皇太子殿下とイチャついてください!
ゆるーい気持ちでお読みください
「というわけなの」
「いや、どういうわけ?」
我が屋敷の中庭で私リディア・アンデルセンは向かいに座る端正な顔立ちの男に熱く語った。
今までの話を聞いていたのだろうか、彼は眉間に皺を寄せて唸った。
ルイス・レナード公爵子息。
家柄もさることながら、容姿端麗、王立学院での成績も常に上位なので学院中の令嬢にきゃあきゃあと騒がれる存在である。
「あなたって、皇太子殿下の側近じゃない?」
「うん、そうだね」
眩しいブロンドの髪に、ブルーの瞳のまるで物語から抜け出たような王子様であるシャルス・エルヴァンデ皇太子殿下を頭に思い浮かべた。
「さっきも言ったけど、私は、男同士のイチャイチャが見たいのよ」
「あ、ああ、そう。だからなに?」
少し引き気味のルイスを無視して私は続けた。
「皇太子殿下とイチャついてくれない?」
「頭がおかしいのかな?」
「ハイかイエスで答えなさい」
「いや、その選択肢はおかしい。僕の意志は?」
「ないわ」
「……」
無言になった彼はテーブルの上のクッキーを口に運んだ。
「君さ、学院で何て呼ばれてるか知ってる?」
「あんなサムいあだ名私の前で呼ばないでちょうだいね」
氷の女王だって。
馬鹿じゃないだろうか。
誰が最初に呼び出したのかは分からないが、学院では氷の女王イコール私で通じてしまう。
青みがかった銀髪と海よりも深い青の瞳。
瞳は二重ではあるけれど、少しつり上がっている。
この容姿から、無表情だとか冷たいとか思われがちらしい。
そんなことはないのだけれど。
「学院の信者が今までの君の発言聞いたら泣いちゃうよ」
「そんなものは知らない。勝手に泣いてればいいのよ。私に勝手な理想押し付けないでほしいわ」
「言うねえ~」
「だって、あの人たちのせいで、私仲良くしたい子と仲良くも出来ないのよ?」
「ああ、マリア嬢のこと?」
「そうよ!」
マリア・アッシャー男爵令嬢。
肩までのピンク色のふわふわした髪と同色のまんまるで大きな瞳が特徴で、小動物みたいに可愛らしい、私とは正反対の女の子。
私が彼女について熱く語っていると、ルイスは首を傾げた。
「僕は君の方が好みだけど」
「はあ?そういうのはいいから、殿下に言って」
「……。ていうか彼女、君が思ってるような子じゃないと思うよ。悪い意味で」
「まあ!あの子に変なケチつけないでくれる!?」
彼女は天使だ。
だから、きっと中身も天使みたいに優しいに違いない。
遠目でしか見たことは無いけど。
「さっき言ってた信者と自分が同じようなこと言ってる自覚あるのかなあ……」
「ちょっと話が脱線しすぎだわ。とにかく、貴方は殿下とイチャついてちょうだい」
「いや、だからなんでそうなるの?男同士なんだし嫌だよ」
「いいじゃない!!殿下のご尊顔を間近で拝めるのよ!」
「……本気で言ってる?」
「本気で言ってる」
大真面目よ。
私はキリッと正面にいるルイスを見た。
これが嘘をついているような目に見えるだろうか!?
