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失くした鍵

作者: 三笠佳

 鍵というものが人類の発明品の中で最も厄介な代物であるというのは間違いないことだ。ほんの僅かばかり取扱いを間違えてしまったが最後、あれほどに痛い思いをさせられるものは他に無いのである。

 鍵は本来、人間の味方である。外出前に自宅の扉を施錠する、あるいは当人にとって極めて貴重な物品を金庫や倉庫に閉じ込め、安全に保管するために施錠する。分厚い扉は内と外を隔て、外部からのあらゆる侵入を拒絶し、安全を保証する。

 鍵の扱いにはくれぐれも気を付けなければならない。しっかりと施錠した扉は、その鍵を失えば決して開いてくれない。鍵は無慈悲なのだ。

 あの冷えたフォルムの連中は、哀れな鍵の紛失者の「頼む、開いてくれ」という願いを汲み取ろうという気配は一切見せない。鍵をかけた張本人さえも、躊躇いなく閉め出す徹底ぶり。あるいは施錠していない状態で鍵を失くせば、どれだけ強く願っても、絶対に施錠は出来なくなってしまう。鍵を失くせば錠は何の役にも立とうとせず、安全性は皆無となる。全ては鍵に委ねられている。鍵の存在が人間を上回る。譲歩という言葉は奴らの辞書には見当たらないのである。

 そういう時に人は鍵の取り扱いを間違えた自分を呪いながら、人間の発明には全て利便性だけでなくリスクが潜んでいることを思い出す。そして、飼い犬に手を噛まれる、という言葉が実に良く出来た言葉だと理解するのだ。


 私は物を失くしがちな人間である。勤め先の会社においても、とにかく物を失くしてしまう。ボールペン、百五十ミリのステンレス製定規、巻尺、提出やファイリングを義務付けられた書類、等々。端的に管理能力が不足している。私の頭の中には、物を管理する能力というものがすっかり欠落しているのではないだろうか。脳みその一部が、まるでホールケーキから一ピースのケーキを切り取るがごとく、奇麗さっぱりと欠落しているような、そんな様子を想像するほどに。私が一番初めに失くしたものは、脳みその一部分であるかのような……。

 私の紛失癖は小さい頃からの性質だ。学校と自宅の行き帰りの中で失くした物は、宿題のプリント、学年だより、教科書、色鉛筆、給食着、腰に巻いていたシャツ……。今とそれほど変わらぬ紛失っぷりである。

 だが、そういうものを失くしたところで、私は困らなかった。大人の怒声と引き換えに、また新しいものを与えられて、また失くす。それを繰り返すだけの単純作業。

 しかし、私をとにかく困らせる紛失物は、やはり鍵であった。あの冷淡な悪魔のような代物だ。

 とりわけ良く覚えているのは、小学校低学年のころの紛失譚である。

 

 ほとんど雪の降らない大阪でも、冬の寒さは他所と変わらず身に滲みる。水たまりは凍りついた。

私が通っていた学校にひょうたん池と呼ばれる鯉を飼う為のコンクリートの水槽があった。水深はわずか数十センチ程度、造り物の白けた水槽。名前のとおり瓢箪を模した型である。

 ある冬の日、ひょうたん池にも氷が張った。小学校低学年の子供にとってはたったそれだけの出来事も他のあらゆることを一切忘れて夢中になるには十分すぎる事件であった。放課後、私は同級生数人と連れ立ってひょうたん池へ向かった。終業後はまっすぐに帰宅するよう告げる先生たちの言葉の力は、ごく薄らと張る水槽の氷に負けた。

 私たちは嬉々として氷の表面を指で突っついた。冷たく、硬い感触。並びの悪い歯を見せて笑い合う。そして氷の硬い感触と戯れの情調は、私たちのうちの一人にある閃きを与えた。

 タカモトくんは、ひょうたん池の淵に両足で立った。するとそのまま、氷へと足を踏み出した。なんと、ひょうたん池のちょうど瓢箪の膨らみに当たる部分を横切って、反対側の淵まで歩いてみせたのである。

