漢城伊里
「さてと、まずは何処から話したら良いでしょうかね?」
「全部話して欲しいが、その前に目的はなんだ?」
「ふむ。意外と用心深い性格なんですね。警戒していますが、単純に興味本位ですので目的はありません。お約束しても良いですよ。私は嘘は吐きません」
新聞部なので話す代わりに新聞に書かせろと脅されるかと思ったが違うらしい。
しかし、まだ腑に落ちない点はある。
「聞きたいんだが噂が何かお前は知っているのか?」
まずは事実確認だ。
鎌をかけられただけで、実は何も知りませんでしたでは話にならない。
「――――伊瀬茜さんの噂に関して」
……合っている。
何故、漢城が知っているんだ?
「どうして、知っていると言った顔ですが、貴方は一つミスを犯しました。用心深い性格をしているようですけど、情報が気になり、後先を考えていなかった。教室の外で誰かが聞いているとは思わなかったんですか?」
漢城は密かに俺や黒柿たちの会話を教室の外から盗み聞きをしていたのは想像でき、少しは理解できたが、全てが理解出来たわけではない。
「漢城が教室の外で聞いていたとする。だが、俺達は噂としか言ってなかった筈だ。なのに、なんで伊瀬だと分かった?」
「その点に関しては昨日の内に考えさせてもらいました。本当なら昨日、貴方達の部活に取材をしに行こうと思っていましたが、貴方たちのお話がどうやら取材に行くより面白いと私の勘が告げまして、独力で頑張って調査した結果、伊瀬茜さんに関しての噂が学校中に広まっていると思えば、黒柿涼君が教室の朝礼で全員の前で自白し謝罪までは、簡単に調査することが出来ました。だけど、その先が結構大変で、黒柿君と貴方の接点が見つからず適当に大勢の人に取材を行っている最中に、一昨日の昼に、黒柿君が貴方を兄貴と呼び、何やら尊敬しているというのを同じクラスの人から聞きました。今の話から結び付けられるのは、伊瀬茜さんは貴方が所属する『お悩み相談部』に何かしらの方法で解決してもらい、犯人であった黒柿君も反省した。疲れたので、説明はこれぐらいで良いですか?」
「ああ。もう十分だ」
少し分かった事がある。
自分で喋る言葉ではないが、俺と漢城は少し似ている気がする。
初めに俺と言う人物と話し、人間観察を行い情報を手に入れて、話しかけてくる。
何処か似ていると根拠も何もないが、感じてしまった。
「それで、私が聞きたいのはこの先の情報です。黒柿君が関与している、昨日の話を聞いて最近の噂と言えば伊瀬茜さんの噂でしょうから、そこは理解出来ました。しかし、どうして終わった筈の噂をまだ探ろうとしているのか?私もなにか候補に入ってましたけど」
ここまで、知っているのなら他言無用と言う訳にもいかないだろう。
逆に無言を貫き通した場合に伊瀬の噂、黒柿の謝罪も沢山の人に聞いて記事に書く可能性も捨てきれないのだから。
「誰にも言わないと言えるのか?」
「私、口が堅いで結構有名ですよ。結構色んな人に相談される程の信用はありますので」
口が本当に堅いのかは別として、漢城は犯人ではない。
犯人ならここまであからさまに話すようなことはしない。
「……俺は伊瀬の噂を流したのは黒柿だけではないと思っている。教室内には黒柿が流したが、学校中となるとまた別の人だと考えたんだ。それで、色んな人に話を聞いてたんだ」
「……成る程。だから、新聞部で誰とでも話す私が候補に挙がったというわけですね?」
「ああ、そういうことだ」
「…私が言える事じゃ無いと思うんですけど、ぶっちゃけ言って良かったんですか?」
「お前が犯人で教室で聞いてるなら、わざわざ噂を流した張本人を探している俺に馬鹿正直に話すような真似はしないだろ。普通ならバレない様に仕組む。だが、昨日か今日聞いて噂を流した証拠を消すことも出来ないから、身をひそめるのが得策なのに尋ねて来るのはおかしいだろ」
「ほほう。教室で黒柿君が言っていた通り、実は凄い人間だと。心にメモしておきます」
「しなくていい」
こいつは本当に分かりずらい。