「こんなのが殿下の婚約者候補筆頭なのか……」
「こんなのとは心外ね。それに、あくまで候補ですから」
「たしかにそれはそうだけど」
私は皇太子殿下の婚約者候補の一人だ。
候補は他にも高位の令嬢が何人かいて、学院での成績や立ち居振る舞いなどを見て、殿下が学院を卒業する年に決定する。
アンデルセン家は国内でも一二を争う名家で、お父様は陛下とも仲が良い。
だから、私が婚約者になるのではないか、と巷では囁かれている。
「ねえいいじゃない。なにもキスしてって言ってるわけじゃないんだから、少しぐらい」
ルイスはため息をひとつして、私に問いかけた。
「それさあ、君は見たいもの見られていいよ、でも僕は?メリットはあるの?」
「……」
しょうがない。
これは言いたくはなかったんだけど……
「…これ、私が書いた小説よ」
「は?君、小説書いてるの?」
もしものためにと横に置いていた本をテーブルの上に置いた。
彼はそれを手に取ると、ぺらぺらとめくる。
「言ってなかったかしら。最初は趣味で書いていたのだけれどね、書籍化してみないかってお誘いがきたの」
「この流れから行くとまさか内容は……」
「もちろん、皇太子殿下と側近がイチャついてる話よ。一応名前は変えてありますけどね」
「うわあ……」
すっっごく嫌そうに本を返されて、ちょっと良い気はしなかったけれど私は何も言わず受け取った。
「で、これが困ったことに今ちょっとスランプ気味なのよ。だから、実際にモデルがイチャついてるのを見たら創作意欲が沸くかなーと思って。この小説が売れたら、私にもお金が入る。その分け前を半分あなたに分ける。どう?メリットとして」
「僕がお金で動くと思ってる?」
思わないわ。
公爵家だし、お金は腐るほどありますものね。
「……分かってるわよ、むしろ売れなければいいと思ってるんでしょう。ちなみに、まああなたにとっては残念なお知らせだけど、この小説今特に若い女性に大人気よ」
「えっ……」
「殿下と学院を歩いている時にかかる女子生徒の黄色い声の四分の一はこの小説のせいね。あなた達がモデルだと気づいているものも少なくないってこと」
ルイスはぞわわわと肩を震わせた。
「ねえ、みんな小説の続きを待ってるのよ」
「僕には関係ない。自分がモデルにされてるっていうのも不愉快だ」
「それに関しては今まで黙っていてごめんなさい」
「悪いと思ってるなら、もうその小説書くのやめてよ」
「いやよ!!どうせ皇太子妃になったら書けなくなるんだから今くらい許してよ」
「……じゃあ、小説を書くのは許すけど、スランプに関しては僕は知らないからね」
「……」
交渉決裂。
―――――………
「ねえ、本当にだめ?」
今は二人で学院の廊下を歩いている。
殿下とは三人で昼食を食べる約束をしているので、そこに向かっている途中だ。
「いい加減しつこいなあ……ってあれは……」
目的地である中庭にふたつの人影。
一人は殿下なのだが、もう一人は……
「ま、マリアじゃないの……!」
「へえー、珍しいね。殿下が僕ら以外と会話するなんて」
「どういうことなのかしら」
ぐいっ
「えっ、何」
私は近くにあった茂みにルイスを引っ張りこんだ。
「急にどうしたの」
「あれ、見てよ」
茂みからひょこりと顔を覗かせると、2人の方を指さした。
「すごく親しそうに話してるわ」
「そうだね」
「何悠長にしてるの!?ライバル出現よ!」
「えー……」
これまで、私が殿下の婚約者ほぼ確実と言われていたから殿下に近寄る令嬢はいなかった。
うーん、と頭を悩ませているとルイスがあ、と声を上げた。
「なによ?」
また茂みから顔を出すと、殿下が通りがかりの生徒に声をかけていた。
「やばいんじゃないの」
「なんで?」
やばいとは、はてな。
考えているうちにその生徒が私達がいる茂みを指さした。
何してくれてるのよ!
殿下がこっち来るじゃない!
「殿下、約束に遅れてしまい申し訳ございません」
ルイスは茂みから出ると、服についた葉っぱを払った。
私も慌ててルイスにならう。
「……私も申し訳ございません」
「いや、それはかまわないのだが、お前達は一体何をしていたんだ……」
殿下は呆れている様子だった。
そうなりますよね。
こんなところでコソコソとしていたら怪しすぎますよね。
「えーと、えーと……森林浴……てきな?」
「……」
「……」
ルイスが知らんぷりするから、私は必死に言い訳を絞り出した。
それで出てきたのが森林浴って、あほ丸出しじゃないかと自分でも思った。
二人は何を言うでもなく、無駄に高い身長で私を見下ろした。
その目やめて!
