は萩先生ではなく泉かもしれない。考えても見て欲しい。一時間寝るか、朝ごはんがあるかなど質問する必要もないぐらいだ。
「そうですか。そんなに私の朝ご飯が食べたいですか」
何故か、笑顔で大きく頷く泉。
「別にお前のじゃなくても構わないんだが?」
「そう言うのは素直にうんって言えば良いと思いますけどね!」
「まあ、お前は家庭的で料理が出来るのは家に来た時から知ってるから朝ご飯作るのはお前で良かったよ」
南澤が料理を作るとすれば、小説展開あるあるの好きな物を詰め込んだ濁ったスープの様になりそうな気がするから怖い。
「もう、本当に、本当にこの先輩はずるいですね」
「え、普通に痛いんですけど?」
何故か何度も肩を叩かれる。しかしながら、怒っている様子ではなく少し顔を赤くして笑っている。
――――まさかドSなのか?
俺が痛がる素振りを見せて喜んでいる?
今度から気を付けよう。
「……なんかとんでもないこと考えてないですか?」
「俺をいたぶっても楽しくないぞ?」
「本当に何考えてるんですか!?」
泉と他愛も無い話を繰り返しながら、眠たげな眼を強制的に覚ます為、水で顔を洗い、リビングへと向かえば、既に皆は朝ご飯を食べている最中であった。
「……本当に全員起きてるし、張りきり過ぎだろ」
「考えてもみなさいよ。向江ちゃんと居られるのも今日までだし、皆で遊ぶなんて初めてじゃない?」
「そうだよね。このメンバーで遊んだら楽しそう」
南澤の言葉に寺垣が同意し、二人とも遊ぶ気満々のご様子である。
たかがショッピングにそこまで盛り上がる要素は無いのではないかと思うが、まあ良いだろう。どうせ付き添いみたいなものだ。保護者の様に思いながらやればいい筈だ。
「――――よし、じゃあ全員揃ったな?」
「はい、います」
全員が萩先生の車に乗り込み、ショッピングモールへと行くのだが、
「……結構デカくないか?」
俺が前回行ったショッピングモールより一回り大きく、尚且つ人口密度が泉と行った場所より二倍は多い気がする。
「……本当ですね。それに人も多いです。まあ、慣れてますけど」
「俺車で残ってるわ」
海よりも地獄なのではないかと思い、車に引き返そうと思えば泉に服の裾を掴まれる。
「……俺本当に人が多い場所は無理なんだよ」
「私達と遊ぶのか、車でただひたすら待つのかどちらが良いですか?」
「車で待つ」
「即答ですよこの人!」
何を期待しているのかは知らんが、俺は本当に何よりも海のヌメヌメよりも、騒がしい声よりも、人口密度が嫌いだ。
「行く」
「おい放せ!」
何故か泉が止めに入るよりも前に向江によって引きずられる。こいつ思った以上に力が強いんですけど!?
「流石向江ちゃん。さあ、皆行こう!」
何が流石だ妹よ。そこは守るのが妹としての役目じゃないのかと思っていれば、向江によって強制的に人混みの中に入ってしまった俺はもう何もかもを忘れることにした。
そうだ、ここにいる人達は食材と考えよう。そう考えれば、まだ何とか……やべえ。食材と考えたら食材が喋って動き回る中々にシュールな光景が目に浮かんで逆に気分が悪くなった。
「あ!あっちに服屋がある。真由美行くわよ!」
「うん!」
南澤と寺垣が勝手に自由行動を始めてしまい、はぐれてしまう。
「…ハア、こんなに人が大勢いれば大人数で動くのは皆が楽しめないかもしれないな。だったらここからは自由行動で十五時には駐車場に集合。それでいいな?」
「分かりました」
…一つ思ったんだが、これ全員で遊びに来た意味あんの?
