魔物たちはジークにメロメロです~精霊女王もジークが好き
「つまり、ジークのために、人間の食料を作れと?」
ジルは古の森の中心にある超巨大な大木の頂上で精霊女王と対面する。
「そうだ。樹液や果実だけでは物足りない」
「贅沢な願いですね」
精霊女王は大きなため息を吐く。
彼女は古の森の管理者だ。本来なら人間であるジークなど追い出したいところだ。そこにジークのために食料を作れなど、眩暈がする案件だ。
「嫌とは言わんよな?」
「ワシらからの頼みじゃぞ?」
リムとタマモ、その他獣の魔物たちが一斉に牙を向ける。
精霊女王は胃が痛む思いだった。
「分かりました。特別に許可しましょう」
ここで争えば世界が終わる。精霊女王は彼女たちが本気だと十分理解していた。
「よろしいのですか」
「こやつらなど、私たちが射殺して差し上げます!」
精霊女王を護衛する精霊騎士団たちが一斉に弓を引く。精霊騎士団は人間でいう天使のような存在だ。一人一人が強力な力を持っている。
「よしなさい!」
ピシャリと叱りつけると、精霊騎士団は一斉に弓を下ろす。魔物たちも牙を収める。
「ジークの家の近くに梨やリンゴなど、食料を生えさせます。それで良いですね」
「ありがとう!」
ジルたちは自分の事のように大喜びだった。
精霊女王はそれを見て、失笑する。
「あなたたちがそれほど人間に入れ込むとは思いませんでした」
これは精霊女王の渾身の皮肉だった。
魔王ジルは人間を嫌っている。リムやタマモは人間を餌やおもちゃとしか思っていない。他の魔物も同じような感じ。手の平返しが凄まじいという意味だった。
「そうなんだ! 私も驚いた! だけど分かった! ジークは下等な人間と違う! この愛らしい姿を見てくれ!」
しかしジルに皮肉は通じなかった。リムやタマモにも、誰にも通じなかった。
「ジークは人間とは違うからの~きっと神様の子じゃ!」
「役立たずのロキもたまには役に立つの~ワシらがしっかり育てねばならん!」
ジルたちは目をキラキラさせるばかりか、感極まって涙を流す始末だった。
「そ、そうですか。良かったですね」
精霊女王は頬を引くつかせるしかなかった。
そしてジルは止まらない。
「どうだ? 抱っこしたいだろ? そうだろ? 分かるぞ! 特別に抱っこさせてやる!」
「えぇ~」
精霊女王はしどろもどろだった。しかし精霊騎士団が弓に指をかけると、目配せで止めさせた。
「えっと……どうしたら?」
精霊女王は腕の中のジークに困惑するばかりだ。
「ジークと名前を呼んで見てくれ! この子は賢いから分かってくれる!」
精霊女王は、はぁっと気乗りしない返事をして、ジークの真ん丸なお目目を見る。
「ジーク」
「エヘヘへ」
ジークは精霊女王の声に笑顔で答える。
「ジーク」
「キャハハハ」
精霊女王の表情が穏やかになる。
「ジーク、ジーク!」
「んま! んま!」
とびっきりの笑顔だった。精霊女王の記憶にない顔だった。
精霊女王が記憶する人間は、眉間にしわを寄せ、血に塗れ、雄たけびを上げて殺し合う鬼畜たちだった。
ジークは全く別の存在だった!
「可愛いだろ!」
精霊女王はジルに話しかけられて、ハッと顔を上げる。
「ん! まあ、野蛮な存在ではありませんね」
咳払い。少し顔が赤い。
そしてジルがジークを取り上げると、残念そうに眉をひそめる。
「機会があったら、ジークに会いに来てくれ。あと、その時までに名前を考えておいてくれ。ジークが喜ぶ」
ジルがジークを抱えて頂上から飛び降りると、リムとタマモもそれに続いた。
「失礼な奴らだ!」
「女王に名前など必要ない! 女王は女王なのだから!」
精霊騎士団はジルたちが去ると毒を吐き出す。
「ロキにラファエルと呼ばれたことがありましたね……ラファエルにしましょう」
一方、精霊女王は熱っぽいため息を出した。