商売編~薬剤師の美女はジークに助けを求めます
害虫による大飢饉は大陸全土に及んだ。
農家や畜産を営む者は、一瞬にして食料が無くなり、破産することとなった。
これを切っ掛けに大陸全土で大規模な一揆が発生し、治安が悪化した。
悪いことは続く。
治安悪化に伴い、大陸全土で犯罪が激増、一部の国は無政府状態になるほどの混乱となった。
それほどまでに食料が不足したのである。
そんな中、ゴルドー国だけは平和だった。
ゴルドー国は商業や交易を中心に利益を上げていた。
また万が一に備え、備蓄品として食料を貯めていた。
結果、大飢饉で食料が輸入できなくても、最小限のダメージで済んだ。
しかし、ゴルドー国は交易、つまり他国との商売で国を維持してきた。
そのため、他国が乱れると、少しずつ、真綿で首を締めるように、経済が不安定になる。
商品を作っても売れない。飯の値段が昨日よりも一桁上がっている。
数週間も経つと、大飢饉の影響がゴルドー国を襲った。
そこで立ち上がったのが連合会(旧商人ギルド)である。
連合会は職人たちの借金を肩代わりし、必要最低限の食料も分け与えた。
溺れる者は藁をもつかむ。職人たちは神様に見えただろう。
しかし、それこそが連合会の狙いだった。
職人たちは連合会に逆らえなくなってしまった。
いくらいい製品を作っても、タダ同然で持っていかれる。
何かと理由を付けて、食料を渡さない。以前は家族分の食料を渡してくれたのに、今は職人分の食料しか渡さない。病気の家族は見殺しにしろと、暗に言っている。
飢える一方である。
「俺たちは死ぬしかないのか?」
職人たちは絶望感に苛まれていた。
そんな時に、救世主が現れた!
その青年は、突然ゴルドー国に現れると、炊き出しを始めた。
内容はパンとスープ、味は悪くない。何よりタダ! お願いすると家族の分も渡してくれる!
「どうしてこんなことを?」
ある女が質問した。
「商売がしたいんだ。そのために僕が信用できるってところを見せないと」
屈託のない笑みに女は笑った。
青年の名はジーク。一週間もすると、ゴルドー国で名前の知らない人は居ないほどの有名人となった。
「薬草が高すぎるわ」
薬剤師のヴァネッサは、店のカウンターで帳簿を確認し、頭を抱える。
害虫は薬草も食らいつくした。以前なら1ゴールドで10枚買えた薬草が、1枚100ゴールドまで高騰している。
風邪薬は以前なら5ゴールドだったのに、今は5000ゴールドを越えている。一般市民に買える代物では無くなった。
「連合会から支給される薬草があるけど、全部連合会に納品しないといけないし」
何度目か分からないため息を吐く。
ヴァネッサは連合会のためにタダ働きしていた。
ロウソクすら買えないので、窓を全開にして、日の光で帳簿を書いている。
「これが無かったら飢え死にだったわ」
ヴァネッサはカウンターの横に置いていた、パンとスープを食べる。ジークの炊き出しだ。
「食器が無かったら、一度だけ無料で支給してくれる。太っ腹過ぎるわ」
ヴァネッサは凛とした目を綻ばせる。
「連合会の借金を肩代わりして! なんて、さすがに虫が良すぎるわね」
長く、くせ毛のある茶髪の先っぽを指先でくるくるする。
「今も病気で苦しんでいる人が居る。それなのに何もできないなんて。お金がない人は見殺しにしろってことね」
ギリギリと拳を握りしめる。帳簿の端っこがくしゃくしゃになる。
「ヴァネッサ! 怖い顔してどうした!」
イライラしているところに、さらにイライラする来訪者がやってきた。
「ハボック……何の用かしら?」
