時の運
上手くいくのだろうかという疑問が湧かない訳が無かった。だが、今更言っても仕方が無い。
「こうなった以上やるしかないからな。やるぞ」
「私はちょっと自分に出来るか不安だけどね」
寺垣が頬を掻きながら自信なさげに呟く。
「大丈夫だ。というより、この作戦で最も肝心な場面を任されそうなのは寺垣しかいない」
「…私なんかより他の三人の方が良いと思うけど、やれるだけやるよ」
「お前もだぞ向江」
「う、うん」
はっきり言えばこの作戦で一番不安なのは向江だがやってもらうしかない。
昨日金松さんからのお願いは何とかなった。だからこそ、後は運でどうにかするしかない。
「見つけました」
海を気軽に俺と寺垣で歩く時、横を通り過ぎた泉が目線で俺達が探している者を見つけてくれる。
「助かった」
泉に一言だけお礼を伝え、ここからは俺と寺垣の番だ。目標に近づいた所で寺垣が一度大きく深呼吸をし意気込みを見せる。
「よし行くぞ」
「うん!」
両手でガッツポーズを取った寺垣は明るい笑顔を向けて、シートの上に座っている二十代後半であろう女性に近付いて来る。
「あのすみません」
「は、はい。どうしました?」
突然話しかけられた女性は少し不信感をあからさまに出しながら寺垣を見るが、気にした素振りを見せない寺垣はそのまま話しかける。
「あそこの子ってそちらさんの娘さんですか?」
寺垣はすぐ傍の砂浜で遊んでいる向江と同じくらいの歳の子を見て呟く。
「そ、そうですけど」
「あの、今から私は旦那と一緒に海に泳ぎに行きたいんですけど、その間娘を一緒にあの子と遊ばせることって出来ませんかね?」
寺垣が向江を見ながら呟くと、向江は一歩前に出てお辞儀する。
「向江美優です。八歳です」
向江が挨拶すると、女性の不振そうな素振りが消えて、向江に対し笑顔になる。
「可愛い子ですね」
「はい。私達の自慢です。そうだよね?」
「…まあな」
突然話を振られて少し戸惑ってしまうが、何とか言えた。もしも俺に振るなら言っておいて欲しい。
「それで遊ばせてもらっても良いですか?」
「ええ、良いですよ」
「ありがとうございます!それでは、少ししたら戻ると思うので」
女性に俺と寺垣はお辞儀して海に潜りに行った所で道を変えて、少し離れた場所で向江を見守る。
「……上手くいくと思う?」
「いや、その前になんで急に話振って来たんだよ。ビビったんだけど」
「だって一言も話さなかったら不振じゃない?」
「まあ、そうかもしれんが」
確かにお願いする立場の俺がずっとだんまりを決め込んでいたら折角安心していた女性がまた不審がるかもしれない。
「それでうまくいくと思う?」
「だから、この作戦は運だからな。運が良ければ後は向江次第だろ」
「確かにそうだね。後は向江ちゃんを見守ろ」
「だな」
これから俺達が出来るのは見守ることだけ。向江が砂浜にいる同い年の子に話しかけて、一緒に砂浜で遊んでいる場面を見受けられながら、今回の作戦の復習をしておこう。
今回俺が考えた作戦は学校で友達が作れないのであれば、違う場所で作れば良い作戦であった。
俺達がいるのは海、そして漢城が居た事でこの海には東京に住んでいる人間だって利用する場所だ。そして、向江は東京に住んでいるらしい。ならば、東京からここに来ているかもしれない人へ、俺が向江の父親、寺垣が母親役で話しかけて向江が同い年であろう子供と遊ぶきっかけを作る。もしも東京の人ならば向江が家に戻っても遠くなければ遊ぶことだって出来る。もしかしたら、そこから更に友達が増えるかもしれない。
だからこそ、ビーチで遊んでいる人を泉、南澤、妹、何故かここに残ると決めていた漢城に探してもらい、俺と寺垣で話しかけるという作戦。
しかしながら、今回の作戦には重要な欠点が一つある。
それは、誰しもが東京から来ているとは限らない。違う方面の人から来ている人間だっている筈だ。今日一日探すかもしれないが、見つかる可能性があるとは限らない。だからこそ、嫌なのだ。