「……お前は見かけによらず本当に残念だな。あと頭に葉っぱついてるぞ」
殿下はそう言って鼻で笑った。
返す言葉もございません。
私は慌てて頭にくっついていた葉っぱをはらった。
「それはそうと殿下、マリア嬢とお知り合いだったのですか?」
知らんぷりだったルイスがついに私が知りたかったことを聞いてくれた。
「ああ、先程知り合ったばかりだがな。最近転校して来たばかりで、校内のことをよく知らないからと道を聞かれた。昔から体が弱いらしくて、家に引きこもっていたから友達もいないんだと。お前たちも仲良くしてやってくれ」
なんだって!?
私が天使と仲良く……だと!?
なるほど、病弱だから、あんなにか弱そうな見た目をしてるのね。
あれは守ってあげたくなるわよね。
「今日はマリアも一緒に昼食をとることにした」
殿下の一言に私は目をひん向いた。
対して横にいたルイスは眉間に皺を寄せた。
中庭で待っているマリアの元へ戻ると私たちは席につき、自己紹介を始めた。
だが、私でもわかる。
これは酷い。
何がって、マリアの反応だ。
にこやかに笑って私達が来るのを待っていたマリアだが、ルイスを見た途端獲物を狙うハンターのように目付きが鋭くなった。
一瞬だが。
ルイスはそれに気付いたようで、顔をひきつらせた。
こういったことに鈍い殿下は気づかなかったようだが。
さっきからずっと、ルイス様ルイス様言ってるんですが。
私と殿下はもはやいないもののように扱われている。
殿下は気付いてないのかそれとも気にしていないのか、優雅に昼食を召し上がっている。
いや、食べてる姿もすごい絵になるけど、この状態を放置とはさすが殿下。大物。
ルイスは苛立ちでいよいよ貧乏揺すりが止まらなくなってきたようだった。
お行儀悪いなあ。
今の状況考えたら分からないでもないけど。
テーブルの上の昼食まで震え出してきたので、私も殿下にならって昼食を食べ進めることにした。
射殺さんとばかりに睨み付けてきたルイスは無視した。
茂みの件とおあいこおあいこ。
「殿下は何をお召し上がりになってるんですか?」
「ああ、私の今日の昼食はな――……」
普段は不遜な態度だけど、こういう時は可愛いんだよなあ。
どっかの誰かさんとは大違いだ。
大好物なんだ、とふんふんと鼻息荒く語る殿下に癒されていると、隣から会話が聞こえてきた。
「あの、ルイス様はどういった方がお好きなのですか?」
もじもじと上目使いでルイスを見るマリア。
先程まで苛立ちが頂点まで達していたルイスが何故かとてつもなく綺麗な笑みを浮かべている。
え、怖い。
この人がこういう表情の時って、ろくなことがない。
「殿下です」
!?
思わず殿下の方を見ると、フォークを持ったまま固まっていた。
「あ、あの、殿下をお慕いしてらっしゃるのは分かります。ので、よければ女性の好みを……」
「私は女性が好きなのではないのです。今まで自分の立場を考えて黙っていましたが、私は殿下を愛しているのです」
「ぶっ」
あ、殿下が吹いた。
せっかく好物を召し上がってらっしゃったのに。
しかし、ルイスったらあれだけ嫌がっていたくせに、やる気満々じゃないの。
いいぞ、もっとやれ。
「お、おまえ……」
紙ナプキンで口元を拭った殿下はわなわなとルイスを睨み付けた。
「殿下、この恋が実ることはないと分かっております。でも、愛しているのです」
ルイス、それこの前一緒に見た舞台に出てきたセリフじゃないの。
もっとひねりなさいよね。
演技がかりすぎなのよ!
