魔物たちはジークにメロメロです~虫の女王はジークが欲しい
虫の女王が拠点とする場所は、古の森の北西付近である。面積は日本本土ほどとかなり広い。
ベルの住処は蜂人や蜘蛛人、蟻人、ムカデ人、バッタ人など多様な虫人が住む全長10キロの巨大コロニーである。
蟻人と蜂人が中心になって作ったため、蟻塚と蜂の巣を合わせたような雰囲気である。
「ジョウオウサマ」
虫人たちはベルが帰ってくると歓迎するように近寄る。そして嗅覚でジークを感じ取ると一斉に警戒心を露にする。
「噛みつくな。大事な客人だ」
虫人はベルに注意されると牙を隠す。しかしそれでも触覚でジークの体を触り、何者か見定めようとする。
「エヘヘへ!」
ジークはくすぐったいのか、触覚がピコピコ動くのが面白いのか、えいえいと触覚に触る。恐怖など微塵もない。
「ほう……我が子たちが怖くないか」
虫人は獣の魔物に比べて、異質な姿をしている。例えば蜂人はお尻が巨大な蜂の尻で、目はギョロギョトと複眼である。リムやタマモなどはほとんど人間と言ってよい。虫人は彼女たちと比べると、魔物や妖怪という感じがして、普通の人間なら嫌悪感を見せる姿だ。
それなのに恐怖を見せない。ベルはひとまずホッとした。
「んあ! んま!」
それとしてもジークがうるさい。
ベルのコロニーがよほど新鮮だったのか、好奇心丸出しで、ベルの腕から下りようとしている。色々な物を触ってみたいのだ。
「こら! 暴れるな!」
ベルはジークをあやしながらコロニーを歩く。
「エヘヘへ!」
ジークはとても楽しそうだった。すれ違う虫人にはどんな姿でも手を振る。興味を持って近づく虫人には満面の笑みで返事をする。
「ン? ジョウオウサマ?」
虫人はジークの様子に困惑していた。虫人は獣の魔物と違い、喜怒哀楽が無い。食欲などの本能に忠実と言うべきか。全員ぶっきらぼうという表情をしている。顔の作りが蜂などの昆虫に近いせいもある。
そんな彼女たちにとって、ジークの笑顔は、見たこともない異質な物だった。
「良かったな。好かれているぞ」
「スキ?」
ぞろぞろと虫人はジークの後を付ける。皆、触覚でジークを触ろうと顔を近づける。
「お前たちが興味を示すか!」
ベルは心底驚いた! 虫人は人よりも虫に近く、知能が低い。ベルの命令が無いと他の虫人と争うなどしょっちゅうで、腹が減ると共食いすらする。ベルはこれを仕方のないことだと思っていた。脳の作りが虫なのだ。
そんな虫人がジークに興味を示す。本来は中の悪い蜘蛛人と蟻人が争わずに、肩を並べている!
「お前は凄い奴だな」
ベルはジークの頭を撫でる。
「ん! ん!」
ジークは遊ばせろという感じに、じたばたと暴れていた。
それからベルはジークにコロニーと虫人を見せて回った。
ジークは嫌な顔せず、好奇心旺盛に虫人を触った。猛毒の毛虫に触ろうとした時は、ベルが焦るほどだった。
「考えすぎだったか」
ベルは玉座の上で、膝の上にジークを乗せて微笑む。
「まま!」
ジークはすっかりベルに懐いていた。ずっと笑顔である。
「まま、か」
ベルは蜂人に命じて、特製のロイヤルゼリーを持ってこさせる。
「私は乳が出ない。これを食べろ」
手のひらに黄金色のゼリーを乗せて、ジークに食べさせる。
「んまんま!」
ジークは無我夢中でゼリーを飲み込む。その様子を虫人たちが興味深そうに見守る。
「良いなぁ」
ベルは、虫人たちにもう少し知性を持たせられたら寂しくなかったのに、と思った。高い知性を持つベルが異質なのだ。それが寂しい。話し相手が居ない。
「まま?」
ジークはベルの様子がおかしいことに気づいたのか、食べるのを止めて、円らな瞳を向ける。
「いいこ、いいこ」
そしてたどたどしく、優しく、ベルの頭を撫でた。
「私を慰めてくれるのか」
ベルはジークの優しさに触れると、涙が溢れた。
「お前は凄い奴だ! 本当に凄い奴だ!」
ベルはジークが自分の子供だったらと、心底願った。
「ジョウオウサマ!」
兵隊蟻人が大慌てでベルに駆け寄る。
「ジルたちが来たか」
寂しそうに、頭を撫でる。
「ここでお別れだな」
ベルはジークの幸せを願っていた。だから寂しくても、お別れしないといけない。
「まま?」
ベルが泣いているせいか、ジークも泣いた。
「悪かった。ジークは返す」
ベルはジルたちがコロニーに攻め込む前に、ジークを返す。
「なぜ攫った!」
ジルたちの殺気は凄まじい。
「この子が怖かった」
ベルはジークを見つめる。
「この子は皆に好かれている。一方で虫人は皆に嫌われている。もしもジークが、虫人を殺して欲しいと願ったら、お前たちは殺しに来る。そう思ったら、居ても立っても居られなかった」
「ジークはそんなことを願わない! 優しい子だ!」
ジルは心外だと睨む。
嫌っていることなどは否定しないのか、とベルはガックリと肩を落とす。
「もうジークには関わらない」
苦笑する。それでもジークから目を離せない。もう少し、抱いていたい。
「まま! えらい!」
ジークはベルを元気づけようと笑顔で手を振る。言葉の意味は分かっていないだろう。自分が聞いた言葉をオウム返ししているだけだ。
それでも、ベルはジークがもう一度会いたいと言っているように思えた。
「また、ジークに会いに行って良いか? 虫人と一緒に」
ジルはベルの顔がくしゃくしゃになっていることに気づく。そしてベルの気持ちを察する。
それはリムやタマモ、ラファエルも同じだった。
「ぜひ来てくれ。ジークが喜ぶ」
「……ありがとう」
ベルはジルの言葉に頭を下げると、コロニーへ帰った。
「お前は凄い奴だな。あのベルがメロメロだ」
「エヘヘへ!」
ジークはベルの背中に手を振りながら笑う。
また会えるよね? そう言っていた。
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