 私たちはタカモトくんの偉業に有頂天になった。ひょうたん池の対岸に立つタカモトくんの姿は、大きな一歩で月に降り立った宇宙飛行士さながらであった。坊主頭はヘルメット、上下のナイロンジャージは宇宙服。

 私はタカモトくんの成功を目の当たりにして、迷わずにひょうたん池の淵に立った。タカモトくんの足跡を辿るつもりであった。一歩踏み出して、水とは異なる氷の硬さをスニーカーの底に感じた。

 ところが二歩三歩と歩んだところでひょうたん池の氷は割れた。私の視界は突如急降下する。零度近い水の感触が足先から尻へ、そして腰へと上がる。気が付くと浅い池の中で尻もちをついていた。小さな身体のほぼ全てが池に浸かった。まるで湯船につかるような格好である。

 我が身に降りかかった事態に頭の理解が追い付くより先に、身体が反応する。纏わり付く冷たさに飛び上がり、慌てて池の外へ逃げ出した。衣服は臭い水槽の水でぐっしょり濡れていた。周囲の同級生が次々に私の身を案じる言葉を投げかけた。私は何と答えたか覚えていない。それよりも早く身体を温めたかった。脳裡に浮かぶのはぬくぬくの炬燵。家に帰れば炬燵で凍える身体を温められる。

 濡れた衣服を脱ぎたくても、替えの衣服は無い。濡れた衣服は不愉快でも脱げば裸体が真冬の風の餌食となる。私は震える体を引きずるように帰路を急いだ。同級生たちの心配の声は続いた。災厄を逃れた場所から矢継ぎ早に放たれる同情。その核となる感情は「犠牲となったものが我が身でなくて良かった」である。そんな言葉に身体はおろか、心も温まる気配は無い。

 すれ違う人たちの視線もまた冷たい。赤信号も無視して歩みを速めた。歩くたびに濡れたスニーカーがぐしゅぐしゅと鳴る。切羽詰まったヘンゼルとグレーテルさえ思いつかなかった愚かな足跡をアスファルトに残し続ける。

 自宅マンションに辿り着く。水を吸って重くなったズボンが貼りつく重たい脚で、三階までの階段を上り切る。

 さてここで、私は重大な過ちに気が付いた。自宅の鍵が見当たらないのだ。ポケットにも、ランドセルの中にも無い。どこかで落としたのだろうか。分からない。ただ、自宅の鍵が無く、玄関扉が開かない事実だけが明白だった。私が帰宅したその時間、母はパート仕事に出ていて家は無人だ。それを知っていて、もしかすると今日はたまたま母が在宅しているかもしれないという淡い希望に賭けてチャイムを鳴らす。返事は無く、玄関へ向かってくる足音も聞こえてこない。

 私は鉄の扉に阻まれて、我が家に入ることを拒絶された。たった一枚の施錠された扉が私の冷えた身体を突き放した。扉に背中をもたせかけて、その場にへたり込んだ。夢にまで見た炬燵の温もりは遠い。眼前の餌を食わせてもらえない犬のような気分。濡れた身体はより一層の寒さを感じ始めた。母の帰宅を待つ以外に、助かる術は無かった。

 母を待つ途中、上階に住む中年女性が階段を上がってくるのが見えた。真冬に全身を濡らした小学生を見て、目を瞠る。

「どうしたん?」と訊かれたので「池に落ちました」と素直に答えた。

 とはいえ私は同級生や家族に対してはぺらぺらと軽口を叩くくせに、知り合いでなければ碌に口が利けない性質であった。飲食店でまともに注文すらも出来ないほどである。その時も、もごもごと言い淀んでいたのかも知れない。結局、上階の女性は「はあ」と言いながら義理臭い微笑みだけを見せて、次の階段を上がっていく。窮地に追い込まれた私の個人的な深刻さは、その人にはかけらも伝わらなかった。