ルイスの台詞を聞いた殿下は半泣きで私に縋ってきた。
殿下、威厳忘れてますよ。
「リディア!リディア!あいつどうしたんだよ!?気持ち悪い!見ろ、この腕を!」
殿下の捲りあげられた腕には、鳥肌が立っていた。
ていうか、腕細っこすぎです。
もう少し鍛えられた方が宜しいですよ。
「そもそもお前!好きなのは俺じゃなくて……」
「殿下」
ルイスは笑顔で殿下の言葉を途中でばさりと遮った。
彼はどうやら他に好きな人がいるらしい。
マリアはもう少し前からフリーズしてしまって、聞いていなさそうだけど。
「つ、つまり、ルイス様は男性が好きということですか……」
少しして解凍したらしいマリアはぶるぶると震えながら呟いた。
「まあ、そういうことになりますね」
「っ!」
ガーンという効果音がこちらまで聞こえてきそうだ。
「わ、私今日のところは失礼いたします!でも諦めませんから!」
捨て台詞のように言い捨てると彼女は走ってどこかに去っていってしまった。
嵐のような女の子だったわ……
「リディア」
「はいっ!」
急に落ち着いた声色に戻ったルイスが私の名前を呼ぶ。
何故か反射的にビクついてしまった。
ルイスなんかにビビるなんて不覚!
でも笑ってるけど顔が怖すぎるんだ。
「協力してあげるよ」
「あ、ありがとう」
「お前たち……話が見えないのだが、協力とはなんだ?」
「殿下は知らなくてよいことですわ」
にこーっと私が微笑むと、殿下は、私だけ除け者にして!といじけた。
馬鹿可愛いわ、殿下。
ルイスと違って殿下はこういったこと、出来ないと思うし、自然体が一番。
「ただし、あのピンク野郎が僕にまとわりついてくる間だけね」
ピンク野郎て、確実にマリアのことよね。
ルイス言葉遣い悪い。
いつも品行方正で通してるのに、それだけあの子のことが苦手らしい。
まあ、私も天使ではないわ、とは思ったけど。
やっぱり妄想と現実は違うのね。
でも、二人がイチャついてくれるなら私はそれで、
「十分です!!」
ガッツポーズ。
そこからは、マリアが空き時間ごとにルイスにへばりついてきたり、ルイスと殿下に噂が流れたり色々あった。
が、私はというと。
「筆が進む進む!」
スランプ脱出。
創作活動に勤しんでおりました。
「ねえ、もういいよね?」
「なにが?」
「あのピンク、君の同志になっちゃったんだけど」
「どういうことよ」
「だから、君と同じで殿下と僕が仲睦まじくしてるのを見るのが好きになっちゃったんだって。この間君が書いた小説を胸に抱えた彼女に、おふたりを応援しますって言われたんだ」
「あら、いつの間にそんなことに。まあ、ネタもいっぱい収穫できたしもう大丈夫よ!」
「はー。疲れた」
「ねえ、結局最後まで何も芽生えなかったの?」
「ずっと前から好きな人がいるんだ。その人以外は考えられないね」
「あなたがそんな風に思えるなんて、本当に好きなのね。ちなみに誰なの?私も知ってる人かしら」
「今はまだ内緒」
「ふうん。どうしてよ、ルイスのくせに私に隠し事するの?」
「くせにって……。その人の立場とか、まあ色々あるからさ。ちょっと一筋縄で行かなくてね。学園卒業する頃には言えるよ」
「だいぶ先じゃない!」
「……それだけ大変なんだよ」
ルイスは苦笑した。
立場って何かしら、相手は既婚者?それとも身分違いとか?
私の頭の中でもくもくと妄想が広がっていく。
だがまさか、ルイスの好きなその人が自分の事だったなんて、彼が色んなところに根回ししまくって皇太子妃ほぼ確実だった私がルイスの婚約者になるなんて、その時の私には知る由もないのでした。