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国家設立編~人々はすぐにジークが好きになる (勇者発見二日前)

 ジークがゴルドー国を侵略した。

 民たちは最初、絶望感に打ちひしがれた。

 今まで信じていた善人が魔物の王であった。自分たちの敵であった。

 悪夢のようだ。


 だが、それは二日目の朝に、急転する。


「ほ、本当に若返っている!」

 ゴルドー国の元大臣や臣下たちは、若返ったゴルドー、メリーと対面し、言葉を失う。

「ま、マリア様! 目が見えるようになったのですか!」

 ゴルドー国の城付きメイドたちは、盲目であったマリアが目を開いていることに驚愕する。


「ゴルドーにメリーにマリアは僕の大切な臣下だからね!」

 玉座に座るジークは両側に控えさせるゴルドーたちに笑いかける。

 ゴルドーは誇らしげに頭を下げる。


「皆の者、俺の話を聞いてくれ」

 ゴルドーは自信満々な口調で元部下たちに言う。


「俺を見ての通り、ジーク様は俺たちを殺しに来たのではない。俺たちを助けに来たんだ」

「そ、それはいったいどういうことでしょう?」

 元大臣はジークの顔色を恐る恐る伺いながら、ゴルドーたちに訊ねる。

「我が国、我らが大陸は害虫による大飢饉とそれによる大恐慌で死に瀕していた。一部の人間が私腹を肥やし、大勢の人間が不幸になった。俺自身、情けないが、見ていることしかできなかった」

 ゴルドーは苦悶の表情で歯ぎしりする。その様子は部下たちの心に突き刺さる。


 彼ら自身、どんなことをしても、良くならない経済状況や食糧事情に歯ぎしりしていた。

 ボッタ商会といった悪党の増長を止めることができなかったことを恥じていた。


「思い出してほしい。ジーク様は俺たちが何もできないでいるなら、民に食事を与えた。これは我が国を助けるための慈善活動に他ならない」

 これに関しては部下たちは肯定するしかない。

 腹の内は分からないが、民に食事を配り、結果、大勢を救った結果は変わらない。これを否定するのは現実を見ていない愚か者にしかできない。


「ジーク様は俺たちを助けてくれた。だが食事を配るだけでは足りなかった。大陸全土が、未曽有の危機に瀕していた。いくら民に食事を配っても、他国が死に瀕していれば、状況は変わらない。それを見かねたジーク様は、我らを助けるために、あの夜現れた!」

「た、助けるためですか?」

 元大臣は信じられないといった口調で、皆の心を代弁する。


 助けるためなら、なぜ攻め込んだ?


 するとメリーが美しく若返った顔で困ったような、まるで自分たちに100%の非があると言いたげな顔をする。


「私たちは魔物に強い偏見を持っています。下等で知能の無い野蛮な生物と思い込んでいます。たとえジーク様が素直に会いに来たとしても、私たちはジーク様に大変失礼なことをしていたでしょう。だから、ジーク様はそんなことが無いように、制圧という形で対話のテーブルにつかせたのです」

 メリーは情けないと涙をハンカチで拭く。その様子はジークに心酔していると誰でも分かった。


「……魅了されている?」

 部下たちはゴルドーたちの言い分が理解できなかった。

 攻め込まれたのは、自分たちが悪いと言われれば納得できなくて当然だ。

 そんな当然なことを、ゴルドーたちは間違っていると言う。

 洗脳されていると思われても仕方がない。


「僕はね、君たちと仲良くしたいんだ」

 ジークは元大臣たちに笑いかける。

「びっくりさせたのは謝る! だから謝罪の形として、奇跡を受け取って欲しい!」

突如、ブラッドの影が一同を包む。

「なんだこれは!」

 人々は恐れ、悲鳴を上げる。


 しかし、それは一瞬だった。瞬きの間に終わっていた。


 そして、影が引くと、ゴルドーたちと同じく若返った。

 マリアと同じく、古傷も生まれ持った障害も何もない、綺麗な体へ変貌していた!


