魔物たちはジークにメロメロです~魔物たちとジークの出会い
ジークの故郷、古の森は、人々が恐れおののき、勇者も軍隊も冒険者も近寄らない森だ。
古の森の木々は細いもので直径100m、太いもので1kmの太さである。全長は小さいもので1km、大きいものは10kmにもなる。面積は大陸の南東全域(中国大陸ほど)である。
そんな巨大な森には、巨大オオカミ、狐の大妖怪、オーガの長、虫の女王などなど、神話の魔物が住んでいた。
ジークが古の森に来たのは十五年前に遡る。
十五年前、古の森では人類の存亡がかかった恐ろしい会談が、人知れず行われていた。
魔王ジルが人間に総攻撃を仕掛けるため、古の森に住む魔物たちに協力しろと要求してきた。
「くだらん」
血の塊である吸血鬼の始祖は魔王ジルの要求にあくびで返答する。
「下らんだと? 下等な人間を駆逐するチャンスだ。お前たちが戦いに参加すれば数日で達成できる」
「小娘が。やりたければ勝手にやれ」
2000年生きる山のように大きなフェンリムは唸り声で返答する。
「人間と魔物の生存競争。見届ける」
スライムの始祖はグネグネと身体を変形させる。
魔王ジルは苦い顔をする。
彼女は、恐ろしい女だ。数千人の軍を一瞬で燃やし尽くすほどの力を持っている。右の瞳は石化、左の瞳は腐食の魔眼である。腕力だけでも山のように大きい岩を砕く威力がある。
そんな人外の魔王が、苦い顔をすることしかできない。
古の森の魔物は、魔王ジルが強く出られないほど強大な力を持つ存在であった。
「九尾よ、あなたはどう思う?」
魔王ジルは9本の尾を持つ狐女に助けを求める。
巨大で物々しい姿がひしめく中、彼女と精霊女王だけ魔王ジルと同じ人型であった。魔王ジルへの気遣いだ。
「お前さんは、人間たちに囚われている魔物を開放しているのだったな」
九尾は不敵な笑みで魔王ジルを見る。魔王ジルは臆さずに答える。
「そうだ。人間は愚かだ。森で暮らすエルフは性奴隷となっている。ネコ娘はペットとして首輪を嵌められている。奴らは森を切り崩し、オオカミを森から追い出した。許されることではない!」
「なら頑張ってくれや。ワシは応援しとるから」
九尾はケラケラと笑う。魔王ジルの顔が真っ赤になる。
「お前たちは同胞が虐げられても良いというのか! 自分だけ良ければ良いと言うのか!」
「人間も生きている。それだけのこと」
炎を纏うフェニックスが魔王ジルの前に下りる。
「強い奴が生き残って、弱い奴が死ぬ。自然の摂理。俺は人間を褒めてやりたいくらいだ」
八本の腕を持つ巨人にして鬼神が魔王ジルを見下すように睨む。
「私は、人間が嫌いです」
そんな中、魔王ジルの対面に座る精霊女王がため息を吐く。
「ならば、私に手を貸してくれるな!」
「だけどあなたの頼みは聞けない」
精霊女王は魔王ジルを睨む。
「あなたは元人間です。魔術で魔族に転生しようとそれは変わらない」
「それは……」
魔王ジルは精霊女王から目を逸らす。
彼女は遥か昔、奴隷だった。そんな中、偶然魔術の才能が開花し、脱走した。
以降、人間が嫌い、魔物になりたいと鍛錬を重ね、魔人へ転生し、魔王と呼ばれる実力を得た。
「そもそも、誰が人間と戦ってくれと頼みました? すべてはあなたの独断です。ならばあなたが決着を付けるべきです」
魔王ジルは初めて顔を歪める。
魔王ジルは人間が嫌いであり、魔族が好きだ。だから人間と戦っている。人間に囚われた魔物を救っている。
しかしそれは自己満足だ。助けてくれと頼まれたわけではない。
魔王ジルは立派なことを言っている。しかしそれは偽善に近い物だ。その上、勝てないから力を貸せというのは、失礼にもほどがある。
居たたまれない空気の中、止まり木で羽を休める八咫烏が止めを刺す。
「ジルは勇者と呼ばれる人間たちに命を狙われている」
その声は憤怒の色が強い。
「あんな奴ら100来ようと1000来ようと敵ではない!」
