異世界代筆屋
ファンタジー世界の代筆屋に、ある日勇者がやってきた。
二人の会話が織りなす、落語風異世界コメディ。
(2018/8/16)
序盤でひとネタ思いついたので追記しました。
俺はロバート。代筆屋だ。
剣と魔法のファンタジーであるこの世界。その中でも随一の交易街であるこの都市は、たくさんの種類の言葉にあふれている。文字が書けない奴も多い。そんな奴らのために、俺は話を聞き取り、文書を書く。
その日の客は、剣と鎧に身を固めた若い男だった。頭にサークレットというのが少し珍しい。
「履歴書の作成を頼みたい」
「ほう。軍にでも入るのか?」
「そうだ。深い事情があってな」
「そこは今からゆっくり聞くよ」
そういえば、街の防衛隊を公募していたな。そんなことを考えながら、俺は白紙を広げた。
「まずはこれを聞かないと始まらん。あんたの名前は?」
「なまえをきめてください」
「一体何が始まったんだ?」
「ちなみに文字数は4文字までだ」
「しかもなぜ制限がつくんだ」
「どうしても思いつかないなら『トンヌラ』とかどうだ」
「おまえは自分の名前が『トンヌラ』でいいのか」
「良くはない」
「面倒な客だなあ。じゃあ『もょもと』でどうだ」
「それは名前か?もっとよく考えろ」
「こっちに決めさせといて文句の多いやつだな。じゃあ、『エニクス』」
「勇敢そうでいい名前だ」
「じゃあ決まりだな」
『名前、エニクス』。1行書くだけで随分かかった。
「では、順に聞いていこう。まず、今の職業」
「勇者」
「『勇気があります』は自己アピール。俺が聞いてるのは職業だ」
「旅暮らしだ。人の下では働いていない」
「『無職』じゃ見栄えが悪いんだ。あんたも、霞食って生きてるわけじゃないだろう。そうだな、村や町ではなにしてる?」
「家に入ってタンスを漁る」
「『強盗』なんて書けるか!あんた、それで稼いでいるのか?」
「いや、稼げる額はたいしたことがない」
「ならなぜやるんだ!?いいや、聞き方が悪かった。主にどうやって金を稼ぐ?」
「野原や森でモンスターを倒す」
「それだよ」
俺は『職業、狩人』と書いた。
「次は出身と家族」
「重要なのか?」
「身元が不確かだと雇ってもらえないんだよ」
「生まれは西の最果ての村だ。父は幼い頃、旅に出たまま帰ってこない」
「破天荒な親父さんだな。母親は?」
「村で私の世話をしていた」
「おまえんち、どうやって飯代稼いでたの?」
「どうやってだろう?」
「俺に聞くなよ」
『父、武人』『母、主婦』。加点もなければ減点もない。せめて、親父さんに武名でもあれば別なんだがな。
「こっからが大事だぞ。経歴だ」
「経歴って何だ?」
「あんたが人生でたどった経験だよ」
「なるほど、では話すぞ。私は16の時に旅に出た」
「え?その前は?」
「知らん」
「大事だっつっただろ!?」
「わからんものはわからんのだ。まるでその年で生まれ落ちたかのようだ」
「意味が分からん」
成人まで経歴なしというのはよろしくない。捏造すべきかと頭をひねる。
「続きを聞こう。旅に出て、どうした?」
「最初に訪れた村の話だ。美しい村娘が病気だったので、森に薬草を採りに行った」
「美談だな。しばらくは薬草取りを仕事に?」
「いや、一度だけだ。関所の場所を聞いて、その村を発った」
「そうかい」
だが、優しさと森の知識のアピールにはなるかもしれない。少し盛りつつ、俺は今の話を書いた。
「続けてくれ」
「わかった。関所を越えた私は・・・・・・」
そこからは、延々と武勇伝が続いた。行く手を阻むモンスター。街が抱える難題の解決。仲間との恋。明かされる世界の真実。
「40の誕生日を砦で祝い」
「ちょっと待て」
2枚目の紙が満杯になったところで俺は止めた。
「あんた、今何歳だ?」
「128」
「先に言え!あんた、見た目は若い男じゃないか」
「実は父がドラゴンの王で」
「家族の時に言え!」
「わかるのは割と後半なんだ」
そうなると、家族は書き直しだ。
「それにしても、あんたの経歴は長すぎるぞ。全部語るとどれくらいかかる?」
「本筋だけで20時間くらいかな」
「俺に徹夜をさせる気か!」
「全部いっぺんにやるからだろう。1日1時間にしておけよ」
「俺をどれだけ拘束する気だ!」
「ちなみに寄り道を含めると200時間くらいだ」
「寄り道が多すぎるぞ!」
経歴も1から書き直しだ。
「もう一度頭から書くぞ」
俺は新しい紙を出して、書き連ねた。
名前、エニクス。職業、狩人。出身、西の最果ての村。父親、竜王。母親、主婦。
父親の部分だけ浮いているが、加点要素になるかもしれないので残しておく。
「経歴はやめだ。次は能力。あんた、どんなことができる?」
「一番得意なのは剣技だな」
「なるほど、見た目通りだ」