「あ……あ!」

 元大臣の胸が、力強く鼓動する。

 それは、久しく忘れていた、若者にありがちな全能感だった。昔々に夢を熱く語った情熱だった。


 歳を取ると、体が重くなる。そして何度も思う。

 若い時、もっと勉強していたら!

 若い時、もっと頑張っていたら!

 今の生活はずっと良くなっていたはずなのに!


 あの時に戻りたい。でも戻れない。自然の摂理だ。だからこそ諦めていた。


 なぜか都合よくある巨大な鏡を見る。


 若い。


 諦めていたのに、戻れた!

 人生をやり直せる!


 心から納得できた。


「もしも僕と仲良くしたくないなら、残念だけど、それは返してもらうよ。嫌いな奴の贈り物を貰っても嫌なだけだよね?」

 ジークは平然と、美しい笑顔で、恐ろしいことを言う。


 それはつまり、体をガンに侵された患者に、「治したけど、元に戻りたい?」と言うのと同じことだった。


「ジーク様! それは余りにも惨い!」

 元大臣、名をブレダというのだが、ブレダは血相を変えて叫ぶ。

 それは周りの人間も同じだった。


「でも、皆は僕たちのことを嫌ってるみたいだし」

 ジークは悲しくため息を吐く。先ほどまで陽気だったのに、この落ち込みよう。

 千の顔を持っているのか? それほどまでの変わりようだった。


「そんなことはありません! ただ驚いただけです!」

 ブレダと一同は挙って弁解する。

 彼らはジークに逆らうことができなくなった。

 死よりも恐ろしい、老いや病魔を、また味わうなど地獄に等しい!


「そっか! じゃあ仲直りの記念にパーティーをしよう!」

 ジークは玉座から立ち上がると、ニコニコとロクサーヌたちに命じる。

 ロクサーヌたちはすぐにテーブルと食事、酒を持ってくる。

 数分で立食パーティーの場が出来上がった。


「今日はかたっ苦しいのは止めだよ! 皆、同じ十代なんだから!」

 ジークが笑うと、人々は吸い寄せられるように鏡を見る。

 何度見ても、そこには若返った自分が居る。

 手のひらに力を込めると、グラスなど簡単に握りつぶせる握力がある。


 拳を握りしめるのがこんなにも気持ちよかったとは。


 ブレダの頭は煮えたぎる。正常な判断ができないほど、今まで忘れていた燃え滾る情熱に支配される。


「この力があれば……世界を正せる!」

 ブレダは心の奥底に封じ込めた夢を思い出す。


 ブレダは、不正が許せなかった。飢える民を助けたかった。差別のない国が作りたかった。若者が夢見る、理想の国を作りたかった。

 だから大臣まで上り詰めた。


 しかし、夢は老いと現実に打ちひしがれる。

 いつしか、仕方がない。その言葉が口癖となった。


 ああ、確かに、仕方がないことはある。

 でも、それは、何もできない自分を慰めるだけの口実ではないか?


「ブレダさん? どうしたの? もう皆お酒を飲んでるよ?」

 ブレダはハッと我に返る。気づくとジークが傍に居た。周りを見渡すと、若返った騎士団長が皿を食う勢いでサンドイッチやローストビーフを口に詰め込んでいた。


「で、では」

 ブレダは夢心地のまま、ワインを一口、飲み込む。

 目を見開く!


「お、美味しい!」

 さらにテーブルにある一口サイズのサンドイッチを頬張る。

 美味しい!


 歳を取ってから、アルコールが不味くなった。

 食事が喉に詰まるようになってから、食事が苦痛になった。食欲など忘れていた。


 今はどうだ? 食べれば食べるほどお腹が空く! 安物のワインだろうと、ハムとチーズしかない素朴なサンドイッチだろうと食べたい! 硬いものだってかみ砕いて見せる! 喉に詰まっても強引に飲み込める! 楽しい!


 ブレダは手が止まらなかった。食欲が満たされる。アルコールが美味しいと感じる。


 なんて素晴らしい充実感! 夢のようだ!


