商売編~王女はジークに恋をする
商売を初めて一月が経った。この頃になると、人々は魔物に慣れてきた。
アンデットはもちろん、外見の恐ろしいムカデ人やバッタ人を見ても気にしない。むしろ良き商売相手と考えるようになった。
その特色が飯屋の多さだ。
通りを散歩すれば、パン屋、菓子屋、肉料理屋、野菜料理屋など様々な店が百軒は並んでいる。どれもこれも、魔物が美味しいと感じる味に仕上がっている。
特に魔物は甘いものに飢えているため、クリームたっぷりのケーキやクレープが大人気だ。
今もすれ違う猫人が、美味しそうにペロペロとクレープのクリームを舐めていた。
甘味ソースのステーキや野菜サラダも人気だ。店のテラスでバッタ人とアラクネがバリバリと食べている。
魔物が食べやすいように、専用のフォークやスプーンを作ったのも、素晴らしい気遣いだ。
「随分と賑やかになったな……」
簡単な変装をして町を歩いていると、一月前と見違えるほど賑やかになった町並みに驚愕する。
人々は最初、魔物を怖がった。だから町に来ることをためらった。
来たのは素材を求める偏屈な職人や商魂逞しい商人だけだった。
その時、僕は別段気にしなかった。人々が怖がるのは当たり前だと思っていた。一年くらい、ゆっくりと時間をかけて、魔物に慣れてくれれば良いと思った。
ところが、人々は予想以上に早く魔物と仲良くなった。
どうも町を出入りする商人や職人がべた褒めしたらしい。さらに教会の責任者であるアレクシアが魔物の素晴らしさを説いて回った。
また教会で保護する孤児たちが楽しそうに町の魅力を伝えた。子供の笑顔は大人を安心させる効果がある。
そういった相乗効果の成果か、三週間も経つと、移民希望者が数千倍に増えた。それまでは日に数人、出稼ぎに訪れるくらいだったのに。
それから一週間はとても大変だった。魔物と仲良くできるか、一人一人審査しなくてはならなかった。ロクサーヌたちはもちろん、ジル母さんたち総勢1000人の魔物まで審査に加わった。
「なんで人間に恐怖を与える私たちがこんなことを?」
ジル母さんたちはげっそりしながらも、丁寧に審査してくれた。
人々は、恐ろしい魔王ジルや九尾を前にしても、恐れること無く、町に行きたいと訴えた。
ちなみに僕は僕で大忙しだった。
魔物たちに通貨を教える必要があった。
魔物たちはお金を使ったことがない。また弱肉強食の世界だから、お金を使って物を買うという当たり前の考えが理解できなかった。
「僕からの命令! お店の物はお金で買うこと!」
仕方がなかったため、王の特権を使用し、お金を使うことを強制した。
ただ、そこで苦労が終わればよかった。
通貨の使い方を教えたのだから、今度は給料を与えないといけなくなった。
古の森に住む魔物の数は数十兆、人間の言葉が理解できる魔物なら数百億体。
銀行に預ける500億ゴールドなど消し飛ぶ規模だった。
とても払いきれる規模ではなかったため、人間たちに、魔物たちに仕事を与えるようにお願いした。
最初は渋ったけど、魔物たちが一生懸命仕事をする姿を見たら、考えを改めてくれた。
また魔物たちも人間を相手に商売をするように指導した。
分かりやすいのは素材の売買だ。アラクネが作る糸は丈夫で水もはじくから、家や命綱、衣服に最適だ。
鳥人たちの羽は羽毛布団として人気がある。
少しずつ、魔物たちは変わっていく。人間と一緒に変わっていく。
それでもすべて解決した訳ではない。魔物のほうが人間よりも多い。
結果、経済格差のような物が生まれてしまった。
僕の町は、数百億の魔物を支えるには小さかった。
「もっと町を大きくしないと……いっそのこと、国家を立ち上げて、他国と貿易するか? 外の世界に住むエルフやゴブリンにも声をかけるか?」
悩みは尽きない。解決したと思ったら、違う問題が出て来る。
でも、何とかなる。
皆、笑っているから。
お昼休憩になったので適当にカフェに入ってパスタを頼む。するとカフェの奥で女の子に囲まれるヤタを見つけた。
「お前の今日の運勢は晴れだ。良いことがある」
ヤタは女の子の姿で、氷菓子を美味しそうに食べている。女の子たちもチョコレートやケーキなど思い思いのお菓子を食べている。身なりからすると貴族か商人の娘? まさかそのような人まで来るとは思わなかった。
「本当ですか! あの、どんなことが?」
「すぐに分かる」
ヤタはどうやら女の子たちの未来を予知しているようだ。未来予知を気軽に使っていいのか? と思ったけど、楽しそうだから見守る。
そうやって眺めていると、注文したクリームパスタが来る。紅茶と一緒に食べると、美味しさは倍増だ。
「私のことを占ってください」
それにしてもヤタの人気は凄い。女の子は占い好きなのか? 三十人は超えているんじゃないか?
