どうした?
「どうだ?捗ってるか?」
階段を昇りながら泉に声を掛けると、何故か自室から大きなドタドタと言った音が聞こえる。
「何だ?」
自室をのぞき込めば、泉が服で転げている光景が見受けられた。
「な、何でもないです!ちょっと転んじゃって」
「まあ、足の踏み場が無いから仕方ないと言えば仕方ないんだが、なんでそんな息切れてんだ?」
「え、そうですか?別に全然そんなことないですけど?」
こいつは俺の部屋で何をしていたのだろうか。泉から凄い冷や汗が流れている気がするが、俺の間違いだろうか。
「ん?何で服持ってんだ?」
「べ、別に持ってる訳じゃなくて!そ、そう!今から畳もうと思っていた所なんです!だから下で待っててください!」
「いや、流石に泉一人に任せるのもあれだから手伝おうと思ってな」
「…それは、確かにそうかもしれないですね。何処に片付けるのとか全く分かりませんし」
「そう思ってきたんだよ。確かに汚いかもしれないから手伝って貰ってもいいか?」
「私がしたいんですから、気にしないでください。私が服を片付けるので、先輩は本を片付けてください」
「分かった」
泉の指示通り、俺が本を纏めて本棚に綺麗に直し、泉が手際よく服を畳みながら作業を始める。
本を片付ける際にも、服が綺麗に纏められているのを見れば、やはり家事全般はこなせるというのが伺える。
「やっぱりお前って手際良いって……何してんの?」
泉を褒めようと思い、背後を振り返れば何故か俺の服を顔に近付けている泉を発見してしまった。
「いいいいいいい、いや、これは先輩の服がきちんと洗濯しているのかを確認しようと思いまして!」
凄い慌てながら言われるが、別にそこまで慌てる必要があるのか?
「そこら辺の服は全部洗濯し終えたのを置きっぱなしにしてるだけだから大丈夫だぞ?」
「そ、そうなんですか!念のために確認しただけで、別に何でもないですから!」
「いや、分かってるけど何でお前そんなに必死なの?」
「全然必死じゃありません!」
泉が何故慌てているのかは良く分からないが、別に気にする必要も無いだろう。
「……私がにおいフェチだったなんて」
「何か言ったか?」
「何も言ってません!黙って作業を進めてください!」
「そりゃあすみませんね」
喋らないで作業するのは中々に気恥ずかしい気持ちになると思い話しかけようと思ったのだが、どうやら泉は静かに作業をしたいようなので、俺も黙って本を集めて本棚に収納していくのだが、
「……あの、黙ってやるのは少し恥ずかしいので何か喋ってくれません?」
「俺にどうしろと!?」
意味が分からないやり取りを繰り返しながら、見事に綺麗に部屋が片付く。約二時間にかけて作業が完了したのだが、以前とは見間違える程に綺麗になっており、少し達成感が湧く。
「こうしてみるとスッキリしましたね」
泉が少し汗を掻いたのか頬を腕で拭いながらやり遂げたと言わんばかりに笑顔で呟きながら片付いた床にべたりと倒れ込む。
俺も自分のベットに座りながら泉と対面する。
「またお前に貸しが出来たな」
「今回のは別に良いですよ。私がしたくてしたことですし。……ただ、ずっと聞こうと思ってたんですが、あの時どうしてあの人と会ったんですか?」
泉が言っているのは、宇治と突然会いたいと言ったことだろう。あの時は急いでいた為理由は話していないし、今となっては話せない。
「少し用事があってな」
「その用事を聞いてるんですけど?」
「悪いがそれは話せないんだ。協力してもらって本当に悪いと思ってるんだが、話せない」
「なら、別に良いですけどね」
「は?」
意外にあっさりと引き下がった泉に対し、声が漏れてしまう。もっとぐいぐいと聞いてくると思ったのだが、どうやら違うらしい。
「何で驚いているんですか?」
「いや、そんなに簡単に引き下がるとは思ってなかったからな」
「もっと根掘り葉掘り聞いて欲しかったんですか?」
「いや、聞いて欲しくはないが意外だと思ってな」
泉はこちらへと人差し指を立たせながら話しかけてくる。
「広先輩が言えないって事はそれ相応の理由がありそうですし、協力した私にも言えないということは何かあるんだろうなって思いました。広先輩は嘘を吐く様な人間でもないですし、喋れないならそこまで詳しく聞きませんよ」
笑顔で呟く泉を見て、思わず自分の思考が止まってしまった。
……俺は今この笑顔に見惚れてしまっていたのかもしれない。
「……どうしました?」
「何でもない。だが、そこまでお前が俺を信用しているとは思ってなかったからな」
「私は信用してますよ。…よっと、それじゃあ愛奈ちゃんと話したいですし、下に降りましょう」
座っていた腰を上げながら、泉は下へと降りていく中、俺はベットに背中から倒れ込む。
――――信用、信頼。
それは俺が今まで培ってきたことがない代物だった。今まで散々な事をしてきて、恨みは買おうとも信頼を手に入れたことは無い。だが、この部活に入り、俺は信頼を得ようとしているのかもしれない。
だが、だからこそ俺はその信頼が怖くなりそうだ。黒柿に至っても俺の事を兄貴と呼び、慕っているのかもしれない。
伊瀬に至っては助けてくれた俺に感謝さえもしてきた。
―――――恐怖。
俺の心中に渦巻くのはその一点だ。
もしも、俺の中学校時代の出来事を俺に感謝している人間が、信頼していた人間が知ってしまったらどうなるのだろうか。
今は俺を信用しているのかもしれない。感謝しているのかもしれない。
だが、掌返しに俺の事を避け、拒絶し、目の前から消え去っていく可能性が無いとは言い切れないほどの事を俺はした。
――――だから一つだけ俺は願う。
信頼も感謝も何も知らない状況で言われれば、今は恐怖でしかない。
だからこそ、誰にも何もバレずに、悟られず、ただひたすらに願う。
――――平穏な生活が送れることを。




