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商売編~ジークは魔物の王として処刑を決意する

「申し訳ありませんでした」

 ヴァネッサさんは泣き止むと頭を下げる。腫れ上がった目が痛々しい。

「ああいうことはよくあるんですか?」

 安心させるためにゆっくりと、落ち着いた声色で、寂しげな顔を作る。


 ヴァネッサさんには可哀そうだが、この状況を利用して、信用を貰う。

 そのために同情する。


「ちょっかいかけてくることはありましたけど、剣を抜くことは一度も」

 ヴァネッサさんは額を押さえてため息を吐く。怖かったのだろう。

「冒険者がハボックのように剣で脅した被害はありますか?」

 万が一、ハボックのように冒険者が暴漢となっていた場合は、今日中に皆殺しにしなくてはならない。


 あいつらは僕たちの敵になる可能性がある。もはや商売なんて言ってられない。


「ガラの悪い馬鹿で下品な奴らですが、暴力を振るったという話は聞いていません」

 ヴァネッサさんはゴクンとリンゴジュースを飲むと、ホッとしたように顔を緩ませる。落ち着いたようだ。


「そうですか。良かったです」

 僕も安心し、ため息を吐く。

 さすがに数百人の人間が居なくなれば、ゴルドー国が動く。そうなると僕たちと敵対する可能性がある。

 負ける気はしない。皆殺しにできる。でもそれは僕の本位じゃない。僕は町を発展させたいだけであって、人類を恐怖で支配したい訳ではない。


「それで! 何か御用ですか!」

 ヴァネッサさんは先ほどの涙が嘘のようにサッパリとした声で笑う。目元はまだ腫れているのに、強い人だ。




「風邪薬を作って欲しいんです」

 ハボックのことは後にして、今は本題に集中する。

 どっさりと、袋から色とりどりの薬草をカウンターに落とす。


「これは!」

 ヴァネッサさんは鮮やかな花をつけた薬草を一枚手に取ると、食い入るように見つめる。


「かじって良いでしょうか?」

「どうぞ」

 先っぽをピンク色の唇で咥える。そしてシャキッと前歯で噛み切る。シャキシャキと噛み、ゴクリと飲み込む。


「色つやが良くて、歯ごたえもある。とても新鮮。それに口に広がる苦み。喉をスッキリさせる効能。間違いなく、アスピリンが含まれてる。それにビタミンも豊富! ヤナギだわ!」

 ヴァネッサさんはさらに一枚、今度は茶色い豆を摘まむ。

「こちらもかじって良いですか?」

「もちろん」

 ヴァネッサさんは一粒、カリッとかじると、舌で転がす。


「カフェイン! コーヒー豆ですね!」

 驚愕の表情で体を震わせる。


「ヤナギは害虫被害で大幅に数を減らしたはずです! コーヒー豆のような高級品を薬草にするなんて! その他の薬草も凄いわ! どうやって手に入れたの!」

 何とも凄い剣幕だ。ラファエル母さんにお願いして、一般的な薬草を持ってきただけなのに、ここまで驚かれるなんて。

 古の森の薬草を持ってきたら、気絶するんじゃないかな?


「まだまだ秘密です」

 ニッコリと、拒絶の笑みを浮かべる。種明かしするほど親しくない。


「……そうですね」

 ヴァネッサさんは残念そうに椅子に座りなおす。


「風邪薬をどうするつもりですか?」

 目をキリッとさせている。金の話、商売の話だから当たり前だ。心強い。


「炊き出しの時に配ろうと思って」

「炊き出しに? まさかタダで配るのですか? 一つ5000ゴールド、いえ、これなら1万ゴールドはする風邪薬を?」

「商売をするには信用から。タダで配れば、僕が良い人って分かってくれるでしょう」

 白々しくても、微笑みは崩さない。裏があると気づかせない。


「分かりました」

 ヴァネッサさんは不敵な微笑みを浮かべる。

 少し不安になるが、様子を伺う。


「とても厚かましいですが、お願いがあります!」

 ヴァネッサさんは覚悟を決めたような強い視線を向ける。


「私は連合会に多額の借金があります。それを肩代わりして欲しい。そして私があなたの仕事に集中できるようにして欲しい!」

 ヴァネッサさんから切り出してくるとは思わなった。

 もちろん快く引き受ける。

 これでヴァネッサさんを手ごまにできる!


「あなたの狙いは連合会に成り代わり、この町を支配すること! 違いますか!」

 不意打ちの言葉にドキッとする! なぜ僕の心が読まれた!

 確信がある表情だ。正直に話すか? しかし、信頼に値するか判断が付かない。


 僕の影に潜むブラッド母さんに助けを求める。


「こいつはジークの言葉や表情、行動から推理したようだ。邪な感情は持っていないし、嫌悪感も無い」

 ブラッド母さんの助言に胸をなでおろす。

 ならば話は早い。


「その通りだ。僕は連合会に成り代わる。そのために炊き出しをした」

「やっぱり! あなたのように頭が良く、いい女を従える男が、善意だけで行動するわけがない!」

 ヴァネッサさんは嬉しそうにニヤニヤする。


「嫌悪しないんだね?」

 嬉しそうな様子に若干面食らう。偽善だって嫌うんじゃないかな?