「おいおい! 喉を詰まらせるなよ」

 一心不乱に食べるブレダに、ゴルドーが笑いかける。ゴルドーは骨付き肉を片手に、ワイルドに食べ歩いていた。


「す、すみません」

 ブレダはワインとともにサンドイッチやローストビーフ、パン、サラダを腹に押し込む。

 ゴルドーはそれを微笑ましく見ると、周りを見渡して、こう呟く。


「奇跡だな」

 ブレダはゴルドーの視線を追う。


「火傷の跡が! ありがとうございます!」

 あちらでは手に酷い火傷を負ったメイドや、過去の出来事で酷い傷跡を背中に付けたメイドが、ブラッドの前で感激している。

 彼女たちは傷物では無くなった。


「すげえ! 今なら竜にも勝てる!」

 あちらでは若返った騎士団長が、逞しい二の腕と力こぶを作っている。

 過去に、腕の腱を切られて再起不能となった。不本意ながらも、騎士団長となって、皆を指導し、纏める立場となった。

 それはもう過去の話! 今は現役だ!


「美味しいわ!」

 あちらでは若返ったメイド長がケーキに夢中になっている。

 少しずつ、舌が馬鹿になっていった。それは老いに関係している。何を食べても、楽しくない。

 今は楽しい!


「奇跡ですね」

 ブレダはゴルドーの意見に同意した。


 皆、すでに、ジークに心を許していた。侵略されたが、何か、ただならぬ理由があったのでは? そうやってジークを弁護する心構えになっていた。




「皆の夢が聞きたいな!」

 突然、ジークは玉座に座った状態で大きく言う。


「夢ですか?」

 ブレダたちは迷う。

 言って、笑われないか? そんな他愛のない心配だった。


「語って見ろ。ジーク様は、俺たちを絶対に笑わない」

 ゴルドーは自信を持った表情で笑う。


 それでも一同は迷う。

 恥ずかしいだけだった。


「僕の夢は母さんたちに恩返しすることだ」

 ジークは一同が戸惑う中、唐突に呟く。

 すると、会場は水を打ったように静まり返る。


「お母さんに、恩返しですか?」

 ブレダは聞き返す。


「そうだよ」

 ジークはそれに答えて、己の過去を静かに語る。

 皆、息を飲んで、静聴した。


「とても、立派な夢ですね」

 ブレダは本心から同意した。

 周りも頷く。ゴルドーとメリー、マリアなど泣いている。ユーフェミアは感激と悲しみで大粒の涙を流している。給仕係であるはずのロクサーヌたちまで泣いている。青子、ブラッド、ベル、青子、ジルも大泣きしている。


 周りの涙で、ブレダの目じりにも自然と涙が浮かぶ。


「私の夢ですが」

 ブレダは、ジークが語ったからこそ、語りたくなった。


「私は理想の国を作りたい。誰も傷つかず、差別のない国を作りたい」

 ブレダは胸の内に押し込めていた夢を語る。

 語りだすと止まらない。数十年貯め込んだ不満や悲しみ、怒り、すべてを吐き出す。


 ジークはそれを黙って聞く。

 時に微笑み、時に相槌を打ち、時に悲しい顔をする。


「す、すいません」

 ブレダは1時間も語ってしまった。こんなに話したのは初めてだ。そして、みっともなく思う。


「辛かったんだね」

 しかし、ジークは嫌な顔せず、ブレダの前に立つ。


「僕と一緒に、理想の国を作ろう」

 握手をすると、ブレダの心は晴れやかな青空のようにスッキリした。


「あ、ありがとうございます」

 ブレダは心から震えた。


 辛かった! 分かってくれた! 数十年の苦しみを理解してくれた!

 なんて素晴らしい、理想の王なんだ!


「私の夢は人々を豊かにすることです!」

 今度は元経済大臣が語る。


 それから、数時間、数十時間と長い時間、全員が思う存分に夢を語った。皆、時間を忘れていた。ジークに、己の夢を聞いて欲しかったから。


「凄い! 僕と一緒に頑張ろう!」

 ジークは文句の一つも言わず、むしろ楽しそうに聞いてくれた。

 それがとても嬉しかった!


