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孤影悄然英雄譚

作者: 小夜時雨

英雄の強さは何か?

鮮やかな剣技?膨大な魔力?不屈の心?集まった人望?

心の余裕?成熟した感性?強い忍耐力?抱えたものの重さ?責任感?


では逆に、そんな英雄の弱さは何か?

それを知るものは少なく、理解できるものはいないだろう。

英雄自身もまた、それを理解し諦めているのだ。








千差万別多種多様な感性や考えの全てを理解して対応する事が出来る人間などいないのは当然の事。

だがしかし、それを求められるのが英雄であった。

否、英雄だからそれを求められるのかと言えばそうではなく、きっと彼女だからそれを他人に求められるのであろう。

彼女は致命的に優しく、真面目で、脆く、強かった。


彼女は自由を愛していた。冒険者を選んだのもそういう事だ。

自由が1番だった。誰かに依存する事もされる事も彼女には重荷で、だがそれをしない程強くもなかった。

彼女は両親や友人を心から愛した。そしてその愛に大きな差異はなく、それは彼女をトラブルに晒した。

幼い頃は同じ愛を他者に振りまいても何ら困る事はなかった。

だがどうだろう。背が伸び大人に近づくにつれ、性別や趣向の目に晒され始める。

大きく括れば彼女の持つものは人間愛であった、しかし周囲の目にそれは正しく映らない。自分の管轄の範囲外で身勝手な相手からの押し付けを受ける事も増える。

付き纏われ脅され泣かれ縛られた。

ただ人を愛していた彼女が周囲との差に気がつく頃には、疲れ果て何もかもを捨てたくなっていた。

1人を愛すれば、そのせいでもう1人との関係を絶たねばならなくなる。

全員と分け隔てなく接すれば、その中の誰かにそれを妨害される。

愛するには誰かの所有物にならねばならなかった。

愛されるには縛られる必要があった。

彼女の概念は一般の人間と噛み合うことはなく、だがだからこそ彼女は英雄になれたのかもしれない。

彼女は個人を愛する以上に、人を愛していた。

その思考は一種の神に近しく、それは束縛も抑圧もされない場所にあるべきであった。












『部屋から出られるのは2人だけ』

彼女の手にはささやかな、だが人の命を奪うには問題無い威力を持つであろう拳銃が握られていた。

魔法も剣技も封じられたこの部屋で、その文言に抗う事は出来そうになかった。

左右には椅子に腰掛け向こうを向いた人が1人ずつ。

右は蒼天色の髪に騎士特有の甲冑と傍には盾。

左に黒に白のメッシュ髪を持ち上品なコート。

彼女はそのどちらも知っていた。

どちらも旅の途中で心を通わせ消えていった者。

そして恐らくは、彼女が恋情と呼ぶに近しい気持ちを抱いた唯一の2人。

『部屋から出られるのは2人だけ』

手には拳銃。つまりは、どちらかを撃ち抜けという事だろう。

彼女は、そのどちらも一度殺している。

片方は自分を守ったせいで。片方は自らの手で。

つまりもう一度、愛した者を殺せと。

マガジンを取り出し弾を確認する。実弾が一発。

仕留め損ねる事も、全員で心中する事も許されてはいないようだ。

あくまでただ1人を殺せと。

彼女はスライドを後ろに引き、ゆっくりと拳銃の安全装置を外した。

頭に声が響く。

『1つだけ願いを叶えよう』

どうやってここに来たかも分からない。もしかしたら、これもアシエンや蛮神の術なのかもしれない。あるいはただの夢か。

『ここから出せ等という願いでなければ、なんでも叶えよう』

チートは不可のただの情け。

ゆっくりと拳銃を持ち上げ、消え入る声で呟いた。

「私に関わる記憶と記録の全てを消して」

微笑んだ彼女は迷う事なく自らの頭に弾を撃ち込んだ。





これは彼女のみた夢であった。

だが、彼女の深層心理で願い思い続けたソレは強い力となり、一種の神であった彼女はその悲願を叶えてしまった。




世界は依然平和であった。

暁の活躍で様々な問題は解決に導かれ、多くの人の笑顔が戻った。

雪の降りしきる土地で剣技や公務に励む騎士も、木の上で昼寝をする白メッシュ混じりのアシエンも、皆がその世界で生きていた。

ただ1人、そこに英雄の姿はない。

エーテルの流れに中で漂いながらソレを眺める。これこそが彼女の悲願だった。

彼女は唯一、自分の存在を愛せなかった。

彼女は聡明であるが故に気がついていたのだ。

「私さえ居なければ、誰も傷つかなかった」

自分を守って死んだ彼も、自分に過去を見てこの手に下される事を選んだ彼も、罪食いになったあの子も軍にいた兵の誰かも皆、自分の存在のせいで命を散らした。

自分が居なければ皆が幸せで、何も問題はなかった筈だ。

自分の消えた世界は酷く静かで美しくて、寂しく自由だった。

「世界の為に1番いらなかったのは私だ」

瞳を閉じて光を感じた。もう存在しない実体の頬に涙が伝うような感覚を覚える。

ゆっくり、エーテルの一部になる。次第に意識も薄れ彼女が彼女であった事を証明するものは何もなくなる。

彼女が消える時、弱く風が吹いた。

その風に蒼天の騎士は何故か涙した。

その風に瞑き王は淡い色を見た。


世界は明日も平和である。

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