もしかしたらという言葉に賭けるのは俺としては本当に不本意だが仕方ない。後は、向江が一緒に遊んでいる人間と仲良くなり東京ならばそれでいい。そこからは何とかなる。
だが、ここで問題なのは今回の作戦は時間が掛かり過ぎる。
今までとは違い時間も関係して来る。もしも、東京の人ではなくても早く戻り過ぎても不振に思われるかもしれない。
だからこそ、俺と寺垣が戻るのは三十分から一時間程度で戻る手筈なのだが、それを繰り返せば、泉たちが見つけて話しかけていれば、手間が大分掛かってしまう。
「向江ちゃんってあんな風に笑うんだね」
考え事をしていると、寺垣が向江の方を見ていたので俺も見てみると向江は同い年ぐらいの少女と一緒に砂浜で笑いながら遊んでいた。
「そりゃあ笑うだろうな。今まで笑う機会が無かっただけだろ」
「…なんであんな小さな子が悲しい思いをしなくちゃならないんだろうね」
「俺には分からん。だけどそんな事にならないように今俺達がこうやって依頼を引き受けてるんだろ?」
「そうだね。何とか向江ちゃんが色んな人と仲良く出来たら良いけど」
寺垣は本当に心配そうに向江の方を向いて悲しそうな表情で呟く。こいつは以前から思っていたのだが善人なのだろう。誰かが苦しむところを見たくない。こんな人がいるとは中々に思えないが、本当に居るとなるとこれはこれで驚きである。
小野に寺垣の爪の垢を煎じて飲ましてやりたい。
だが、寺垣が言いたいことも分かる気がする。本当に、今目の前の光景だけ見れば向江はとても楽しそうに話をしている。本当に誰かと話すのは好きなのだろう。これだけ見れば本当に可愛く元気のある小学三年生の様に見える。学校で無視されているようには到底見えない。だからこそ、これがこれからもずっと続けば良いのにと思わないと言えば嘘になる。
しかし、私情を挟むんでずっと向江を遊ばせているわけには行かない。俺達の目標は東京に住んでいる向江と同い年位の子供だ。それがこの二日間以内に見つからなければどうしようもない。
他の案を一応考えておかないといけないのだが、今の所これ以上に運任せではなく確実に向江が友達と話す案が思い付かないのだ。
「ねえ、そろそろだよね?」
「あ、ああ。そうだな」
寺垣に言われビーチに立っている時計を見れば、ざっと三十分ぐらいは経っている。これ以上時間を食えば、次に支障をきたす。
俺と寺垣は早速行動に移し、先程話した女性の元へ戻る。
「あれ?もう良いんですか?」
「アハハ。どうしても子供が気になって遊びに手が付けられなくて」
嘘と分かっているのに嘘とは聞こえない。流石寺垣だな。
俺が今回寺垣を選んだ理由はここにある。泉、漢城、妹はまあ性格的にも体格的にも何処か大人?と言えば胡散臭く感じる。その点南澤は条件に一致しているのだが、南澤は嘘を吐くのが得意のようには見えない。だからこそ寺垣を選んだのだが、やはりここは正しかったな。
「分かります。私も子供から目が離せませんから。美優ちゃんお父さんとお母さんが迎えに来たよ」
女性が向江を呼べば、向江がこちらをもう終わりかと言わんばかりに悲しい目で見てくるが、こればっかりは仕方ない。
「戻るぞ」
「……うん」
少し遅れた感じで向江が頷いてこちらに来る。
「お騒がせしてすみません」
「とんでもないです。家の娘も楽しそうで良かったので、またここに来るようでしたら遊んでください」
「その時は是非」
「美優ちゃんバイバイ」
「バイバイ」
一緒に遊んでいた子が向江に手を振れば、向江も名残惜しそうに手を振って三人で離れる。
「……それであの子は東京じゃなかったのか?」
「うん。違うみたい」
「だったら次に行くしかないな」
「……もっと遊んでいたかった」
向江は少しは俺や寺垣に気を許したのか、自分の意見を伝えてくる。これは良い事なのだろう。だが、伝えたいことを言えば叶うわけではない。
「確かにお前はそうかもしれない。だけど、今日お前があの子と一日中遊ぶとする。だけど、ずっと遊べるわけじゃないんだぞ?お前は帰ってからも遊びたいんじゃないのか?」
