商売編~ジーク商会設立
ゴルドー国を裏から支配する連合会は、元々は商人たちが団結する商人ギルドである。
商人ギルドの目的は、団結することで損を小さくすることである。
例えば、1000万ゴールドを一人で負担すると、失敗した際のリスクはまるまる1000万ゴールドとなる。
しかし、10人で1000万ゴールドだと、失敗しても100万ゴールドとなる。
そうすると多少リスクが高くても、手を出しやすくなる。
団結することで、損を小さくする。その分、より大きな仕事を手に入れる。
昔からの商人の知恵である。
話を連合会へ戻す。
ゴルドー国の商人ギルドは、連合会になる前から、延べ1000人の商人が加盟する大ギルドだった。
ゴルドー国が交易に力を入れるため、自然と商人が集まったのだ。
商人が集まるのは良いことだ。それが商人ギルドの目的だからだ。
だがいつしかその目的は一部の人間の腹を満たすことに変わった。
切っ掛けは、大飢饉による大恐慌だった。
大恐慌と大飢饉をゴルドー国の商人ギルドは団結によって耐えた。それどころか、大飢饉をいち早く察知し、食料や畜産の買い付けなどを真っ先に行った。また損をすると予測した仕事からはサッパリと手を引いた。
そういった手腕の良さで、商人ギルドは利益を上げた。
さらにゴルドー国へ資金を援助することで、地盤を確立した。
しかし、そうなると、こう考える者がいる。
「俺のおかげでここまでギルドを大きくできた。ならば俺に利益を寄こすべきだ」
ボッタ商会のボッタであった。
ボッタは元々大地主だったが、金を得るために商人となった。結果、ゴルドー国の商人ギルドの中で一番金を持っていた。
だから大恐慌の時も圧倒的な資金で商人ギルドを支えることができた。元々の商才もあるだろう。
そうなると、商人ギルド内の地位が爆発的に上がる。
ひと月もすると、商人たちはボッタの顔色を伺うだけのイエスマンと化していた。
それがボッタを大様気分にさせる。
「誰も俺に逆らえない!」
それからのボッタは暴走としか言えない行為を数々と行う。その中の一つが職人の奴隷化だ。
職人を借金で縛り付けることで、逆らえないようにした。
そんなことをされると、他の商人が困る。職人から品物が買えなくなるからだ。
しかし誰も逆らえない。
いつしかボッタは機嫌よく、連合会と名称を変更した。
皆で力を合わせて頑張るという意味だが、本質は、皆で俺に奉仕せよ、だった。
今日もボッタは己の屋敷に五人の娼婦を呼んで、盃を傾ける。
「げふ!」
高級ワインをガブガブと一気飲みすると、下品なゲップをかます。
「良い飲みっぷり!」
娼婦たちはボッタをパチパチとヨイショする。
「そうかそうか!」
ボッタは二重あごでしわだらけの顔を歪ませる。
「ボッタ様はどうやってたくさんのお金を稼いだの!」
きゃぴきゃぴと若い娼婦が問う。
「聞きたいか! 仕方のない! 俺はなぁ……」
そこから大演説が始まる。娼婦たちはその間にどんどん酒を飲ませる。
三十分もすれば、ボッタは深い眠りについていた。
「最悪! 耳が腐りそう!」
娼婦たちはボッタが眠ると身支度を済ませる。
「良いじゃない! ああすれば夜の相手をしなくて済むんだから」
娼婦たちはボッタを馬鹿にするように笑った。
朝、ボッタはご機嫌に馬車に乗って出勤する。
「あの女たちの様子はどうだった?」
馬車を走らせる付き人に聞く。
「旦那様が恋しいと泣いていました。他の男に抱かれたくないと」
付き人は愛想笑いで返す。
「そうかそうか! だがアバズレに用はない! 俺はいずれ王になる男だからな!」
ボッタはゲハハと笑うが、付き人は愛想笑いしかしない。
「良いか! 人間ってのは俺のように優れた奴と馬鹿しか居ない!」
また始まった。付き人はうんざりする。