 しばらくして、母はようやく姿を見せた。異常な私の姿を見取るなり、「どうしたんっ」と慌てた。事情を伝える途中も、母は急いでバッグから鍵を取り出して、扉をあっさり開けてみせた。母にとって鍵は従順なしもべであった。

 家に入るなり衣服を脱がせられ、風呂場に入れられる。

 温かなシャワーが全身を包む。これまでの珍事が洗い流されていく。風呂場を出ると、すでに炬燵のスイッチはオンになっており、身体を突っ込むとシャワーとはまた異なる格別な心地よさだった。炬燵を発明した人間は天才に違いないと思った、そして炬燵はきっと人を裏切り反旗を翻すような真似はしない、とも。

 鍵は玄関の鍵入れの中にあった。私は鍵をどこかで失くした訳ではなく、家を出る時に鍵を持ち出すことさえ忘れていたようだ。


 こういう窮地を経験したにも関わらず、私は今でも失くし物、忘れ物が多い。

 物質的な紛失に留まらず、パソコンのパスワードが分からなくなり、何度も入力間違いをした挙句、ロックを掛けられることもあった。それは自分だけの問題としても、私の紛失癖が他人に迷惑をかけることになれば具合が悪い。

 私は機械設備の設計製作の会社に勤めている。もちろん私は設計技術など持ち合わせておらず、ただの事務員である。だが、人手不足により設計の手伝いをすることもあり、設計資料室へ図面を検索しに行くこともたまにある。そんな時に設計資料室の鍵をたびたび閉め忘れてしまう。閉め忘れたまま、鍵を作業着のポケットに入れたまま過ごし、鍵の紛失騒ぎの中心にいたりする。あるいは施錠した後、鍵を保管場所に戻すことを忘れてポケットに入れたままということもある。

 ある日、設計資料室に用事があり鍵を保管場所へ取りに行くと、そこに鍵は見当たらなかった。誰か別の人が先に設計資料室へ行ったのだろうと見当をつけた。鍵は開いていた。だが室内へ入ると誰もいない。私は瞬間的に、昨日自分が同室を訪ねた際に施錠を忘れて鍵をどこかへ失くしたのだと悟った。慌ててポケットの中を漁る。昨日からずっと鍵を持ったままの可能性を考えたからだ。しかし鍵は無い。それならば、昨日鍵を設計資料室の中で失くしたに違いないと、しゃがんで棚の下を一つ一つ覗いて行く。それでも棚の下には埃や髪の毛が見えるだけで、鍵は見つからない。

 図面というものは会社にとって最重要な情報である。その管理場所の鍵を失くした者はどんな処分を受けるのだろう。会社を辞めさせられるのだろうか。それならそれで構わないという、ヤケクソな気分が湧いてくる。

 もし会社を辞めることになったら、ひっそりと山にでも籠って暮らしたいと思った。

 あらゆるルールは無く、住居の鍵など不要な山籠りの生活を送りたい。私の思考はもはや鍵紛失の重罪を免れて、ささやかな夢へ逃避し始めた。

 私は鍵を失くしてしまったことを素直に白状することに決めた。

「設計資料室の鍵がありません。失くしてしまったかもしれません」

 設計室に行き、入口近くにいた人へ声をかけた。

「え、さっきシゲタさんが持って行ったん見たけど」

 その人はすぐに内線でシゲタさんへ電話を繋いだ。

 二言三言で電話を切ると「やっぱり、シゲタさんが持ってるって。後で閉めといてもらうわ」と。

 私はその一言で自らの無実を理解した。鍵を持ち出したまま、設計資料室の鍵を開け放しにしていたのはシゲタさんであった。

 その場にへたり込みたくなる気持ちの中で、鍵の不要な生活への憧憬がより一層強くなっていくのを感じた。


似た経験のある方に笑ってもらえればいいな。

先日は倉庫の鍵を失くしかけました。

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