「得意な技は、対軍団向けの『蒼天斬』と、一人を連続で斬る『胡蝶斬り』」
「履歴書に効果は書かないなあ。流派は?」
「師匠はいない。自力で覚えた」
「え、じゃあその技名って」
「私が自分で考えた」
「そっかぁ」
『我流剣術(蒼天斬、胡蝶斬り)』と。実技まで行けば大丈夫そうだが、書類で落とされないか心配だ。
「ほかには?魔法とかは?あるとウケがいいんだが」
「回復魔法を少々嗜む」
「いいね。軍では重宝されるぞ。どんなのが使えるんだ?」
「全体回復と死者蘇生」
「嗜むってレベルじゃない!それはすごいぞ。一発採用だな。さてと」
「待て。書くな」
「なんでだよ」
「それだと、後方に回されそうだ。戦場近くの休憩ポイントで回復役や蘇生役など・・・・・・退屈すぎて怖気が走る」
「ワガママだなあ」
もったいないが、『回復魔法』とだけ書いた。あと、紙の末尾に『前線での戦いを希望する』と加えておく。長続きしないとお互い不幸だ。
「ほかに書きたいことは?」
「この剣は北の遺跡で手に入れた伝説の」
「持ち物について語る履歴書がどこにある。あんた自身のことを書くんだよ」
「この剣は私の半身だ!」
「そういう話はしていない」
能力、以上。
「次も大事だぞ。自己アピールだ」
「能力はさっき書いたろう」
「ここに書くのは内面だよ。性格、主義、信条。そういった部分の『良いところ』だ」
「決まっていない」
「おまえは何を言っているんだ」
「その辺をはっきりさせると感情移入しにくい」
「人となりが分からん人間を、誰が雇いたがるっていうんだ」
仕方ないので、俺はさっき捨てた経歴の紙を取り出した。
「もういい、俺が経歴を見ながらでっちあげるから、間違ってたら言ってくれ」
「わかった」
「そうだな、まず・・・・・・『私は勇敢な人間で、どのような相手でも恐れず立ち向かいます』」
「違うな」
「おい勇者」
「知らない相手と戦うなど、怖いに決まっているだろう。死ぬかもしれん。事前に敵の情報を調査して、勝てるように鍛え、必要な道具を揃えるんだ」
「ええと、つまりはこうか。『私は計画的です。事前の情報収集を怠らず、段取りを考えて確実に困難を遂行します』」
「わかっているじゃないか」
「そのドヤ顔はやめろ」
ここまででも悪くはないが、もう少し加えたい。
「ううむ・・・・・・お、これはいいな。『また、優しく積極的で謙虚です。困った村を救ったときも言われる前に率先して行い、見返りを求めませんでした』」
「ふむ。だが見返りはあったぞ?村の地下にあった石版が後に重要な鍵となった」
「え?そうなのか?」
「でないとモチベーションが下がるだろう」
「コトの順序が逆転しているような・・・・・・」
とにかく、これはだめだ。書く前でよかった。没。
「じゃあ、こうだ。『また、友人思いで、仲間を見捨てません。親友が突然病にかかったときも』」
「偶然、寄り道で手に入れた薬で助かった」
「いい話を書いてるんだよ!ちょっとは考えろ!」
「まあ、寄り道したのも調査のおかげだが」
「偶然なのか計画通りなのかどっちだ!?」
『諦めず救う最善の手段をとりました』そういうことになった。
「よし、ようやく最後の項目だ」
「やっとか。長いな」
「20時間語るつもりだったやつが何を言う」
「それもそうだ」
「最後は、志望動機」
「よくぞ聞いてくれた!」
「自信がありそうだな。じゃあ話してくれ」
「任せてくれ。私は、たくさんの場所で人々を助けた」
「実体験に基づいたいい展開だ。それで?」
「その中で、私は世界に神の愛が足りていないことに気づいた」
「詩的だが、先が気になるな。それで?」
「つまり、今の神が間違っているのだと私は知った」
「なんだって?」
「そこで、神を倒すべく軍を志望するのだ」
「街の防衛軍の志望動機だよな?」
「私はそんなこと一言も言っていない」
確かにそうだ。
「しまった、プロにあるまじき失態だ・・・・・・。」
「どうかしたのか?」
「この国の標準語で書いたんだよ。この国の軍でないなら書き直しだ」
「そうか、それはすまんな」
「いや、こいつは俺のミスだ。それで、どこの国の軍に入りたいんだ?」
「実は、人間の軍ではない」
「そいつは、なおさらまずいな」
「そうなのか?」
「ああ。異界に宛てる場合、紙が使えないこともある。夢の世界に紙は持って行けないだろう?」
「なるほど、難しいものだな」
「そうなんだ。で、どこの軍を志望する?」
「神を倒すための軍だぞ。決まっている」
堂々と、誇らしげに答えた。
「悪魔軍、第一師団」
「悪魔の世界にカミはねえ!」
叫んで履歴書を引き裂く。紙はバラバラになった。
履歴書、イチから書き直し!
オチが若干気に入らない……。
2時間くらいで書いたものなので、いい案が思いついたら改稿します。