「時間はたっぷりある! ジル母さんが発明した時を遅らせる時計があるからね」

 ブレダが時間を心配すると、ジークは笑顔で、凄まじいことを言った。

 だが、皆は疑問に思わなかった。

 そんな奇跡は出来て当然。なぜなら、自分たちよりもはるかに強い、神だから。


 だからこそ、ありったけの思いを込めて、夢を語った。


「やっぱり、皆と仲良くしたいな」

 全員が語り終えると、ジークは儚げな微笑みを浮かべる。


「私も同じです。あなたのお傍に居たい」

 ゴルドーはジークの前に跪くと、手の甲にキスをする。

「あなたは力がある。ですが、残念ながら知識がない。ならば私の知恵をお使いください。そしてこの世界を正してください」

 ゴルドーは、国王という立場を忘れて、一人の男として、一人の忠臣として、再度跪いた。


「ありがとう」

 ジークが微笑むと、ゴルドーは感動したように涙を堪えて、離れる。


「ジーク様! 恐れながらも、私に力を与えてください」

 ブレダが前に出て、跪く。

「私には夢を叶える力がない。ですがあなたにはある! ならば私が思う理想の国を作る機会を与えてください! そのためならば、私はあなたに命を捧げます! どうか、差別なき平和な国をお作りください!」

 ブレダは熱く語る。殺されても良い! そんな覚悟で言った。


「君の理想は僕の理想だ。こちらこそ、力を貸してください」

 ジークがブレダの手を取ると、ブレダは感動に胸を焼かれながら、手の甲にキスをした。


 それからは、分かり切ったことだった。


 一人一人、皆は前に出て、ジークに忠誠を誓った。




 一同はパーティーが終わって外に出る。三日ほど話し込んだはずなのに、一時間ほどしか経っていなかった。

「ジーク様に演説してもらおう! その準備をするぞ!」

 ゴルドーが号令をかけると、ブレダたちは頷いて、一目散に走った。


「ど、どうしたの?」

 若返った、元気になったメイドたちが慌ただしく走っているところを見て、唯一パーティーに参加しなかった第一王女のコーネリアが聞く。そしてジークが演説すると聞いて、舌打ちする。

 それを見たメイド長は真っ青な顔をする。


「コーネリア様! ジーク様はとても素晴らしい方です! あの方ほど私たちを理解している人はいません!」

 若返ったメイド長はコーネリアに、いかにジークが素晴らしい王か力説する。

 理解力があり、人の話を聞き、何より平和を望む。

 これが理想の王でなくて何が理想か?


「あいつは私たちの国に攻め込んだ! ただの侵略者よ!」

 コーネリアは厳しくメイドたちを非難する。

 するとメイドたちはコーネリアを取り囲み、睨みつける。


「コーネリア様? いえ! コーネリア! いい加減に現実を見なさい!」

「あなたは悪いところばかり見て、良いところはちっとも見ない! まるで捻くれた子供です!」

「確かに攻め込んだかもしれません! しかし、私たちを若返らせ、病魔も無くしてくれた! この事実はどうするのですか!」

 メイドたちの剣幕は凄まじい。コーネリアに殴りかかりそうな勢いだ。


「あ、あなたたち……」

 コーネリアは言葉を失い、後ずさる。


「あなたたちはあの男に魅了されているだけ! 目を覚まして!」

「馬鹿な女ですね。頭が良いと思っていましたが、どうやら勉強ができるだけの役立たずだったようですね」

 メイド長が吐き捨てると、メイドたちも軽蔑の視線でコーネリアから離れる。


「何なのよ……なんで皆、あいつが好きなの?」


 コーネリアは一人ぼっちで、涙を流した。

どのように人々がジークに夢中になるか書きたかった。


本来はロクサーヌたちが仲間になる町作り編やユーフェミアがジークに恋する商売編でも書くべきだった。

だけどストーリーを優先したことと、経験不足で書けなかった。というか忘れていた。

昔の話は、番外編で描写しよう。


なお、この話はコーネリアがどうなるかが終点となります。それが終わったら勇者です。

彼女がどうなるか、お付き合いいただきましたら嬉しいです。そしてもしも楽しんでいただけたら、作者として本当に嬉しい限りです。

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