表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/62

魔物たちはジークにメロメロです~魔物たちとジークの出会い

 ジークの故郷、古の森は、人々が恐れおののき、勇者も軍隊も冒険者も近寄らない森だ。

 古の森の木々は細いもので直径100m、太いもので1kmの太さである。全長は小さいもので1km、大きいものは10kmにもなる。面積は大陸の南東全域(中国大陸ほど)である。

 そんな巨大な森には、巨大オオカミ(フェンリム)狐の大妖怪(九尾)オーガの長(鬼神)虫の女王(ベルゼブブ)などなど、神話の魔物が住んでいた。


 ジークが古の森に来たのは十五年前に遡る。




 十五年前、古の森では人類の存亡がかかった恐ろしい会談が、人知れず行われていた。

 魔王ジルが人間に総攻撃を仕掛けるため、古の森に住む魔物たちに協力しろと要求してきた。

「くだらん」

 血の塊である吸血鬼の始祖は魔王ジルの要求にあくびで返答する。


「下らんだと? 下等な人間を駆逐するチャンスだ。お前たちが戦いに参加すれば数日で達成できる」

「小娘が。やりたければ勝手にやれ」

 2000年生きる山のように大きなフェンリムは唸り声で返答する。


「人間と魔物の生存競争。見届ける」

 スライムの始祖はグネグネと身体を変形させる。


 魔王ジルは苦い顔をする。

 彼女は、恐ろしい女だ。数千人の軍を一瞬で燃やし尽くすほどの力を持っている。右の瞳は石化、左の瞳は腐食の魔眼である。腕力だけでも山のように大きい岩を砕く威力がある。

 そんな人外の魔王が、苦い顔をすることしかできない。

 古の森の魔物は、魔王ジルが強く出られないほど強大な力を持つ存在であった。


「九尾よ、あなたはどう思う?」

 魔王ジルは9本の尾を持つ狐女に助けを求める。

 巨大で物々しい姿がひしめく中、彼女と精霊女王だけ魔王ジルと同じ人型であった。魔王ジルへの気遣いだ。

「お前さんは、人間たちに囚われている魔物を開放しているのだったな」

 九尾は不敵な笑みで魔王ジルを見る。魔王ジルは臆さずに答える。


「そうだ。人間は愚かだ。森で暮らすエルフは性奴隷となっている。ネコ娘はペットとして首輪を嵌められている。奴らは森を切り崩し、オオカミを森から追い出した。許されることではない!」