「魔物たちも少しずつ人間に関心を持ち始めた」
通りに目を移す。薬屋の前ではスクがフェニックスの力を利用して、病人を治している。
「咳が収まった!」
子供の咳が収まると、両親は何度もスクに頭を下げる。
「結核の初期症状だ。感染症だから、ヴァネッサから予防薬を貰っておけ」
スクはニヒルに笑うと次の患者を治していく。
「あっちじゃ白鳥の遊園飛行か」
白鳥人のハクが百羽の白鳥で、空に見事な円を描く。
「素晴らしい!」
客は主に労働が終わった農民や職人だ。通行人も足を止めて見とれている。
「魔物でも、褒められるのは嬉しい」
思い返すと、魔物は他人を褒めることがほとんどない。好奇心が薄く、他者に関心を持たないからだ。僕は良く褒められたけど。
「どうも」
ハクは綺麗な顔で客に微笑む。さらに観客が集まる。
「そろそろ仕事に行こう!」
食べ終わったので店を出る。充実した昼だった。
「しかし、ジーク商会は大丈夫かな?」
急いでケートに向かう。
ジーク商会の運営は基本、ジェーンとエミリアに任せている。補佐は熟練の商人が100人体制で担当している。
最近、商売が順調すぎて、注文が殺到している。100人体制でもさばき切れなくなったと報告があった。
人員を増やすか取引を制限するか。いずれにしろ、会議を行う必要がある。
「きゃ!」
そうやって急いでゲートに入ると、女の子とぶつかってしまった!
「大丈夫?」
倒れた女の子の手を取って様子を見る。服装こそ庶民的だけど、愛らしい女の子だ。
「だ、大丈夫です」
女の子はゆっくりと顔を上げる。目が合うと、なぜか固まる。
「あなたは、ジーク様ですか?」
「そうだけど?」
肯定すると再び固まる。どうしたんだ?
「ごめん! 僕は急いでるから!」
約束の時間が迫ってきたため、女の子を置いてジーク商会へ走る。大丈夫そうだったから良いだろう。
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「やっと……ジーク様に会えた」
娘はジークが走り去っても、ぼんやりしたままだった。
昼の終わりを告げる鐘がなると、やっと我に返る。
「いけない! 戻らないと!」
娘はスカートを摘まみ上げると、急いで大通りを走り抜ける。
そして、ゴルドー国の城の前で止まる。
「ユーフェミア様! どうされたのですか!」
兵士は息を切らせて、胸を押さえるユーフェミアに駆け寄る。
「あ、開けてください」
ユーフェミアはそれだけ言うと、急いで門を潜った。
「ユーフェミア? また町へ行っていたの?」
「お姉さま!」
ユーフェミアは第一王女のコーネリアに叱られて固まる。
「またジークとかいうペテン師を探していたのね」
コーネリアの目が険しくなっていく。
「ペテン師だなんて……あの方はとても良い人です」
ユーフェミアはコーネリアの目から逃れるように視線を床に向ける。
「精霊教会のシスターを惑わせて、楽園を作ったと嘘を吐き、民衆の人気を得る。ペテン師以外あり得ないわ」
コーネリアは厳しく言うと、ため息を吐く。
「あなたはゴルドー国の第三王女んだから、節度を持った行動をしなさい」
コーネリアは踵を返して、ユーフェミアの前から消えた。
「……ジーク様はとても素敵な方でした」
第三王女ユーフェミアは静かに窓の外に広がる青空を見上げる。
その瞳は、恋する乙女であった。
少しずつ国家が注目してきた




