魔物たちはジークにメロメロです~お母さんって呼んで欲しい
ジークが古の森に来た夜、九尾とフェンリムはジークにお乳を与える。ジークがグズッたため、腹が減っていると予想した。それは的中した。
「良く乳を飲むな! よほど腹が減っていたんだな」
九尾は人の姿となって、己の乳房から乳をジークに飲ます。美味しそうに飲む姿は愛おしさを感じる。
「早くワシに寄越せ! お主の萎びた乳よりワシのほうが栄養満点じゃ!」
フェンリムは人の姿となって、九尾の周りをウロウロする。ジークが喜ぶ姿を間近で見たい。自分の乳で喜ばせたい。
当然と言うべきかどうか、二人とも外なのに全裸である。
魔物であり、人間と接したことの無い彼女たちは服という概念が無い。
「高が数千年しか生きていない駄犬の乳なんぞ誰が飲むか!」
「数万年生きる婆の乳よりはマシじゃ!」
二人は数百年ぶりにグルグルと火花を散らす。神に等しい二人のにらみ合いは凄まじい迫力だ。己の方がジークの母親にふさわしい。そんなプライドが見える。
「ふぇええ」
そんな二人を怖がってか、ジークが泣き出す。
「ど、どうした?」
「な、なにか痛いのか?」
彼女たちはすぐさまにらみ合うのを止めて狼狽える。
魔物は泣かない。しかし人間は泣く。その違いに戸惑った。
「お前たちが怖いんだ」
魔王ジルがひょいとジークを抱っこする。
「よしよし、怖くない怖くない」
微笑みながら頭を撫でると、途端に笑顔となる。
それを見て九尾と老犬は尻尾を振る。
「初めてお前を見直したぞ」
「元人間の経験が生きたか」
二人はジルの胸で笑うジークに手を振る。
「エヘヘ」
「おお! ワシを見て笑ったぞ!」
「たわけ! ワシじゃ!」
二人はジークの一挙一動に夢中だった。
泣く姿、笑う姿。とても表情豊かだ。魔物には無い反応だ。それがとても楽しい。
二人は一夜にしてジークに心を奪われていた。
「喧嘩をするな。お前たちが喧嘩をすると、ジークが泣くぞ」
ジルが諫めるように睨むと、二人は尻尾をシュンと倒す。
「つくづくワシらは人間を知らん。ジル、教えてくれ」
「ワシもじゃ」
ジルは目を丸くする。傲慢で大胆不敵、天上天下唯我独尊な二人が自分に教えを乞うなど初めてだったからだ。
それがとても嬉しい。初めて、認められた気がする。
「二人とも、私のように服を着たほうが良い」
ジルは二人に村娘のような服を見せる。ジークの母親が着ていたものだ。
あなたの代わりに母親になる。母親に対する敬意か、宣言なのだろう。
「なぜじゃ? 魔物は服なんぞ要らん」
九尾は自身の裸体を誇らしげに見せる。男も女もため息を吐くほど美しい。
「ジークは人間だ。魔物ではない。だから、ジークの傍に居る時は服を着ろ」
「うーむ。そういうものか」
九尾はとりあえず納得する。餅は餅屋、従うのが礼儀だろう。
「しかし、ワシらは服なんぞもっとらんぞ」
フェンリムは自身の裸体を不安そうに眺める。男も女も見とれるほど可愛らしい。
「人間たちのところへ行って、服を取って来る。ついでにジークの服も」
「……人間か」
「できればワシらだけの力で育てたいの」
二人はもちろんジルも嫌な顔をする。俗世の助けを借りるなど、死ぬほど嫌なことだ。
だがそうも言っていられない。
すべてはジークのためだ! ジークの泣き顔を見るくらいなら、人間の力も利用する!
「それと、二人とも名前を考えたほうが良い」
「「名前?」」
二人は顔を見合わせる。
魔物や獣は名前で呼び合う事はない。おい、お前、あいつなどという感じだ。だから名前という概念が分からなかった。しかし、ジルの一言で納得する。
「私はジルとジークに呼ばれる。ジル母さんかな? お前たちはジークに魔物と言われたいのか?」
「それはダメじゃ! 母さんと呼んだらワシの事じゃが、どこかの駄犬が勘違いするかもしれん!」
「それはダメじゃ! 母さんと呼んだらワシの事じゃが、どこかの馬鹿狐が勘違いするかもしれん!」
二人してバチバチとにらみ合う。さらに舌打ちを二三回。
ジルは肩を竦めて笑う。
「早いうちに決めた方がいい」
ジルはフェンリムにジークを託すと翼を広げて飛び去った。
「ワシはリムじゃ! ジーク! すぐ覚えるんじゃぞ!」
フェンリムはジークの口に乳房を近づける。ジークはちゅぱちゅぱとミルクを飲む。
「リム? もう考えたのか?」
九尾はジークの頬を撫でる。九尾の顔がへにゃっと緩む。
「はるか昔、ロキにフェンリムと呼ばれた事を思い出しての。 フェンリムじゃと可愛くないから、後ろの2文字でリムじゃ」
リムは尻尾をパタパタさせる。
「ジーク! リムじゃ! リム母さんと呼んでみい!」
リムは嬉しそうに何度も何度もジークに語り掛ける。九尾はそれを面白くなさそうに見る。
「ワシはタマモじゃ! タマモじゃぞジーク!」
九尾はリムがお乳を与えているのに、ジークの口に乳房を近づける。ジークは四つの乳房に目移りする。
「タマモとは何じゃ?」
リムは尻尾でピシピシとタマモにあっち行けと叩く。
「はるか昔、ロキにそう呼ばれたことがあった。悪い名では無かろう」
タマモも尻尾でリムにあっち行けと叩く。
「リム母さんじゃぞ」
「タマモ母さんじゃ」
二人はジークを乳房ではさみっこする。
「エヘヘへ」
ジークは楽しそうに笑っていた。