「なら頑張ってくれや。ワシは応援しとるから」

 九尾はケラケラと笑う。魔王ジルの顔が真っ赤になる。


「お前たちは同胞が虐げられても良いというのか! 自分だけ良ければ良いと言うのか!」

「人間も生きている。それだけのこと」

 炎を纏うフェニックスが魔王ジルの前に下りる。


「強い奴が生き残って、弱い奴が死ぬ。自然の摂理。俺は人間を褒めてやりたいくらいだ」

 八本の腕を持つ巨人にして鬼神が魔王ジルを見下すように睨む。


「私は、人間が嫌いです」

 そんな中、魔王ジルの対面に座る精霊女王がため息を吐く。


「ならば、私に手を貸してくれるな!」

「だけどあなたの頼みは聞けない」

 精霊女王は魔王ジルを睨む。


「あなたは元人間です。魔術で魔族に転生しようとそれは変わらない」

「それは……」

 魔王ジルは精霊女王から目を逸らす。

 彼女は遥か昔、奴隷だった。そんな中、偶然魔術の才能が開花し、脱走した。

 以降、人間が嫌い、魔物になりたいと鍛錬を重ね、魔人へ転生し、魔王と呼ばれる実力を得た。


「そもそも、誰が人間と戦ってくれと頼みました? すべてはあなたの独断です。ならばあなたが決着を付けるべきです」

 魔王ジルは初めて顔を歪める。

 魔王ジルは人間が嫌いであり、魔族が好きだ。だから人間と戦っている。人間に囚われた魔物を救っている。

 しかしそれは自己満足だ。助けてくれと頼まれたわけではない。

 魔王ジルは立派なことを言っている。しかしそれは偽善に近い物だ。その上、勝てないから力を貸せというのは、失礼にもほどがある。


 居たたまれない空気の中、止まり木で羽を休める八咫烏が止めを刺す。


「ジルは勇者と呼ばれる人間たちに命を狙われている」

 その声は憤怒の色が強い。


「あんな奴ら100来ようと1000来ようと敵ではない!」

「ならお前はどうしてここに居る? さっさと殺しに行けばいい」

 八咫烏はフクロウのようにグルグルと顔を回す。ジルは歯切れ悪く答える。


「勇者たちのせいで、思うように救出が進まない」

「結局、お前の尻拭いをしろという話か」

 吸血鬼の始祖が鼻で笑うと、古の森の魔物たちも鼻で笑う。

 魔王ジルは反論することができなかった。


「いや~皆さんお揃いで」

 針のむしろのような空気を切り裂くように、闇夜からスーツ姿の青年が現れる。この場所、この世界ではとても場違いな格好だ。


「ロキ!」

 古の森の魔物たちはもちろん、魔王ジルも臨戦態勢を取る。


 悪神ロキ。平行世界すらも移動できる上級神。数多の神々ですら手を焼く存在。

 彼が現れると碌なことが起きない。古の森の魔物たちと魔王ジルの共通見解だった。


「そんな怖がらないでよ。今日はお土産を持ってきたんだ」

 人を小馬鹿にするような、飄々とした感じで笑う。


「土産?」

 魔王ジルは一挙一動逃さずロキを警戒する。


「人間の母親と赤子」

 悪神ロキが指を鳴らす。突然、一同の前に人間の母親と赤子が現れた。

 母親は三十歳くらいだ。背中に大きな傷を受けている。呼吸も虫の息。長くはない。立っているのが不思議なくらいだ。

 一方、赤子は元気に母親の腕の中で泣いている。


「こいつらはいったいなんだ?」

 魔王ジルが一同を代表して問う。


「散歩してたら、たまたまお願いされたんだ。子供を助けてって。でも僕って子育てしたこと無いからねぇ~。そんな時、ここを思い出したのさ」

「ふざけるのも大概にしなさい! ここは古の森! 人が入って良い場所ではありません!」

 精霊女王の怒号が古の森に響き渡る。

 しかしロキはどこ吹く風。


「じゃ! 僕はゼウスに中指を立てる仕事があるから、よろしくね!」

 ロキは煙のように消えた。魔物たちは残された母親と赤子を困惑した表情で見る。


「殺すか?」

 鬼神が八本の腕で剣を抜く。


「仕方がありませんね」

 精霊女王は頭痛を押さえるように頭を押さえる。


「待て! 何か言おうとしている」

 意外にも魔王ジルが皆を止める。

 母親が震える手で赤子を差し出す。


「ど、どうか……この子を……助けて……ください」

 母親の目は潰れ、血の涙を流していた。それに混じってキラキラと宝石のような涙も流れている。


「ど、うか……」

 魔物たちは目配せする。誰一人、受け取ろうとはしない。


「分かった」

 そんな中、魔王ジルが赤子を受け取る。


「あ、ありがとう……ございます」

 母親は赤子を渡すと、糸が切れたように倒れ、息絶えた。


「お主が育てるのか? 人間嫌いのお主が?」

 フェンリムはフンフンと赤子の臭いを嗅ぐ。


「私は邪悪な人間が嫌いだ。この子と母親は違う。彼女は、この子のために命を使った」

 魔王ジルの目は優しい。まるで家族を見るかのようだ。


「家族でも思い出したのか」

 九尾がクツクツと笑う。


「そうだな……こんな小さな弟が居た気がする」

 魔王ジルは赤子を愛おしそうに撫でる。


「お前の名前はジーク。私が名付け親だ」

 魔王ジルの言葉に、九尾とフェンリムが笑う。


「面白そうだ! 人間の子供を育てるのも一興!」

 九尾は赤子の頬を撫でる。フニフニと柔らかい。

「子育てなど何千年ぶりかの!」

 フェンリムは娘となり、小さな手を握る。やっぱり柔らかい。


 二人は魔王ジルの変貌が可笑しかった。だからこそ赤子に興味が出た。

 それに赤子はよく見ると胸がときめく可愛らしさを持っている。

 それは魔王ジル、九尾、フェンリムにとって初めての感覚だった。


「うーむ。人間の子供」

 スライムの始祖は興味深そうに赤子を見る。


「下らん」

 吸血鬼の始祖、鬼神、フェニックスは興味なさげに闇夜へ消える。


「人間が古の森に……前代未聞です!」

 精霊女王はふらつきながら森の奥へ帰る。


「どうなるか……俺でも予想できない」

 八咫烏はグルグルと目を回す。


「エヘヘへ!」

 ジークは魔物たちの気持ちも知らず、太陽のように笑っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