何をするの?
……空気が重い。何かが起きている訳ではない。だが思ってしまう。重力が二倍に膨れ上がったのでないかと錯覚してしまう。
「……吉条君。空気が重い気がしないです?」
隣に座っている漢城が俺にだけ聞こえる声で訪ねる。
「初めてお前に共感するかもしれんが、俺も今思っていた所だ」
なんせ、ここには元カレ、元カノ、更には浮気相手が三人揃っている。
修羅場かよと思ってしまうが、そう思ってしまうのは俺と漢城だけの様で、他の皆は三年生の話を聞いている。
しかしながら小野が来てから春義先輩は少し居心地が悪そうにしているように見える。
俺も居心地が悪いし、小野が何かをしでかさないかでハラハラする。
だが、俺と漢城がこんな気持ちを抱いていても、小野自身にはこれっぽちも二人に対して何も抱いていないのだろう。
吉木に関しては分からないが、プライドの高い小野が吉木に対して何かをするということはないだろう。
それに、俺も人の事を気にしている場合ではなかった。
「おい漢城。体育祭実行委員って何をするんだ?」
一番気になっている事を漢城に尋ねる。
「もしかして、そんな事も知らないで実行委員になろうと思ったんです?」
「残念ながら強制的にやらされて、これが初めてなんだよ」
俺だってもしも事前にやるって分かっているなら調べようがあったかもしれないが、教会議が開かれるとなれば流石に無理がある。
「それでは私が教えます!体育祭実行委員とは体育祭で行われる種目決め、スローガン作成、議事録を纏めたり、準備、後片付けなどをするなど、他にもさまざまありますが、これが主な仕事です!……あれ?吉条君?」
この馬鹿は一体何をしているのだろうか。確かに俺は教えて欲しいとは言った。確かに言った。そこに間違いはない。だが、何故あんなにも高らかに自慢げに呟くんだ?おかげさまで目立ってしまっているので、知らない人のふりをする。
「あ、あの漢城さん?分からない人に教えてあげるのは嬉しいんだけど、後でもいいかな?」
「え、え!?あ、すみませんです」
俺の方と三年の仕切っている人とで視線を彷徨わせがら、戸惑った様子を取った漢城は慌てながらも顔を真っ赤にしながら謝罪する。
「……教えてくれてありがとな」
「……それはさっき言って欲しかった言葉ですけどね!」
座った漢城にこっそりとお礼だけ伝える。未だ恥ずかしいのか顔を赤くしながら小声で俺に怒鳴る。
確かに、聞いた俺も悪いんだが、まさかこいつがここまで馬鹿だとは思わなかった。もしかして、南澤に匹敵するのではないかと思わずにはいられない。
「――――それじゃあ、これから実行委員長を決めたいと思うんですけど誰か立候補する人はいませんか?」
俺と漢城が言い争っている間にも話しは進んでいたようで、三年の人が周りを見ながら呟くが、全員視線を外して彼女からお願いされるのを避けようとするのは見て取って分かる。
まあ確かにあまりやりたいとは思わないよな。万が一失敗などが起これば責任問題としてこれからの学校生活をも顧みなければならない。
社会勉強となるということで他の皆は実行委員には入ったのかもしれない。だが、委員長になって責任までは問われたくないのだろう。
……ん?今三年の先程から仕切っている人と目が合った気がする。
「やらない?」
あれ?これ俺に言われてるのか?いや、違いますね。
「おい漢城。言われてるぞ」
「さり気なく責任を私に押し付けないでくれます!?どうみても吉条君でしょう!?」
やっぱり俺なのか?だが、こういう時こそ部活の時の復習を活かす。
「俺はこの実行委員自体初めてですし、何をするのかはまだあんまり分かっていません。実行委員長をするなら、ある程度知っている人間が良いと思いますよ。俺がやっても進行が遅れるだけですしね」
「分かった。確かにそうだね」
三年の人も納得した様子を浮かべる。
曖昧に否定するではなく、バッサリと断るわけでもなく、遠まわしに自分は無理だと提示しながらも新しい意見を述べる。我ながら完璧だと思ってしまった。
「だけど、実行委員長のことなら私が少しでも教えられます」
「漢城、頼むから黙ってろ」
余計なことを口走る漢城の口を慌てて手で抑える。
何とか三年の人も漢城の言葉には気付いていないようで他の人を探している。
「お前は至らないことを口走るな」
「いや、それぐらいなら出来るなと思ったので言ったんですけど、駄目です?」
「駄目だ。俺はやる気が無いからな」
「本当に清々しいわね」
南澤が隣から小言を呟くが、聞こえていないフリだ。
「えーと、やりたい人いませんか?なるべくなら経験者でもいいですし、違う人でもいいですから」
「内田さんは無理なのかい?」
春義先輩が気になった様子で周りの様子を見ながら、三年の仕切っている内田と言う人に尋ねる。
