吉条の特技
「心理的操作って何ですか?」
泉はどうやらその単語すら知らない。
まあ、普通は知らない人の方が多いのかもしれない。
「所謂、洗脳と言った方がいいのかもしれない」
「せ、洗脳って、吉条がそんな事してたの聞いてた私達でも全然気付かなかったんだけど?」
「それは、貴方達が作戦を知っている側の人物だからよ。もしも、今回の事件を自分が黒柿本人だと考えてみたら分かるわ」
「黒柿本人?」
寺垣も未だ理解があまり出来ていないのか首を傾げて疑問の声を上げる。
「吉条君が心理的操作を行う点は多々あった。まず最初にこの教室に入る前に、吉条君は背後のポケットにスマホを入れっぱなし、その時点から心理的操作は始まっていた」
「それって、最初の最初じゃないの!?」
「そうよ。最初の最初から彼は仕掛けていたのよ。よく考えてみて。黒柿は頭が回るわ。だからこそそれを利用したの。だって、本当に録音するだけなら前のポケットでいい筈だもの。ポケットに手を入れて話す人なんてざらにいるのだから。けど、敢えて後ろに入れるのは黒柿に気付かせるためよ」
「けど、それなら録音するって思うんじゃないの?」
寺垣が当然の疑問だが、それこそ俺の思惑だ。
自分で全て話してもいいのだが、清水が自ら率先して推理を披露してくれるのであれば、もう少しだけ聴いてみよう。
「録音と察せることが吉条君の狙いよ。もしも自分が黒柿だとして、後ろからスマホが見えたら吉条君は何をすると思う?」
「あ!ここでスマホを背後に入れるのは自分に気付かれないように録音するつもりなのだろうって察する!」
「そうなのよ。この部屋に入った時防音使用だから誰にも聞かれないからと言われたら、絶対に録音か動画だと思わない?」
「……思うかもしれないですね。確かにこの部屋は防音使用ですから、周り声は聴こえないですから」
泉もまた少しずつ察する事が出来たのか、音楽室を見渡しながら呟く。
「そこで、吉条君は二つの心理的操作を扱ったのよ」
「二つ?一つじゃないの?」
寺垣が反論するが、それは間違いであり清水の意見が正しい。
ここで、黒柿を操るための心理的操作として二つが可能だ。
「いいえ、二つよ。一つは録音だと察すること、もう一つは誰にも聞かれることは無いだろうって思わせることよ」
「あー、成る程。確かにスマホを使って録音するってことは誰も聞いてないって思うかもしれない。いや、思うわね。スマホが無かったら教室を見渡して、誰かいないことを確認する為に見るかもしれないけど、スマホを使うって初めから分かってたら相手の動きばかり見てしまうかもしれない」
「そうなのよ。それが、吉条君の狙いよ。音楽準備室の存在を知らせない為に、黒柿に対して自分に視線を向かせるように仕向けたの」
「その通りだ。流石だな清水」
確かに全て清水の言う通りだ。
「これだけならまだよかったのかもしれない。だけど、更に――――」
ここから続けば、清水の説明は長くなるので割合し、実際に行った俺が簡単に説明しよう。
清水の言った通り、スマホを敢えて後ろポケットに入れることで録音するぞというのを黒柿にアピールし、押すタイミングを見定める。
だが、黒柿の判断は間違っていない。
賢い人間であればある程、自分の考えは間違いでは無いと思い込んでしまう部分がある。
だが、その代わりに周りの視野が狭くなるので黒柿は音楽準備室の存在に最後まで気が付かなかった。
次なる心理的操作として、録音を悟らせ、自分が優位だと相手に思わせる。
自分の予想が当たり、相手の思惑を分かっていると思った黒柿に対し優越感に浸らせる。
今の部分だけは分かった人物もいるしれない。
優位だと思った相手は自分が上だと錯覚する。
そして、スマホが三つあると知らない黒柿に対し、隠していた一つのスマホを見せつける。
その行動は相手からすれば不可解、そして、その選択で録音するつもりはないと相手に思わせ、俺の推理を聞かせたいからと言う言葉を信じてしまうように洗脳させる為に行った行動だ。
最後に俺の推理で黒柿に対し、こいつは使える人材だと思わせることが出来る。
ただ、この際に黒柿の思惑が間違っている可能性も捨てきれないので、俺は泉に対し勝率は九割と伝えたのだ。
予想が正しければ、最早簡単な作業である。
用心深い相手でも自分の利になると思った人間の行動は素直だ。
実際に伊瀬が俺達に相談することは黒柿からすれば想定外だった。
相手の弱みに付け込み黒柿に対し手を差し伸ばす。
最後まで話しを聞いている所から黒柿は俺の心理的操作の中で踊らされたことになる。
小説の殺人事件ではあまりないが、自白の強要を応用し、少ない証拠、推理で犯人はお前だと言えば、犯人は全てバレていると思い、自白するというものを俺は思い出したのだ。
更に、録音と思惑を悟らせ、最後の一手を悟らせないようにする行動。
後、一つ付け加えるのであれば、授業の割り当てで伊瀬のクラスが音楽がある日を使った。
その理由として、音楽室が空いているという概念に疑問を持たせない為に行ったもの。
だが確実ではない為、きちんと質問に対して受け答えは考えていたが、それは不必要であったが、完璧に行う為の行為であって無駄ではなかっただろう。
簡単に言うのであれば、黒柿が俺の録音をするということに察した時点で勝ち筋は見えていた。
「――――ということなのよ。ただ、一つ不可解なのはどうして吉条君は心理的操作を扱うことが出来るのか?それを萩先生も聞きたいのでしょう?」