ヴァネッサは顔を上げず、帳簿を見続ける。読んでなどいない。顔を見たくないだけだ。
「俺の女になるっていう話、考えてくれたか?」
ハボックは図々しくカウンターに座り込む。
「前も言ったでしょ? 私はあんたが嫌いって」
ぴくぴくと頬を引きつらせる。
「嫌よ嫌よも好きのうちだってね。俺の女になれば、贅沢ができるぜ」
ハボックは馴れ馴れしくヴァネッサの髪を撫でる。
しかし、ヴァネッサは抵抗せず、目を瞑って耐える。
「世界で一番儲かってるのは冒険者だ! 仕事は山ほどある! 特に俺は腐るほど持ってる! 分かるだろ?」
ハボックは自慢げに服や靴、そして剣を見せびらかす。
確かに高価な品だ。だけどそれらはすべて連合会の商品だ。
なんてことはない。ハボックは連合会に、良いように使われているだけだ。本人は気づかないが。
ヴァネッサはフッと、赤い唇を緩ませる。
「あなたにお尻を見せるくらいなら、ジークにお尻を見せるわ」
ハボックから笑みが消える。
「お前馬鹿か? あいつは偽善者だ。貧乏人に飯を配ってご機嫌取りをしてるだけの玉無しだ」
スラリと剣を抜き、切っ先をヴァネッサに突きつける。
「ご機嫌取りも偽善もできないあなたより、よっぽど良いわ」
ヴァネッサは怯まず微笑む。殺せるものなら殺してみろ!
どちらも引かない、一触即発の空気が二人を包む。
「ハボック? 何してんの?」
そこにジークが空気を読まずに現れる!
「ジーク!」
反射的にハボックはジークに剣を向ける。
「危ないな」
ジークは指先で切っ先を摘まむ。
「な、なに!」
ハボックはそれだけで剣を動かすことができなくなった。両手で引っ張っても、押し込んでもびくともしない。まるで岩に突き刺さったかのようだ。
「あのさ? あまり調子に乗らないほうがいいよ?」
ミキミキと剣の切っ先が曲がっていく。
「ば、馬鹿な! 黒鉄鉱石で出来た剣だぞ! ドラゴンの肌も傷つける剣が、ジークに!」
ハボックは信じられないという感じに汗をダラダラと流す。
剣は小枝のように、ぽっきりと、簡単に、へし折れた。
「死にたくなければ消えろ」
ジークの鋭利な刃物のような目に、ハボックはうめき声を出す。
「きょ、今日は引いてやる! 覚えてろ!」
ハボックは捨て台詞とともに店を飛び出した。
「ジークさん……ありがとう」
ヴァネッサの体から力が抜ける。ドバッと汗が噴き出る。いくら気丈に振舞っても、剣は怖い。
震えは止まらず、ガクガクと涙が零れる。思わず、机に突っ伏す。
「もう大丈夫。安心して」
とても心地よい声。温かくて、安心する。
「ジークさん!」
顔を上げると、慈悲深く微笑むジークと目が合う。
「ジークさん! 助けて!」
ヴァネッサはカウンター越しにジークに縋りついた。
「安心して」
ジークは穏やかな表情でヴァネッサの背中を撫でる。
そして、落ち着くまで、抱きしめた。
「まさかこんなことになるなんて……ハボックの馬鹿野郎……」
ジークはヴァネッサを抱きしめている最中、理性をフル活動させていた。
ヴァネッサはモデルのようにスレンダーで、気の強そうな美人だった。
そんな美人が助けを求める!
「最近の僕は発情期の獣みたいだからな……しっかり耐えないと」
ヴァネッサはあくまでも商売相手、奴隷でも下僕でもない。
ならば悪評を立てる訳にはいかない。紳士に対応するしかない。
「もう大丈夫です。安心してください」
ジークは下心一つ見せない笑みで励まし続ける。
ジークが気に入られる理由の一つは、相手を信用させる笑顔にあるのかもしれない。
頑張ります
 