「ならお前はどうしてここに居る? さっさと殺しに行けばいい」
八咫烏はフクロウのようにグルグルと顔を回す。ジルは歯切れ悪く答える。
「勇者たちのせいで、思うように救出が進まない」
「結局、お前の尻拭いをしろという話か」
吸血鬼の始祖が鼻で笑うと、古の森の魔物たちも鼻で笑う。
魔王ジルは反論することができなかった。
「いや~皆さんお揃いで」
針のむしろのような空気を切り裂くように、闇夜からスーツ姿の青年が現れる。この場所、この世界ではとても場違いな格好だ。
「ロキ!」
古の森の魔物たちはもちろん、魔王ジルも臨戦態勢を取る。
悪神ロキ。平行世界すらも移動できる上級神。数多の神々ですら手を焼く存在。
彼が現れると碌なことが起きない。古の森の魔物たちと魔王ジルの共通見解だった。
「そんな怖がらないでよ。今日はお土産を持ってきたんだ」
人を小馬鹿にするような、飄々とした感じで笑う。
「土産?」
魔王ジルは一挙一動逃さずロキを警戒する。
「人間の母親と赤子」
悪神ロキが指を鳴らす。突然、一同の前に人間の母親と赤子が現れた。
母親は三十歳くらいだ。背中に大きな傷を受けている。呼吸も虫の息。長くはない。立っているのが不思議なくらいだ。
一方、赤子は元気に母親の腕の中で泣いている。
「こいつらはいったいなんだ?」
魔王ジルが一同を代表して問う。
「散歩してたら、たまたまお願いされたんだ。子供を助けてって。でも僕って子育てしたこと無いからねぇ~。そんな時、ここを思い出したのさ」
「ふざけるのも大概にしなさい! ここは古の森! 人が入って良い場所ではありません!」
精霊女王の怒号が古の森に響き渡る。
しかしロキはどこ吹く風。
「じゃ! 僕はゼウスに中指を立てる仕事があるから、よろしくね!」
ロキは煙のように消えた。魔物たちは残された母親と赤子を困惑した表情で見る。
「殺すか?」
鬼神が八本の腕で剣を抜く。
「仕方がありませんね」
精霊女王は頭痛を押さえるように頭を押さえる。
「待て! 何か言おうとしている」
意外にも魔王ジルが皆を止める。
母親が震える手で赤子を差し出す。
「ど、どうか……この子を……助けて……ください」
母親の目は潰れ、血の涙を流していた。それに混じってキラキラと宝石のような涙も流れている。
「ど、うか……」
魔物たちは目配せする。誰一人、受け取ろうとはしない。
「分かった」
そんな中、魔王ジルが赤子を受け取る。
「あ、ありがとう……ございます」
母親は赤子を渡すと、糸が切れたように倒れ、息絶えた。
「お主が育てるのか? 人間嫌いのお主が?」
フェンリムはフンフンと赤子の臭いを嗅ぐ。
「私は邪悪な人間が嫌いだ。この子と母親は違う。彼女は、この子のために命を使った」
魔王ジルの目は優しい。まるで家族を見るかのようだ。
「家族でも思い出したのか」
九尾がクツクツと笑う。
「そうだな……こんな小さな弟が居た気がする」
魔王ジルは赤子を愛おしそうに撫でる。
「お前の名前はジーク。私が名付け親だ」
魔王ジルの言葉に、九尾とフェンリムが笑う。
「面白そうだ! 人間の子供を育てるのも一興!」
九尾は赤子の頬を撫でる。フニフニと柔らかい。
「子育てなど何千年ぶりかの!」
フェンリムは娘となり、小さな手を握る。やっぱり柔らかい。
二人は魔王ジルの変貌が可笑しかった。だからこそ赤子に興味が出た。
それに赤子はよく見ると胸がときめく可愛らしさを持っている。
それは魔王ジル、九尾、フェンリムにとって初めての感覚だった。
「うーむ。人間の子供」
スライムの始祖は興味深そうに赤子を見る。
「下らん」
吸血鬼の始祖、鬼神、フェニックスは興味なさげに闇夜へ消える。
「人間が古の森に……前代未聞です!」
精霊女王はふらつきながら森の奥へ帰る。
「どうなるか……俺でも予想できない」
八咫烏はグルグルと目を回す。
「エヘヘへ!」
ジークは魔物たちの気持ちも知らず、太陽のように笑っていた。