魔物たちはジークにメロメロです~虫の女王はジークが可愛らしい
ジークが古の森に来て2年が経った。
ジル、リム、タマモ、ラファエルその他獣の魔物や精霊騎士団が固唾を飲んでジークを見守る。
「ん! ん!」
ジークは2歳になってつかまり立ちができるようになった。
「頑張れ、頑張れ!」
ジルは少し離れた場所で手を広げる。ジークが立って、胸に飛び込むのを待っている。
ジークはふらふらと危なっかしい。
「まま!」
歩こうにも歩けない。そんなもどかしさからか、ついに泣き顔となる
「ああ! もう止めさせよう!」
「転んでしまう!」
リムとタマモは心臓が止まりそうだった。獣の魔物たちなど泣き出している。
「ジークは立ちたい。歩きたい。そう思っています。ならばその意思を尊重するべきです」
ラファエルは厳格な口調で見守る。もちろん、ジークが転んだ際は精霊騎士団が助けに入る手はずだ。
「来い! 来い!」
ジルは今か今かと期待に胸を膨らませている。その反面、頑張らなくても良いとジークに訴えかけている。
「まま!」
とてとてとて! っとジークが小走りにジルへ走る。
「ジーク!」
ジルの胸に飛び込んだ時、魔物たちは神が降臨したかのような喝さいを上げた。
「よく頑張ったな! 偉いぞ!」
ジルはグスグスと生き別れた息子を抱きしめるように泣いている。
「偉いぞジーク!」
「お前は古の森の誇りじゃ!」
リムとタマモはジークに駆け寄って涙を流す。
「偉い偉い!」
「頑張ったわ!」
ニャンとミノを含めた獣の魔物は大賑わい。
「頑張りましたね」
ラファエルと精霊騎士団は静かに泣く。
三メートル歩いただけなのに、三千里旅したかのような騒ぎだった。
「おっと! そろそろご飯の時間です」
ラファエルが精霊騎士団に潰したリンゴを用意させる。
「お昼は乳の時間じゃぞ」
タマモがペロリと上をめくり、乳を出す。
「そろそろ乳離れです。果物の割合を増やさないと」
「ジークはワシの乳を飲みたがったる!」
ムッと睨み合うと、ジークに笑顔とご飯を向ける。
「ジークは私が作った美味しいリンゴが食べたいですよねー」
「ワシの乳が飲みたかろう?」
ジークは二つのご飯に目移りする。
「まま!」
二つとも欲しいのか二人に手を伸ばす。
それだけで全員の胸がキュンとする。
「二つとも欲しいのね」
「ええぞええぞ! いっぱい食べろ」
二人ともジークに駄々甘である。
「あの精霊女王まで魅惑するとは、ロキが連れてきた子供だけある」
甘ったるい空気の中、蝶やハエが集まり、人型になると虫の女王が現れる。
「虫の女王! 珍しい客だ。ジークに会いに来てくれたのか?」
ジークをタマモたちに預けたジルが挨拶する。
「ベルと呼んでくれ」
「ベル? 名前か!」
「ジークと会うなら名前が必要。森中で話題になっているぞ」
ジルとラファエルを見てクスクス笑う。
「魔王ジルや精霊女王がジークに骨抜きにされたと」
ベルの言葉は皮肉だ。だが二人には通じない。
「ジークは可愛いからな!」
「私はラファエルです。間違えないでください」
ベルは目が点、そして肩を竦めて笑う。
「私にもジークを見せてくれ」
「ええぞ!」
タマモはベルにジークを手渡す。
「かわええじゃろ!」
我が子を自慢する母親のように笑う。皆もベルが可愛いと言うのを待っている。
「貰っていくぞ」
しかしベルはジークを抱えて飛んで行ってしまった!
「あいつ! 何を!」
魔王ジルが地面に霜ができるほどの凍てつく殺意を放つ。
「追え! 絶対に逃がすな!」
タマモたちは人型から恐ろしき魔物の姿へ変貌する。
「……私が虫たちの餌を作っていると分かったうえでの蛮行でしょうか?」
ラファエルは冷たく微笑むと、精霊騎士団に戦闘態勢を取らせる。
ジークが攫われる。それは彼女たちにとって命を奪われるに等しかった。
そして古の森は前代未聞の緊張状態となった。
「まま?」
一方、ジークはベルの腕の中でキョトンとする。
「安心しろ。食う訳ではない。ただ、私の子に会って貰いたいだけだ」
ベルの心境は複雑だった。
人間は虫が嫌いだ。そしてジークが虫を嫌ったらどうなるか? 殺してくれと魔王ジルやリム、タマモ、ラファエルに願ったらどうなるか? ベルの子供たちは虫人と呼ばれる種族で、魔物たちから嫌われている。それを踏まえると考えるだけでも恐ろしい。
ベルは虫の女王であるため、大小合わせて数十兆の虫を愛している。彼らを守るためには、ジークが、虫を、我が子を受け入れるか、確認する必要があった。
もしも嫌うならば、人質とするしかない。
そう考えるほど、古の森はジーク中心になってしまった。
そう考えなければいけないほど、ジークの存在は強大になっていた。
ジークは古の森のプリンスなのだ。
多くの強大な魔物たちが、ジークに従うだろう。
それがベルにとって恐ろしかった。
「人間の世界なら、こんなことにはならなかっただろうな」
ベルの声は哀れみが強い。
「まま! まま! エヘヘへ」
しかしジークはベルの心境など知ったことかと言わんばかりに懐いていた。
「可愛らしいな」
ジークが我が子を好きになってくれたらどれほど良いか。
ベルはジークの笑顔を見て、そう思った。