清水の言葉に、今まで黙っていた萩先生もまた話に加わる。
「その通りよ。普通の高校生で巧みな技術が手に入る訳もないし、必要も無い。なのにどうして?」
「個人情報だから、教えられないって言えば良いですか?」
「そうね。確かにそう言われれば私はこれ以上は深入り出来ないわ。だけど、吉条。これだけは言わせて」
萩先生は俺の肩に手を掛け、真剣な瞳で威圧感が募る視線が向けられた。
「…貴方の力は今回は結果的に一人の少年を、少女を助けたのかもしれない。だけど、一歩間違えれば、それは犯罪にも扱えるの。それだけは十分に分かっておいて欲しい」
「そんなの言われなくても分かってますよ。それじゃ、教室に戻るんで」
……これっきり部室に行くこともないだろう。
洗脳なんて出来る人間と一緒にいたいと思う方が馬鹿だ。
「結構難しい話だけど――――吉条って実は凄い人間なのね」
「は?」
扉に手を掛けようとした時、不意打ちに南澤のアホな発言が聞こえ、思わず振り向いてしまう。
「それ思った。依頼人の為にここまでするとか吉条って思ったよりも優しいんだね」
「はい?」
寺垣さえも意味不明な事を言い出して、思わず変な声が出てしまう。
「ん?どうしたの?間抜けそうな顔して」
南澤に言われる通り今の俺は変な顔をしているのかもしれない。
だが、その原因はお前らだ。
「……いや、今の発言聞いて、お前ら俺のこと怖いとか思わないのか?心理的操作とかするんだぞ?」
「え、何言ってんの?私達にするんならもっと早くにしてるんじゃないの?部活に入るの嫌がってたし、その時にすればよかったじゃん。だけど、しないってことは私達にそんなことしないって意味なんじゃないの?」
「――――そ、それは」
南澤に言われ、思わず返答に苦しんでしまう。
「私も全然怖くないかな。だって、吉条は私達のこと助けてくれたし、本当に悪い人間なら不良と一緒に私達を襲ってそうだし」
「私的には、今回は広先輩自身が傷つかず、更には茜も無事で、完璧すぎるぐらいに嬉しかったですね。怖いと言われると意味が分からないんですけど、どういうことですか?」
「私が貴方に畏怖する?私が貴方に畏怖するなんて絶対にありえないわね」
「――――ふ、ハハハハハハ」
……そうなのか。
こいつらは初めっから俺を部活に入れる時から馬鹿な奴らだと思ってたが、本当に――――馬鹿だとは思わなかった。
「どうしたの吉条?頭でも壊れたの?」
「――――いや、何でもない。ちょっと、スッキリした気分だ。悪いが、昼飯残すと妹が怒るから戻るな」
今回の依頼で、伊瀬、黒柿は助かったのかもしれない。
だけど、この依頼で一番助けられたのは――――俺自身なのかもしれない。
そんな考えが頭の脳裏にちらつきながら、今日も今日とて昼休みの時間はあっという間に過ぎていき、放課後へと進んでいった。
「――――ハア。取り敢えず、今日は疲れたな」
「確かに今回は広先輩のおかげでしたからね。お疲れ様です」
泉が頭を下げながら、紙コップに水を汲んで渡してくれる。本当に可愛い後輩なのか、可愛くないのか分からない奴だ。
「まあ、苦しゅうない」
「この先輩は本当に直ぐに調子に乗りますね!」
「……確かにお疲れなのかもしれないけどさ、一つ聞きたいんだけど吉条さ、黒柿に協力するって言ってたけど本当なの?」
寺垣が呟き、南澤も気になるのかこちらに目線を向け泉が詰め寄って胸倉を掴まれる。
「黒柿の協力なんて嘘ですよね!?あんな奴の協力なんてしませんよね!?」
「……お前は毎回近いんだよ。それに、俺は嘘は吐かん。協力するって言ったらするんだよ」
「……先輩を初めてゴミだと思いました。茜に何かするなら、私が許しませんよ!?」
泉が俺の前に両手を広げて立ち塞がるが、泉は一体何をしているのだろうか?
「お前が何を勘違いしているのかは分からないが、黒柿に対する協力は終わってるだろ」
「もう何かしたんですか!?」
「いや、何かしたってどういうこと?」
「先輩こそ何言ってるんですか?皆、先輩の言ってること分かります?」
泉の問いに対し、寺垣、南澤は横に首を振る。
「俺言ったよな?『お前の正直な気持ちを伊瀬に伝えてやる』って。それで黒柿は自分の正直な気持ちを伊瀬に伝えていただろ?」
「――――あ!言ってました!『女に騙されたから』、『こんなふうになるとは思ってなかった。ごめん』って黒柿が茜に対してきちんと正直な気持ちを伝えてました!」
泉がようやく理解できたのか、納得の表情をする。
だよな。
また変なことでも言ったのかと焦ってしまう。
「吉条って前から思ってたけど、説明不足だし、分かりずらい性格してるわよね」
「安心しろ。分かりずらい性格も、ひん曲がった性格よりは大丈夫だ」
「誰に向かって言ってるのよ!?」
南澤が怒り心頭に詰め寄ってくるが、寺垣と泉が何とか宥めようとする。
まさに、いつもの部活の日常が繰り広げられていた。
……もしかしたら、これもまた平穏な日常なのかもしれないと思ってしまった自分がいた。
このまま、この日常が続けば良いと思っていたのだが……。
翌日
「兄貴!これから俺の事を召し使い…いや、下僕として扱ってください!」
昼休みに食事を取っている俺の目の前には、目を輝かせた黒柿涼が兄貴呼ばわりして俺の目の前に存在するのだった。
……やはり平穏は訪れないらしい。