「そうだけど」
向江はそっぽを向きながら答える。自分でも意見が間違っているのは分かっているのかもしれない。我が儘だという事も理解しているのかもしれない。だけど、三年生になり、ずっと友達と誰とも話すことが出来なかった向江が話すことが出来た。それは嬉しい事なのだろう。だけど、今日だけでは向江は報われない。これからも楽しい人生を送って欲しいと強く願う。
「向江ちゃん楽しかった?」
寺垣が子ども扱いするように屈むのではなく、真っすぐ上から向江を見つめながら話す。
「うん。楽しかった」
「だったらこれからもずっと楽しくいたいよね?」
「うん」
「その為にこれから私達が何とかしようと思ってるから、もう少しだけ我慢しない?」
「……分かった」
今度は渋って頷くわけも無く、納得した表情で向江は頷いた。流石コミュ力の神様。向江が不満げに納得するわけでもなく、嫌われるようなことをする訳でもなく、相手に納得させる形で終えることが出来るとか俺には絶対に無理な芸当だ。
「いましたよ!」
駆けつけてきたのは漢城で、どの辺にいるのかを教えて貰ったので寺垣と一緒に行動を開始する。
そこからは最早作業であった。
寺垣が相手に心を許すようなコミュ力を無自覚で発揮し、向江が話す。それを何ども繰り返し、繰り返し行っていくが運が無いというべきか、それとも当たり前の事なのか、東京で向江と同い年ぐらいの子は昼まで五回機会があったが、どれも駄目で今は金松さんの海の家で昼食を部活メンバーに漢城、向江を交えて取っていた。
……どうするべきか。今からでも作戦を変更するべきか、それとも続行すべきか迷い所だが、良い案があるわけでもない。
「悩んでる吉条君も中々新鮮です」
目の前でこの暑い中カレーを食べている漢城がこちらを見ながら呟く。多分、悩んでいるのが顔に出ていたのかもしれない。
「仕方ないだろ。元々もっと良い案を思い付く予定だったんだ。だが、暑さかただ俺が馬鹿なのか一切思いつかない」
「まあ、ここは東京民も結構来る場所と思いますから何度も挑戦したらいつか来るんじゃないんです?」
「それを願ってるんだがな。ここにいるのは今日と明日だ。時間は限られてる」
「……ごめんなさい」
俺の隣で食事を取っている向江が突然謝る。
「何で謝るんだ?」
「だって皆今日遊ぶはずだったんでしょ?なのに、美優のせいで時間が無くなってる」
成る程。確かに今日は遊んでいいという予定だった。すっかり忘れていた。
「なあ、俺達海で何して遊ぶんだ?海に入るのか?」
「さあ?私はもう既に遊んだので満足です」
「私ももうバイトで疲れたから遊ぶ余裕はないね」
「私は適当に遊んでるから全然大丈夫よ!」
「私は今回料理が皆に振舞われて、それを美味しそうに食べているのを見て満足しました」
「私ももう萩先生と向江ちゃんと遊べてるから満足だね」
全員が俺の言葉の意図に気付いたのか、さり気なく向江をフォローするように言ってくれる。
「だとさ。ついでに言っておくと、俺は海が嫌いだからやる事は特にない。これでも、お前が責任を感じることがあるのか?」
「皆ありがとう」
向江が皆に笑顔を向ければ、全員が食事を急いで搔き込む。
「よし、もっとやりますか!」
「そうだね!」
南澤が意気込み、寺垣が立ち上がる。
「皆お前の事が好きでやってるんだ。気にすることはない」
「うん」
向江も食事を搔き込んで立ち上がり、準備万端。
泉も妹も漢城も何時の間に食べてたのか立ち上がっている。
「俺今食ってるからまだ無理だぞ?」
「「やる気を返せ!!」」
南澤、寺垣に詰め寄られながら、自分のペースで食事を取る。
今の所これ以上の作戦を思い付いていない。だが、今ならば別に大丈夫なのではないかと何故か、確証も無いのに思ってしまった。
……それに金松さんにお願いを聞いてもらったのに、使わなかったら俺が殺される可能性がある。
マジで頑張ろう。




