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1 アリスは目覚める

 ある日突然、天啓が下りたように、自分が何者であるかを知る。

 そんな現象が自分の身に起きるなんて、しかも私が生きるこの世界が虚構かも知れなくて、もともと全く別の人間としての人生があっただなんて、信じたくなかった。


 私の名はアリス。財力はそこそこ、地位と権力はあんまりない、吹けば飛ぶようなレンフィールド男爵家の長女として生まれた。

 ーーついさっきまでは、そう思って生きていた。


 でも今の私は「アリス」について思い出してしまった。というか、昨夜ベッドに入って今朝目覚めたら、自分が「アリス」であり「私」だと突然自覚した。

 アリスは巷で流行っていた「悪役令嬢もの」の小説の登場人物だ。その役どころは、「乙女ゲームの世界で悪役令嬢が転生者として運命を改変したら、真の悪役と判明した元ヒロイン」。

 うん、ややこしい。

 つまり乙女ゲームそっくりの世界を舞台に、ゲーム内では主人公アリスに対して悪事を働いた罪で追放される悪役令嬢ディアドラ・ヘイデンのシナリオを知る転生者が、バッドエンドを回避するためにディアドラとして奮闘するという、わくわく後にスカっとする内容の小説の中で、真の悪役としてディアドラを陥れようとして返り討ちにされるのが、「アリス」なのだ。

 ……ややこしさが消えなかった。


 「私」として生きていた時に色々な凝ったストーリーを読み漁っていたから、「アリス」がどの小説の人物かすぐにはわからなかった。もしやこれが「転生」というやつかと思い当たった瞬間は軽く絶望したけども、今は何とか平静を保っている。


 かつての私がいつ、どうして死んでしまったのかは分からない。いや、「私」の最後の記憶をどうしても思い出せないので、実は死んだのかどうか定かでない。小説だと大抵具体的に思い出しているのに。でもまあ、転生だか憑依だか知らないが、死ぬなんて一度で十分だから無理に思い出す必要はないだろう。


 それよりも、私ことアリスの現在の立場はどうなんだろう。確か物語はアリスと同い年のディアドラが十七歳の時に、魔法学院で始まっていた。そして今の私は十六歳なので、まだ猶予はあるはずだけど……。小説はディアドラ視点で進んでいたから、アリスの暗躍について詳細は思い出せない。


 どうだった、アリスよーーと自ら記憶をたどってみると……。この子、十六歳にして男子生徒達を積極的に物色してた。色気で迫ることはせず心をくすぐる感じなのが救いか。心は黒いが体は清い。学院に編入してすぐに動くとは、将来の伴侶とコネ探しに余念がないな。でも攻略対象者らしき人物がまだアリスの記憶にないから、まだ出会ってないみたい。これは良い傾向だ。


 女子生徒の皆さんにハブられる覚悟が必要かと思ったけど、アリスはうまくやってるね。まだニューフェイスだから、実に巧妙に粉をかけてるね。今ならまだ軌道修正できるかな。

 よし、何だか希望が見えてきたので、そろそろ登校の準備をしなければ。決意すると、私は綺麗に整えられた髪を解いて下ろした。編み込んだハーフアップで可憐に仕上げてあったけど、これからは新生アリスとしてイメチェンだ。


 ということで、三つ編みのお下げにしてみた。少しでも地味で真面目な感じが出るかと思ったら、鏡の中にはヘーゼルの髪と目の美少女がいた。やっぱり眼鏡がないからか。私は眼鏡派だったから物足りないな。

 諦めてドレッサーの椅子から立ち上がり、制服のスカートのしわを伸ばす。たっぷりとしたフレアスカートだけど、中にハーフパンツみたいな下着を穿いているから安心だ。でもパンツみたいにフィットしないから少しスースーする。


 ところで、なんで私が「転生」とかなんとかを受け入れられたのかというと、このドレッサーのおかげだった。鏡に映る「アリス」の顔がこのこんがらがった状況をいちいち突きつけてくるから、現実逃避もできなかったのだ。だって私は平凡な両親に似た平たい顔の社会人だったのに、鏡に映るのは赤の他人の少女なのだ。人生を共にしてそれなりに愛着のあった顔を変えられたから、いくら綺麗でもさすがにショックだったし、小説の口絵が現実になるなんてありえないのに、それが「アリス」だと確信している自分の思考に驚きもした。


 しかもアリスは、この愛らしい顔を武器に無邪気に見せかけた手練手管を弄し、ディアドラの婚約者だった王子を筆頭に、伯爵令息やら所謂攻略対象を次々と陥落していくのだ。そして、悪役ではなくなったディアドラによってアリスの本性と悪行が暴露され、アリスは王子達によって告発されてしまう。確か最後は幽閉されていたので死ななくて済むかもしれないけど……絶対にごめんだ。いくらお家大好きインドア派だった私でも、死ぬまで牢屋に入るのはキツい。


 とにかく私は、愛読していた悪役令嬢の立場をちょっと変えただけで、同じ境遇に陥っている。私も彼女達を見習って、これからバッドエンドを回避すべく動いてみよう。私はアリスの鞄と黒いローブを携えて、えいやっとばかりに部屋を出た。……大げさだけど、今の私には勢いが必要だった。


「ーーお嬢様、朝食の支度が整いました」


 ドアの外には、黒いお仕着せのメイドーーリサが無表情で立っていた。リサは音もなく近づくと、鞄とローブを私の手から回収してしまう。私の髪型が変わっていることに関心も示さずに。仕方なく頷くと、手ぶらで朝食を食べに行くことにした。……荷物を持たずに出勤するみたいで、現代日本人の心が目覚めた今はスースーして落ち着かない。


 とにかく、まずは腹ごしらえだ。

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