 しかしヴァネッサさんはワクワクと楽しそうに肩をすくめる。


「嫌悪? もしもあなたが連合会と同じ馬鹿なら嫌悪するわ。でもあなたはとても頭がいい。先見性もあるし、人の心を掴む力もある。何より、連合会に足りない良心がある。あなたは決して、私も、病人も、子供も、おじいちゃんも、おばあさんも、誰も不幸にしない。ならば、取引相手として申し分ない!」

 凄い興奮の仕方だ。

 この様子なら、裏切る心配はない。


「契約成立だ。これからよろしく」

 ヴァネッサさんと握手するために椅子から立つ。

「こちらこそ、素敵なパートナーさん」

 ヴァネッサさんも椅子から立つ。そしてお互い笑顔で握手をした。


 それから今後の予定を話し合った。風邪薬は明日から1000個用意してくれるとのこと。徹夜で頑張ると張り切っていた。突然借金を返すと連合会が警戒するため、しばらくは待ってもらうことになった。


 話が終わるとお昼になっていた。

 僕が持参したパンとスープでお腹を満たす。

「柔らかくてモチモチ! スープもコショウが効いてて贅沢!」

 うっとりとする顔は、とっても可愛らしかった。

 美人とのギャップが凄い。


「ご馳走様!」

 ヴァネッサさんはハンカチで口元を拭くと、にっかりと真っ白な歯を見せる。

「どういたしまして」

 いかん、ドキドキしてしまう。

 ロクサーヌたちと交わってから、どうしてもあっちのことを考えてしまう。


 ヴァネッサさんは大切な商売相手だ。手を出してはいけない。


「ジークさん? あなた、私のことを抱きたいと思ったわね?」

 ガタンと椅子から滑り落ちる! なんでばれた!

「私の胸と唇、ガン見してたでしょ? 分かっちゃうわ」

 ヴァネッサさんはクスクスと微笑む。ばれていたか。

 でも、僕は悪くないと思う。

 小ぶりながらも形の良いおっぱいと綺麗な顔が悪い。汗でしっとりと服が肌に張り付いているのが悪い。エッチな体のラインが浮き出ているのが悪い。


「一度だけなら、良いわよ」

 胸が高鳴る。ヴァネッサさんの顔は少しだけ血色がよい。

「どんな思惑であれ、あなたは私を救ってくれたから」

 手と手が重なる。目と目が合う。


 自然と、唇が重なった。




「ハボックがあなたを嫌う理由が分かったわ」

 ヴァネッサは事が終わると、窓を開けて煙草に火をつける。上着を羽織っただけだから、柔肌が丸見えだ。

「なんで?」

 ベッドの上でヴァネッサを眺める。目の保養だ。


「あなたに嫉妬しているのよ」

 火を消すと、唇を合わせる。少し苦みがする。今はそれも美味しい。

「あなたがとても素敵だから」

 細い指が顔を撫でる。


「ありがとう」

 スッとベッドから起き上がり、ヴァネッサから離れる。ヴァネッサは物足りなそうに眉をひそめる。

「もう帰っちゃうの? 夜は長いわよ?」

 細い腕で背中を抱きしめる。ぴったりと、背中にくっつく胸から鼓動が聞こえる。


「ハボックを殺しに行く。夜なら、騒ぎにならない」

 僕が言うと、ヴァネッサは痛いくらい体を抱きしめる。


「私のことなら大丈夫よ?」

 ヴァネッサの腕を振りほどいて、バードキスをする。


「あいつは君や僕に剣を向けた。この先、必ず敵になる。生かしてはおけない」

 ハボックはやり過ぎた。暴言なら我慢する。汚らしい視線も我慢できる。

 だけど、僕の女や、僕に剣を向けた。

 もはや釈明の余地はない。


 ヴァネッサは、止めても無駄と分かったようで、何も言わない。代わりに熱いキスをくれる。


「あいつは連合会から良い装備を貰ってる。油断しないで」

「ありがとう。必ず戻ってくるから」


 月明かりの下で、覚悟が決まるまで抱き合った。




 外へ出ると生暖かい風に包まれる。

「ブラッド母さん。ハボックがどこに居るか分かる?」

 影が蠢き、人型となって、ブラッド母さんが姿を現す。

「奴の影に私の部下を潜り込ませた。すぐに殺せるぞ」

 ブラッド母さんは冷たい目で、死刑執行の合図を待つ。

「僕が殺す。殺さないといけない。魔物の王である僕がね」

 ポキポキと指を鳴らす。


「下等生物が、調子に乗りやがって!」

頑張る

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