商売編~ジーク、経済支配の前夜を祝う
アレクシアを我が手にし、善人である証明を得た。
もはやゴルドー国の民は僕を疑わない。
あとは労働組合代表のオードリーを通じて、職人から連合会の呪縛を解くだけ。
「もちろん、解くだけではダメ。僕が職人を支配する」
正直、商売をすると言いつつ、利益は全く無かった。やったことは貧しい人々に飯と薬を与えただけ。
なぜか? そもそもゴルドー国が素寒貧だったから、金を持っている奴が居なかった。おかげで商売をする相手が居なかった。
唯一持っているのは連合会だったが、あいつらでは話にならない。
僕たちの町を売り込んだところであいつらは金を出し渋る。それどころか奴らは僕からどうやって素材をむしり取ろうか考える。
だから発想を変える。
連合会に成り代わり、職人の借金を肩代わりする。そうすれば職人が手に入る。その技術と僕の資本を元に商売をすれば、いくらでも元は取れる。
そのために、貧しい人々を救い、教会を救った。すべては職人が疑問の余地なく僕の傘下に入ろうと思わせるため。
機は熟した。
「しかし、商売こそ上手く行かなかったが、当初の目的である職人と労働力を得ることができた。成果は百点満点中二百点満点。もうゴルドー国には用はない」
そもそも商売は僕の町に職人や人々を呼び込むためだ。
公言していないが、シスターであるアレクシアは僕の女となった。結果、彼女はとても熱心に僕を宣伝してくれた。だからゴルドー国の精霊教会の信徒は僕を信頼している。
魔物とのコミュニケーションが課題だが、宗教という後ろ盾を得た今なら大丈夫。時間をかければ、魔物への恐怖を無くすことができる。そうなれば、1万人の労働者を町へ迎えることができる。
そして町に技術を呼び込む職人も手に入る。
夢はもはや無限大だ。
他国に売っても良し。古の森の魔物たちが使っても良し。自分たちで使っても良し。
値段設定や損得問題など、細かい問題はいくつもある。だがそれは蚊に刺されるような粗末な問題だ。ロクサーヌ、ジェーン、エミリア、オードリーらに任せれば勝手に解決する。
「ゴルドー国は良くやってくれた」
自室で一人、ほくそ笑む。どうしても笑ってしまう。
ジェーンの言った通り、僕は初めから勝っていた。だからこの結果は当然だった。
だけど、ゴルドー国の頑張りも認めなくてはならない。
彼らが頑張ったからこそ、僕は美味しいところだけかすめ取れるのだから。
「表彰状を上げるか? それともお金かな? お金だな。あと1年は存続してもらわないと」
魔物に慣れていない労働者を町に迎え入れることはできない。母さんたちの承認も必要だ。そうなると、1年はゴルドー国でコツコツと暮らしてもらわないといけない。1年して、魔物に慣れたらこっちへ移住してもらう。
うん! なんてゴルドー国は良い国なんだ! 連合会を叩き潰したら、十億ゴールド寄付しても良い。彼らはそれくらい頑張ったのだし、これからも、頑張るのだから。
「ジーク様、悪いお顔ですよ」
びっくりして目が覚める!
扉の前でジェーンが笑っていた。
「ノックぐらいしてくれ!」
「しましたよ。ですが返事が無くて。そろそろ時間ですので、無礼と思いつつ、お邪魔しました」
悪徳商人のように、変な夢に囚われていたらしい。反省反省。
今日やるべきことをやらないと、明日など来ない。
「出発しよう。手筈はすべてジェーンたちに任せていたけど、大丈夫だったかい? もしも困ったことがあったら日を伸ばしても良いよ?」
新調した上着をジェーンに着せてもらう。ちょっと窮屈で気取ってるけど、仕方ない。
「私、エミリア、ヴァネッサ、アレクシアで頑張りました。職人たちはもはや蜘蛛の巣にかかった蝶です。そして連合会はカラカラに乾いたミイラとなります。ただ最後の一手だけ、ジーク様のお手をお借りしたいです」
ジェーンはこれからの手順を示した書類を渡す。
「ふむふむ。オリハルコン鉱石にメタルスライムの素材、アラクネの糸、吸血鬼の血涙、古の森の樹液に生皮に枝、その他もろもろ。どれも簡単に手に入るし、青子に飲み込ませれば1トンくらい簡単に運べる」
一通り目を通した後、顔を上げてジェーンを見る。
「イメージできた。ありがとう」
「ありがたきお言葉です」
僕とジェーンは用事を済ませた後、労働組合代表のオードリーと職人たちが待つ高級酒場へ向かった。
高級酒場、ミッドナイトは貸し切りだった。中は異様な雰囲気だった。
全員、高級酒場に相応しくない服装だ。
刀鍛冶の分厚い作業着、レンガ造りの分厚い作業着など、全員が職人と分かる風貌であった。
そんな中、紅一点で茶髪にそばかすのオードリーだけ、安物のドレスであった。
「こんな場所で話があるなんて、ジークって人は人助けが趣味のわりに金遣いが荒いのね」
オードリーは職人百人がすっぽりと収まるパーティー会場の広さと豪華さに呆れる。骨董品はもちろん、壁紙すら高級で、変に触ることができない。
「しかし、本当に借金を肩代わりしてくれるのか?」
刀鍛冶のギーは胡散臭そうな目で周りを見る。
「また連合会みたいになっちまうんじゃねえのか?」
レンガ職人のゴーは諦めたようにため息を吐く。
「よしなよ。たとえ連合会と同じ腹だとしても、あいつらよりもジークのほうがずっと話は分かる」
オードリーは不安げにざわめく職人たちを一喝する。
「ジークなら私たちを買ってくれる。今日は連合会を見限るチャンスなんだ。皆もそれを分かってんだろ」
「分かってる。俺たちには選択の余地はねえ」
「材料費と燃料代だけでもタダにして欲しいんだがな」
職人たちはオードリーの言葉に渋々納得する。皆、心の底で不安だった。
ジークは良い奴だ。でも金が絡むとどうなるか?