俺が本に夢中で他の事を蔑ろにするほどの読書の欲求に忠実な人間だとして、漢城もまた同じ人間だ。
自分が知りたいことの為にここまでして考えて、聞き出そうとする知識欲求の塊の人間だ。
殆どの人間は他人の目を伺い、自分本位に生きている人間が本当に俺の天敵だとも言える。
「では、学校中に伊瀬さんの噂を流した犯人候補は小野美佐子さん、私と言うことですか?」
「お前は外れて、小野はまだ分からん。これで、伊瀬と小野の関りが無ければ、また一から考えないといけない」
「ふむふむ。なら、私も協力しましょう」
「話を聞いた時からそんな予感はしていたが、良いのか?」
「私は何でも知りたい質なんです。だから、知りたいのです」
「だけど、新聞には絶対に書くなよ?」
この点は釘を刺しておかなければならない。
完璧に依頼を達成するために努力したのを記事一つで台無しにされるのは勘弁だ。
「礼儀は弁えているので安心してください。私的に貴方の事を新聞にしてみたい自分もいますけどね」
「――――――そんなことしてみろ。覚悟だけはしておけよ」
自分でも無意識の内に怒気が混じった声が出てしまった。
「フフ。私、噂よりも貴方に興味を持ったかもしれません」
漢城は怖気づくところか、逆に気に入られたのか悪戯っ子の様な笑みを浮かべている。
……こいつは本当に大丈夫なのだろうか。
記事を取り扱っているので情報収集や大勢の人と関りを持つ強力な助っ人であると同時に自分でも把握出来ない未知の人間である小説で例えるのなら諸刃の剣と呼ぶに相応しい奴だ。
「…協力してもらうのは素直に感謝して取り敢えず漢城の見立てで小野以外に噂を流せそうな人物はいないか?」
漢城に協力するにあたって助言かアドバイス程度の物は欲しい。
大勢の人とコミュニケーションを取る漢城なら分かると踏んだが、腕を組んで難しい表情が滲み出ていた。
「……そうですね。私は聞く立場で、流すとなればまた違いますからね。ただ、犯人で言えば、小野さんはあんまり無いと思いますし、黒柿君はどうなんですか?」
断片的な情報だけで言えば黒柿が入るのだが、依頼の関係もあり違うと断言できる。
「あいつは違うと確証があるから良いんだよ」
「ほほう。そこらへん詳しく聞きたいですけど、教えてくれそうにないですね」
「そうだな。依頼に関する情報は教えたら駄目だ。他の人物を出して欲しいんだが」
『お悩み相談部』に強制的に参加しルールを守る必要は無いかもしれないが、決まりごとは守る主義なので何があろうと話さないと決めている。
…しかし、全くと言っていいほど情報が無い。
候補が一人減り一歩前に戻った形だ。
「……ハア。やっぱりお口だけは堅いですね。依頼に関することは聞きませんので教室から出て歩きませんか?」
「何故だ?無駄な労力は嫌なんだが」
「無駄じゃないですよ。こうやって話している間にも良い情報が蠢いてるかもしれません。まずは歩きましょう。その時に、貴方が探している人の情報かもしれないのを一つ教えてあげます」
今少し聞き捨てならないことをさらりとこいつは言った気がするぞ。
「お前は噂を流した人間の情報を知ってるのか?」
「そうではないです。ただ、絞る為の情報と言えば簡単ですよ」
確かに現在進行形で手掛かりが全くないことに困っていたのだが、こいつは本当に清水同様に、人の心が読めるエスパーなのではないだろうか。
だが、エスパーであろうと一つでも手掛かりがあった方が良い。
機嫌を損ねてやっぱり言わない!なんて言われた日には清水に報告が出来ない。
凍り付かせる視線で睨まれ、土下座を行うかもしれないのだ。
歩きたくはないが、今は漢城が情報を握っていると信じて命令通りにするしか道はない。
二人で席を立ち、適当に廊下を歩いて回る。
「……話す前に一つ言っておくが、二人で歩いている所を見られて変な噂でも流れても知らんからな」
「アハハハ。私と貴方では顔では、万が一にも間違われませんよ」
……遠まわしに俺の顔が駄目だと言っていると思ったのは自意識過剰だろうか?
