国家設立編~魔物の王VS勇者
「俺たちの世界じゃ戦いなんて無い。だから武器も簡単に構えちまう。それがどういう意味か理解していない」
岡部さんは城の階段を下りていると、隣でため息を吐く。
「この世界じゃ武器は脅しの道具じゃない。魔物や人を殺す道具だ。だから武器を構えたら、たとえ女性でも子供でも容赦しない。だからあの三人の心を作り替えたことも当然と思っている」
ハッキリと、勇者たちが武器を構えたら殺すと伝える。
「分かっている。だから、麗華や凛、静香の心を砕いたことに文句を言わない。あの三人はジークたちを殺すつもりで武器を構えた。そして返り討ちにあった。それだけの話だ」
「理解力があって嬉しいよ」
「海外旅行をすれば、その国の法律に従うのが当然。異世界転移も同じこと。俺たちはお前たちの常識に従う義務がある。しかし、俺以外の奴はそこを全く理解していない。殺すって言葉を脅し文句だと考えてる」
岡部さんはとてつもなく大きなため息を吐く。
「お願いだが、まずは俺があいつらに事情を説明する。そしてあいつらが納得するまで待ってくれ」
「僕が隣に居たほうが説明しやすくない?」
「頼むからそれは止めてくれ。あいつらはお前たちを舐め切っている。今お前たちと出会えば、お前たちに皆殺しにされることを必ずしてしまう」
「なんか、嫌な奴らだな。昔を思い出しちゃう」
しかし、彼らは無理やり召喚された被害者だ。そこは配慮しないといけない。
「分かった。僕たちは隠れているから、説得して」
「ありがとう」
城を出ると、素敵な街並みが現れる。
ピカピカの大きなガラス窓に真っ白で高い建物。かなりの文明だ。
「異世界で生まれた科学力。僕の国に欲しいな」
電気は魔法で生み出せるけど、それを機械で生み出すとは凄い。それを町で照らすという発想も凄い。
水道という概念も素晴らしい。
「呼ぶことができるなら、こっちから行くこともできるはずだ」
岡部さんは元の世界に戻りたがっている。
なら、戻る方法を探そう。
そして僕たちが岡部さんの世界に出向いてみよう。
きっと、面白いことになるぞ!
「皆! 聞いてくれ!」
岡部さんは城から出ると、勇者たちに声をかける。皆、いい服を着ている。母さんたちに似合いそうだ。
「どうした?」
続々と勇者が岡部さんに集まる。
「アトランティス皇帝は俺たちに嘘を吐いていた」
岡部さんは事情を説明した。
「そんなことが……」
副担任と呼ばれる女性はヘナヘナと崩れ落ちる。
あの人は話の分かる人だ。仲間に勧誘しよう。
「ジークって野郎は偉そうな奴だな! 気に入らねえ!」
男子学生と呼ばれる奴の一人が顔を歪める。
あいつは要らないな。
「待て! あいつはこの世界の王だ! 気に入る気に入らないなんて子供みたいな考え捨てろ!」
「民主主義じゃないわ! 野蛮な奴ら!」
女子学生と呼ばれる女も顔を歪める。
あいつも要らないな。
「民主主義じゃないとか訳の分からないこと言うな! あいつの仲間になれば必ず元の世界に戻れる! それだけの力を持ってる! だから滅多なことは口にするな!」
「それが気に入らない! なんで俺たちがペコペコしなきゃいけないんだ! 俺たちは勇者だぜ! ジークのほうがペコペコするべきだろ!」
凄い自信だ。僕に勝てると思ってる。
母さんたちはイライラして今にも飛び出しそうだ。
「いい加減にしろよクソガキ! ギフトでちょいと強くなったからって調子に乗るな! 世界の支配者になったつもりか!」
「お前のほうが調子に乗ってるよ!」
ドスンと男子生徒が岡部さんの腹を殴る! あの野郎! 僕の仲間になんてことを!
「ば、馬鹿野郎! 何しやがる!」
岡部さんはゴホゴホと膝をつく。
「俺たちは凄く強くなった! ジークって野郎もぶっ殺してやる!」
勝ち誇った顔で岡部さんに唾を吐く。
いい度胸だ。
殺してやろう。
「皆! 落ち着いて! 争いなんてダメ!」
副担任の女性が止めに入る。
良い人だ。
「美紀子さん。これは岡部が悪い」
担任と呼ばれる男性が美紀子さんを睨む。
「何を言っているの! 手を出したのはあなたたちよ!」
「俺たちは素晴らしい力を手に入れた。ならば相手が俺たちに敬意を払うのが当然。この世界は強い者が正義っていうなら猶更だ」
担任はにやりと笑う。相当な自信家だ。
「力に溺れてしまったのね! あなたたちのほうが野蛮よ!」
「美紀子さん、我がままを言わないで欲しい。俺のほうがあなたよりもずっと強い。死にたくないでしょう?」
ゴキゴキと指を鳴らす。他の奴らも大胆不敵に笑う。
「美紀子さんと岡部さん以外は要らないな」
答えが出たので、母さんたちと一緒に勇者たちの前に出た。
「なんだお前ら?」
担任は僕を見ると、忌々し気に睨む。
「僕がジーク。魔物の王だ」
「お前がジークか。聞いた通りいけ好かないガキだ!」
礼儀のなっていない奴だ。
「じ、ジーク! こいつらは予想以上に馬鹿だった!」
岡部さんはフラフラと立ち上がる。
「馬鹿って言うほうが馬鹿なんだよ!」
男子生徒が拳を固め、岡部さんの顔面に放つ。
その前に男子生徒の首を背後から手刀で切り落とす!