連合会に騙された彼女たちは、金に人一倍敏感であった。
「ほら皆! 暗い暗い! アレクシア様は良い人だって言ってるし、ヴァネッサも良い男だって言ってたでしょ!」
そんな中でもオードリーは明るかった。彼女が労働組合代表に選ばれたのは、皆に元気を与える存在に他ならなかったからだ。
「そうだな」
「今よりもマシな暮らしになるだろ」
職人たちはオードリーの激励で明るくなった。
「失礼します! ジーク様がお見えになりました」
そしてようやく、ジェーンの言葉とともにジークが姿を現した。
「若造だ!」
「随分と優男だな!」
「良い女侍らせてるな……なんかムカつく!」
職人たちはジークを見るや、ざわざわと囁く。
「ほらほら皆静かに! せっかくジークさんが来てくれたんだよ!」
オードリーはパンパンと手を叩いて皆を鎮める。
「気に障ったらごめんよ! 職人は礼儀に疎くて」
オードリーはガハハと元気に笑う。
「僕もそっちのほうが気楽だから良いよ」
ジークは朗らかに笑いながら、会場の中心に立つ。
「本題に入る前に、お土産を持ってきました」
ドサドサとロクサーヌたちが樽や木箱を運ぶ。
「土産?」
「金か?」
職人たちは胡散臭そうに、それでいて興味津々にお土産を見つめる。
「僕の国で取れる素材の一覧です」
ロクサーヌたちが一斉に木箱に樽の蓋を開ける。
「……土?」
「あれは木だ」
「銀色の液体?」
「赤い宝石?」
職人たちは、どこが土産なんだ? と言いたげに顔を見合わせる。
「どうぞ、手に取ってください」
ジークは人の良さそうな笑みで勧める。
「じゃ! 遠慮なく!」
オードリーが訝しむ職人たちに代わって、銀色の液体に触る。そして舌先で少し舐める。
「……これ! メタルスライムよ!」
オードリーは雷に打たれたかのように叫ぶ。
「メタルスライムだって!」
職人たちは目の色を変えてメタルスライムに触る。
「ほ、本物だ!」
「メタルスライムは純鉄に簡単に加工ができる。その代わり希少種だから黄金よりも価値が高い!」
職人たちの顔面は好奇に染まっていた。
「この土! 凄く触りが良い! 良い粘土になる!」
「いったいこの木はなんだ! 切ったはずなのにまだ脈打ってる! これで家を作ったらどうなる!」
「これは吸血鬼の血涙! どんな触媒にもなる化学者が喉から欲しがるもの!」
パーティー会場は大騒ぎだった。オークション会場よりも盛り上がっている。
その様子をジェーンとロクサーヌたちは薄く笑う。
「皆さん! お気に召したようで何よりです!」
ジークはとても人懐っこい笑顔をする。皆、ジークにくぎ付けになる。
「どうやって手に入れたのか! 色々聞きたいことがあると思います! だから今言えることを伝えます!」
ジークは敢えて口を閉ざす。すると職人たちも黙る。
職人たちは、今か今かと、唾を飲む音が聞こえるほど静まり返る。
「僕に従えば、その素材は永久に、タダで差し上げます」
ジークは静かに、口火を切った。
「俺は連合会に500万ゴールド借金がある!」
「こっちは300万ゴールドだ!」
「あいつら! 法外な利子をつけてやがる!」
会場は大混乱となった。もはや皆、今から連合会に殴り込もうとする勢いだ。
「皆! 静かに!」
オードリーが喉が裂けるほど叫ぶと、ようやく静かになる。
オードリーはジークに向き直る。
その手は震えている。その目は震えている。
オードリーは心の底で、ジークが何か企んでいることに気づいた。
だが気にならなかった。できなかった。
上質な素材で最高の逸品を残す。職人にとって最上級の夢である。
そしてなぜか脳裏に浮かぶ。
ジークが世界を支配する光景が浮かぶ。その時、ジークが身に着けるもの、住む城、町並みが浮かぶ。そして、ジーク様が使っている物は、自分が作ったと自慢できる姿が見える!
その強烈な誘惑に勝てる職人など、存在しなかった。
「ジーク様。私たちを連合会からお救いください。お代として、永遠にあなた様へ命を捧げます」
オードリーは迷いなく頭を下げた。
「ありがとう! 話が纏まって良かった! 色々と話したいことがあると思うけど、まずは今日というめでたい日を祝おう!」
ジークがパンパンと手を叩くと、ロクサーヌたちは職人たちにグラスを手渡し、ワインを注ぐ。とても高価なワインだ。
「皆、持ってくれた!」
ジークは曇り一つない満面の笑みでグラスを上げる。
「僕たちの未来に乾杯!」
ジークの迷いなく言い切るカリスマ性に、職人たちは震える。
「乾杯!」
オードリーたちは全身の震えとともに、ワインを飲み干した。
商売編なのに商売やってないやん!
次回は連合会と決着なので、
次の次くらいから日常編も含めて町の様子や商売の様子、そして魔物や人間たちの交流を描写したいなぁ