少し不思議に感じながらも、これならば車で待つことが出来ると思えば向江が俺の服の裾を掴んでいるので、こっそり車に行くのは無理だ。
「なあ、そろそろ放してくれないか?」
「駄目。どっか行く」
「俺は迷子の子猫ちゃんか。迷子にならねえから。逆に迷子になるのは向江だろ」
「私は迷子にならない。それより、あっち行こう」
向江が先導されて、連れて行かされる。
その隣を泉、漢城、妹が付いて来る。まるで、俺が逃げられないように見張られている気がするのは、俺が逃げようと考えているからだろうか。
「まずはここ」
向江によって連れて行かれたのは女性専用の服屋。どうしてこんな所に来ているのかは知らないが、うん、入れない。
「女性専用みたいな所だから俺は入れないぞ?」
「入れる。男子もいるよ?」
向江に言われ見てみれば、周りにいるのはカップルの男子。単体でいる人などいるわけも無く、
「いや、カップルしかいないんだが」
「ほら、お兄ちゃん早く」
「早く入りましょう。時間は有限ですよ?」
「ねえ、取り敢えず俺が入る前提なのおかしくないか?」
もう俺が入ることが決定しているかのように三人は入って行き、向江に何度も行こうと言われ、最終的には入ることになった。
……こうやって流されてるから甘えられているのかもしれん。
服屋に入れば、お金があるのかはさておき、向江は色んな服を手に取り眺めている。熊の人形以外を持っている向江を見るのは中々に新鮮だが、取り敢えず早く決めて貰ってここから出たい。
「お前そんな服買う金持ってんの?」
「貰って来た。だから一応ある」
「ほう。取り敢えず眺めても仕方ないんだから着て決めれば良いだろ?」
「着て欲しいの?」
「なに?お前も暑さで頭壊れたのか?」
ここはショッピングモールの中で冷房も効いている筈だから頭が壊れる心配はないと思っていたが、どうやら違ったらしい。
「ちょっと着てくる」
向江は遅い足並みだが、試着室へと入って行く。
……え、ここで一人待たされるの凄い居心地悪いんだけど。
誰もいなくなったことで外に出ようと思いきや、
「広先輩これどうですか?」
鼠色の無地のTシャツ、白のカーディガンを羽織った泉がこちらに感想を求めてくる。
「どうと言われてもなー。軽めのギャルぽくないが、遊んでそうなお前が清楚系の服を着ると中々に新鮮だな」
「本当に毎回一言余計なんですけど!?ていうか、私ってそんな風に見られていたことに結構ショックなんですけど!?」
「以前までそう思っていたが、今のお前を知ってる俺から見れば良いと思うぞ」
「本当に最初の一言が無ければ素直に喜べたんですけどね」
ツンデレが来たのか、満更でもない顔をしながら泉は試着室に戻っていく。
だが、そこから出ようと思えば漢城、妹が現れ逃げられない状況に陥り、最終的にはもうどうでもいいやと達観できるようになり、今度は向江が出てくる。
「うわー。凄い可愛い」
「本当ですね。やはり顔が良い人は何を着ても凄いですね」
「良いと思うよ向江ちゃん」
試着を終えた三人がそれぞれ向江を絶賛すれば、向江は少し顔を赤くしながらも嬉しそうだったのだが、三人からこちらに目を向け、
「どう?」
「良いと思うぞ」
「はっきり言って」
「今言ったんだけど?」
良いと思うと言った筈なのだが、向江がこちらを睨んでくる。
果たして俺は何をしたのだろうか?
「イッ!」
何が向江を怒らせているのか理解できないでいると、背後から妹が後頭部を叩く。
「お兄ちゃん。ここは馬鹿でも分かる問題と思うよ?」
「何?なんて言えばいいんだよ。良いって言ったろ?」
「吉条君は言葉足らずですからね。きちんと言った方が女子的には嬉しいんですよ」
「広先輩、可愛いです。ちゃんと言わないと」
妹と漢城の言葉だけではいまいち分からないでいると、泉が耳打ちしてくる。
あー、成る程。女子はきちんと言葉にして欲しいということか。
「向江可愛いぞ」
「そう」
「えー、何が正解なんだ」
端的に言葉を吐くと、向江は何の反応も無く試着室に戻って行った。俺が言うのが遅かったのが原因かもしれん。
「私は今ので正解だと思いますけどね」
だが、泉は試着室へと戻っていく向江を見ながら何処か確信めいた口ぶりで呟く。
「なんでそんな自信持って言えるんだ?」
「少し向江ちゃんが私に似ている気がしたので」
「それは向江が可哀そうだろ」
「どういう意味ですか!?」
ギャーと喚く泉を素通りしながら、向江が着ていた服を購入した。
……結局今のが正解なのか?
本当に女心というのはさっぱり分からん。まあ、鈍感じゃないんだけどな!