「……え!」
男子生徒の首がコロコロ転がるところを見て、勇者たちの顔色が変わる。
「み、見えなかった! いつの間にそこに!」
ガクガクとネズミのように震えてやがるが、もう遅い!
「お前たちは明確な敵意を持っている! 全員死ね!」
拳を構える。こいつら程度なら僕一人で皆殺しにできる!
「美紀子さん! ギフトを使え!」
担任が美紀子さんに向かって叫ぶ。
「で、でも!」
「あなたは俺たちを見殺しにするつもりか! ごちゃごちゃ言ってないで力を使え!」
「ああ! もう!」
美紀子さんが両手を組んで念じる。
すると勇者たちの気配が変わる。力が強まっているようだ。
「来たぞ来たぞ! 力が溢れてきた!」
勇者たちは力を貯め込むように、顔を伏せ、拳を握り込む。
「岡部さん。美紀子さんの力は何?」
背中で庇う岡部さんに秘密を聞く。
「美紀子の力は仲間たちの力を倍々にする能力だ。時間が経てば経つほどあいつらは強くなる」
「敵に回したら厄介な力だけど、味方にすればこの上なく頼もしい」
再度構える。今の段階なら殺せる。
「待てジーク! 俺が戦うからあいつらを最強にさせろ!」
バトル母さんが拳を鳴らして笑う。
「バトル母さん……そんな場合じゃないよ」
「俺は勇者と戦うのを楽しみにしてたんだ! ちょっとくらい良いだろ!」
拳がウズウズして納まらない。そんな感じだった。
「仕方ないな」
岡部さんを背負って母さんたちのところへ戻る。
「美紀子さんは殺さないでね」
「分かってる!」
バトル母さんは勇者たちの前に立ち、勇者たちが最強になるのを待つ。
「岡部さん。ちょっと実況してくれない?」
「わ、分かった」
岡部さんは息を整えると、状況を説明する。
「美紀子の力であいつらはどんどん力を増している。戦闘力は1万を超えた。ジークの戦闘力を大きく超えている」
「ショック! 僕一人だったら危なかった。ますます美紀子さんが欲しくなった!」
美紀子さんの力のおかげとはいえ、あんな奴らに抜かされるとは思わなかった。
凄くムカつくが、ここはこれから仲間になる美紀子さんが凄いと褒めておこう。
彼女が仲間になれば僕たちはもっと強くなる! 楽しみだ!
ビリビリと空気が振動を始める。勇者たちの力は今も増している。
そして、ピタリと空気の振動が収まると、勇者たちは不敵な笑みで顔を上げる。
「これでお前たちはお終いだ!」
薄っすらと勇者たちが金色のオーラを纏っているのが分かる。
「まずはお前からだ男女!」
「おう! 来い!」
勇者たちが一斉にバトル母さんに殴りかかる。
「ふん!」
バトル母さんが手を振ると、風圧で勇者たちは吹き飛んだ。
「な、なに!」
勇者たちは地面から立ち上がると、目を白黒させる。
「良い速さだ! まさかジークを越える奴が居るとは思わなかったぜ! こうなったら俺もちょっとは本気にならねえとな!」
バトル母さんは拳を握り込んで、力を開放する。
「はああああ!」
凄まじい突風が吹き荒れる。まるで嵐だ。
「せ、戦闘力が500万からさらに上がっている!」
岡部さんが絶句している。
「600万! 700万! 800万! まだ上がるってのか! 勇者たちの戦闘力は2万程度なのに!」
「バトル母さんは戦闘狂だからなぁ……楽しくなると周りが見えなくなるタイプだし」
落雷が勇者たちを襲う。僕たちまで落雷が襲ってくる。ジル母さんの無敵結界で無傷だけど、本当に周りが見えなくなってるな。
「あの馬鹿、世界を破滅させるつもりか?」
「結界が持ちそうにないのぅ……仕方ないから、ワシが結界を張り直してやろう」
ジル母さんとタマモ母さんがため息を吐く。
「ずああああ!」
ようやくバトル母さんの力の開放が終わった。
「き、鬼人!」
勇者たちはバトル母さんの姿を見て言葉を失う。
バトル母さんの肌は赤く、頭には真っ赤な角が生えている。
鬼の姿だ。
「戦闘力が50億! あれが真の姿か!」
岡部さんはガタガタ震える。
「あれはまだ仮の姿だよ。バトル母さんの本当の姿は、八本の腕を持った巨人だからね」
岡部さんの驚く姿が、少しだけ誇らしかった。
「さあ行くぜ! 楽しませてくれよ! 勇者ども!」
勇者たちがジーク君を超える力を一時的にしろ手に入れたことにもやっとする。でもそれは美紀子が強いから我慢。
あと僕個人として、最強を名乗るなら地球の一つ二つ輪切りにして欲しいと思ってます。