「私は一年生とか、他の初めて来た人とかのサポートとかしなくちゃならないから、私は無理なんだよ」
この人が実行委員長で良いのではないかと俺も思ったが、無理な話だったようだ。確かに、俺や一年生はあまり高校の体育祭実行委員がどんな仕組みなのか分かっていない人の方が多いだろう。それらのサポーターの人物がいなければ、それこそ仕事の効率は悪くなるだろう。
「はーい。じゃあ小野ちゃんが良いと私は思うわ」
誰にするか決めかねていると、吉木が挙手をし、小野を見つめながら呟く。手を挙げる者がいないのであれば、推薦と言う形をとるのは当たり前だ。それは確かに間違いない。だが、この場面では少し不自然に思えてしまった。
吉木に言われ、一斉に全員の目が小野へと注目する。
この場面で流石に自分に話が振られると思っていなかった小野は少し困った様子を浮かべ、
「私はちょっと無理ですよ。そんなの柄じゃないですし、私より吉木先輩の方が向いていると思いますよ」
小野はお返しと言わんばかりに吉木先輩を推薦する。
この場合、どちらが向いているのかと聞かれれば、自分の見解で言わせて貰えば小野だろう。
吉木は確かに誰とでも話せる小野や寺垣並みのコミュニケーション能力がある。だが、それだけでは委員長は務まらないと俺は思う。全体の進行状況の把握、先を見据えての指示なども考えなければならない。その点を考えれば、俺もまた自分の事ばかり考えているので、無理な話だ。
だが、小野は俺が言うのも少し癪だが全てをこなせる完璧な人間だ。だからこそ向いていると思うが、本人は責任を感じてしまう委員長の座につこうと考えてはいないだろう。
まあ、小野の場合、委員長になったら全体を支配してしまうような形になるんだろうな。
思わず小野が本性を現した姿で委員会を仕切っている姿を想像すると思わず自分でも頬が引きつっているのが分かった。
「お疲れ、何処まで進んでる?」
吉木と小野が互いに牽制していると、会議室の扉が開き、萩先生が現れる。
何故ここに悪魔が来るんだ?
「あ、萩先生。今実行委員長を決めている最中で」
「まだ委員長すら決まってないのか?他にも係を決めなくちゃならないのに、決まっていないとは……吉条、お前やらないか?」
本当にこの人は俺にとって悪魔ではなかろうか。
「やらない」
「やりませんだ!」
自分でも無意識的にタメ語を使ってしまい、萩先生に軽く拳骨を食らわせられる。
「考えてもみてくださいよ。俺が全体を指揮して沢山の人と話すとか無理に決まってるでしょ?」
「ふむ。確かにその通りだな」
自分で言っておいてなんだが、納得されるのはされるで悲しい部分がある。
「ならば、推薦と言う形でも良いが、三年の中で誰かやらないか?今回のこの仕事は必ずと言っていいほど将来に役立つと思うぞ?」
ナイスだ萩先生。こういう時、はっきりと道を提示し仕切ってくれる人物がいるのは話が進んで助かる。
「私は吉木先輩が良いと思いますよ。コミュニケーション能力がありますし、人気ですから」
ここに来て、小野は萩先生の話の流れに合わせ、真っ先に吉木を推薦する。こうなれば、萩先生も自ずと視線が吉木へと向かう。
「そうだな、吉木。やらないか?」
「えーうち?絶対に無理だって。他にいるでしょ?」
「だが、こういった経験が後々役に立つかもしれないぞ?」
「吉木先輩なら出来ますよ」
萩先生の言葉に更に小野の追い打ち。どうやら、小野もまた吉木に推薦されて少し困らされたのを根に持っているのかもしれない。いや、確実に根に持ってるな。
ここまでくれば、外側から少しずつ逃げ道がなくなってくる。周囲もまた吉木が委員長で良いから早く話を進めたいという気持ちになるだろう。
こうなってしまえば、吉木もまた逃げ道が無くなってくる。
「なら俺も副委員長で手助けするから」
ここで、吉木へと手を差し伸ばすように春義もまた吉木を推す。
「うーん。じゃあうちでも出来るなら良いよ!」
春義が副委員長となって助けてくれるのなら吉木もまた本望なのだろう。あっさりと了承する。
初めに俺にやらないかと持ち掛けたのは頂けないが、ナイスだ萩先生。
「そうだな、なら後は吉木と春義が先導して仕切って他の係もとっとと決めてくれ」
「おけおけ!」
吉木が立ち上がり全体が見渡せる場所へと移り、春義もまた立ち上がって彼女に手助けする為に隣に行く。
「……私、空気が悪すぎて胃がねじ切れそうです」
漢城がお腹を抑えながら呟く。
確かに、今の光景を傍から見れば普通に吉木が小野を推薦していただけに見える。だが、事情を知っている俺と漢城からすれば、それだけではない様な気がしてならない。
「俺も胃がねじ切れそうで帰りたいよ」
これから嫌な予感しかしなかった。