いや、絶対正しいよな。
反論したいが漢城の顔は普通に可愛いので何とも言い難い。
「自分で言っては何ですがこれでも告白されますし、清水さんや小野さんには負けますが、顔は中の上ぐらいだと自負してますし」
「ふーん。お前は付き合ったりしないのか?部活の奴らはピンとこないとか言って今まで付き合ってないとか言ってたが、さっき、お前が喋った通りなら、付き合うのもまた、知らないことが発見出来るからって付き合いそうだけどな」
「私も、少しは礼儀は弁えてます。流石にそんなことはしませんよ。まあ、一度も付き合ったことはありませんけど」
漢城もまた、南澤達と同じように一度も付き合ったことはないらしい。
数こそは計り知れないが相当な人数にモテるんだから、一度や二度は付き合ってもおかしくないと思えるがな。
「私だって恋の一度や二度はしてみたいと思いますけど、私に告白して来る人って上っ面しか見てないんですよ。顔だけで判断してるから、私の何処が好きなんですか?って聞いてもありきたりな答えしか返ってこないですから、つまんないんですよ」
「モテる奴の苦労だな。俺には一生分からない」
「分からなくても良いと思いますけどね。モテるから最高!と言うのは女たらしか、男たらしが想う人間の感情だと思いますよ」
「俺はモテないから分からないままだけどな。ただ、適当に話しているが、早くお前が持ってる情報を教えてくれ」
途中から話が逸れ始めたので軌道修正する。
俺の言葉が気に食わないのか漢城はわざとらしく頬を膨らませ、
「そこは、可愛い女の子と歩けてるからもう少し楽しもうとか思わないんですか?もしかして女に興味がないとか?」
「残念ながらあっち系の趣味は無い。ただ、こっちも八方塞がりで困ってるんだ。出来るだけ早く情報は欲しい」
何もなしの状態から噂を流した犯人を見つけるのだから、情報が多いのもまたおかしい話だが、流石に手掛かりが一つは欲しい。
噂は本当に色んな所に張り巡らされているので誰から聞いた?などと永遠と聞き込みをするのも一つだが、なるべく効率的に達成したい。
…万が一の場合は南澤たちにも情報提供して手伝ってもらうしかないかもな。
情報が詳しく分からない場合を熟考すると、隣からクスクスと笑い声が聞こえてきた。
「フフ。今の発言で私が可愛いことを否定しないのは男として良いですね。やはり、モテるのでは?」
「…ハア。お前、さっき自分でも言ってただろうが。別に可愛くないとは思ってない。いいから早く教えろ」
「フフフ。そちらも負けじと可愛いお方ですね。まあ、それはさておき、流石に言わないと怒らせそうなので発表しちゃいます。私が貴方の話を聞いた限りでは、何処か有名人に固執しているのでは?」
有名人に固執していると言われれば頷くほか無いのだが、学校中に噂を流せるとすれば有名人以外の方法が存在するのか?
「なんだ?」
「それは、ズバリ!――――縦の繋がりです!」
犯人は貴方ですと言わんばかりに人差し指を突きつけながら伝えられるが、犯人ではない。
冗談はさておき、漢城の言いたいことがいまいち分からない。
「すまんが、意味が分からん」
「何ですと!?これでも分からないんですか!?」
「さっぱり分からん」
「折角カッコよく言ったのに、私馬鹿みたいじゃないですか」
がくりと首を落とす漢城だが、何を落ち込む必要があるのか。
「安心しろ。割と初めから馬鹿っぽいと思ってた」
「辛辣なコメント!!私と貴方って今日が初対面ですよ!?」
「そんなのは知らん。取り敢えず、俺に分かるように言ってくれ」
起き上がったと思えば再び肩を落とす漢城なのだが、こいつは忙しない人間で将来リアクション芸人を目指せる素質があると見た。
「…ハア。普通に伝えれば――部活ですよ、部活なら、学年関係なく伝えられますよ」
…………………あ。
その手があった!!!!!!!!!
俺は馬鹿なのか!?
どうして、こんなことに簡単な答えに気付かないんだ!?
噂を流すなら有名な人間でないと無理だと断定したが、より簡単な方法として部活があったんだ。
……犯人を絞れる可能性が増え、光明が見えてきた。
今日も何もありませんでしたと清水に土下座を行って謝罪する必要は無さそうだ。
「あれ?もしかして、初めから気付いていた?」
考え事に夢中で漢城の言葉を無視したことに、首を傾げているが今の発言は大きな手掛かりとなる。
「……正直今までお前とここにいるの面倒だし、早く帰りたいと思ったが、重要かつ簡単なことに気付かせてくれてビビッてるし、感謝してる」
「褒めるなら前半の言葉はいらないと思うんですけど?」
漢城にツッコまれるが、今は置いておこう。
……凄いぞ!!
一気に頭の回転が速くなり広がっていく。
学校中に噂が広げられるのなら、小規模すぎる部活には無理だ。
……と、言いつつも小規模過ぎず大規模過ぎない部活でも広めることは可能……、
「漢城、頼みがあるんだが、一、二、三年生で計五人以上の部員がいる所を教えてくれないか?」
「それぐらいならお任せ!」
さあ、ここまでやってるんだ。
――――絶対に犯人を追い詰めてやる。