「ほら! あの路上で項垂れる男を見ろ! 負け犬になったのに無様に生きている! 何も考えずに生きてきたからああなる! 俺はその点、一歩も二歩も考えて生きてきた!」
付き人は、そうですね、と相槌を打つだけだった。
それでもボッタは、独り言を自慢げに話し続けた。
「旦那様!」
「俺が成功したのは……なんだ?」
ボッタは付き人に話を遮られると、不機嫌に睨む。
付き人の視線の先は、ボッタの職場、連合会であった。
その前は人だかりで溢れていた。
「あいつらは職人どもか?」
ボッタはのさのさとデカい腹を揺らして馬車から下りる。
「お前ら! 何の用があってここに居る! 邪魔だから退け!」
ボッタは杖を振って人山をかき分ける。
「あんたに借金を返しに来たのさ」
労働組合代表のオードリーが前に立つ。
「借金? 馬鹿な! いくらか知っているのか!」
「知ってるわ! さあ! 受け取りな!」
オードリーはドスンと札束の詰まった箱を置く。
ボッタは目をパチパチさせる。
「私だけじゃないよ! 皆!」
「おう!」
ボッタの前に続々と札束の詰まった箱が山積みされる。
「な、な! なんだこれは!」
「僕が彼らの借金を肩代わりしたんです」
ジークが笑みとともに前に出る。
「お、お前はあの偽善者か!」
ボッタは真っ赤な顔をしてジークに杖を向ける。ジークは人を食った笑顔で肩をすくめる。
「偽善者ですからね。この人たちを放っておけなくて」
ボッタは突然の状況で声も出ない。さらにジークは続ける。
「あと、今日から連合会の代表となりました。よろしくお願いします」
「だ、代表! 馬鹿な! 俺のギルドだぞ!」
「昨日までは。先ほど、代表選挙を行って当選しました」
「代表選挙?」
「ギルドの代表は、ギルドの役員たちが決める。知ってるでしょ?」
ボッタはジークの後ろに立つ男たちを見る。連合会の役人たちだ。全員、ボッタから目を逸らしている。
裏切ったのだ。
「本日から連合会はジーク商会と名を改めます。やることは商人ギルドと同じですからご安心を」
ジークは悪びれもせず笑い続ける。
「きさま! きさま!」
ブルブルとボッタは震える。
「では初仕事として、ボッタ商会の代表者であるボッタさん。あなたをギルドから永久追放します。これは他国の商人ギルドにも報告させていただきます」
「何だと!」
「連合会はあなたの暴走で多くの人に多大な迷惑をかけた。あなたにはその責任を取る義務がある」
ガタガタと札束の詰まった箱が連合会改めジーク商会へ運ばれる。
「待て! それは俺の金だ!」
ボッタは顔を風船が破裂したかのように叫び続ける。
「あなたには多数の損害賠償が請求されている。だから僕が責任を持って差し押さえます。もちろん、あなたの屋敷も差し押さえますから、明日までに出て行ってください。荷物も差し押さえの対象となりますので、体一つで町を出て行ってください」
ジークはニッコリと処刑宣言を下した。
ボッタは体を震わせながら俯く。
「ふざけんなこのクソガキが!」
仕込み杖の剣を抜き、ジークに襲い掛かる。
「馬鹿が!」
ジークは危なげなく避けると、ボッタの顔面に拳を叩き込んだ。
「がは……」
ボッタはそのまま、動かなくなった。
「剣を抜かずに、心を入れ替えて謝れば、死なずに済んだのに」
ジークは嫌なため息を吐く。
「これでようやく、商売ができる」
ジークは疲れ切ったため息を吐くと、欠伸とともに、皆に笑いかける。
「さあ! 商売をしよう!」
皆、ジークに拍手をして歓迎した。
この章は反省点多い。
特にここ2話が暗くなってしまったのが悔やまれる。
本来ならどんな状況でもジークはイチャイチャ甘々が基本だったのに、ここ2話はそれも無かった。
やることはやったので、次からしばらくほのぼのを徹底したい。




