魔王のすみか
本日3話目
魔王の住む屋敷。の、前の広い場所。
よっこいしょ、と黒いドラゴンから降ろしてもらっていたら、屋敷から何人かが一斉に駆けてきた。
「おいっ、ノクリア!」
「だってディーゼの娘だ! ハナの娘だぞ! 会えるなんて!」
「あれ、お母様よ。で、後ろのでかいのが父よ。世界の魔王サマ」
私の傍に立って、私の頭に手を置いたセディルナ様が教えてくれた。
「じゃあ、魔王のジィジと魔族のバァバ!」
「えっ、シーッ、駄目それ、ヤバイ、魔族じゃなくてあの人『人間』って言ってあげて、ねっ!?」
セディルナ様が驚くほど動揺して私の顔を覗き込んで必死に頼んだ。
うん、と私は頷いておいた。
その会話の間に、走って目の前に、3人。
「はじめまして! シマザキ リンだろう!? 私はノクリアだ、ディーゼの母で、リンの祖母になる!」
腕を広げて、可愛いお姉さんが泣きそうな顔で笑った。
「ノクリア・・・バァバ! バァバ、若いね!」
思わずこぼれた声に、ノクリアバァバは驚いたようになり、それから笑う。
「そうか? そうでもないぞ。抱きしめたいのだが、良いか?」
「うん。はじめまして、バァバ」
「はじめまして、リン」
ギュッと抱きしめてもらう。
「あぁ、あの子の匂いがする」
とバァバが嬉しそうに言う。パパの匂いって事だよね?
「ノクリア。私にも挨拶をさせろ」
太く響くような声に顔を上げる。大きな男の人だ。魔王だな、と分かったのは、私が勇者だからかもしれない。
「勇者リンか。頼もしいな。よく来た。・・・平和に生きているのだ、殺さないでくれよ」
と魔王のジィジはまだバァバに抱きしめられたままの私に優しく話しかけてきた。
「うん。大丈夫」
と頷くと、楽しげに魔王のジィジは笑った。
「セディルナ。スピィシアーリ。迎えをありがとう。スピィシアーリ、いつもセディルナが無理をさせていないか心配だ。すまないな」
「セディルナ様の力になれるだけで幸せなので」
チュッ
と音がしたのでチラとみると、セディルナ様が黒いドラゴンにキスをしていた。仲が良さそう。向こうもラブラブだなぁ。
「リン。向こうで、ルディアンやイフェルに会ったか?」
バァバが心配したように聞いていた。
「はい。元気でラブラブでした。召喚してごめんなさいって言ってた」
「問題は解決したのだろうか?」
「向こうは大丈夫だと思います。でも魔王を倒してって言われてまだ帰れません」
「そうか・・・。ルディゼド。リンに負けてくれるか?」
「構わないが」
魔王のジィジが面白そうに答えた。
「立ち話も何です、屋敷に入りましょう」
別の人が声をかけてきて、見れば会釈をされた。背の高い怖そうな男の人だ。
「こんにちは。俺はイーギルド。上から2番目の兄。俺の下にもう一人ゼクセウムという弟がいる。その次がリンの父親になったディーゼ。それから」
「その後に、私。リィリア。よろしく、リン」
小柄で可愛い女の子が私を見ている。
「兄弟、何人ですか?」
「ん? ルディアン、セディルナ、イーギルド、ゼクセウム、ディーゼ、リィリア。6人の子がいる。孫はリン1人だ。会えて嬉しい、リン」
バァバが本当に嬉しそうにスリスリと私に擦り寄った。
本当に、豪華なお花のようなにおいがフワっとして、思わず抱き付き直して擦り寄ってしまった。
***
ものすごくチヤホヤしてもらった。
勇者ってこんな感じで良いのかなぁ。勇者のジィジはものすごく苦労して死にそうだったって言ってたけど。
みんなが私を撫でたがり、パパの話や普段の事を聞きたがった。
途中で、会えてなかったパパの兄弟の一人も駆けつけてくれて、その人とも挨拶した。
パパは異世界でとても寂しい思いをしたって言ってたけど、こんなに沢山兄弟がいるのに不思議だ。
と思っていたら、みんな途端にしんみりして、パパにごめんなさい、と口々に言った。
パパの兄弟たちは、悪ガキばかりだったそうで、バァバも大変過ぎて、結果パパは力をあまり持たない、無事に元気に生きていてくれる子であればそれで良い、なんて状態で生まれてしまった。
それもこれも、山を壊したり城を壊したり国を潰したりしたパパの兄弟たちのせいで、その頃の魔王のジィジとバァバは皆に頭下げたり責任とったり回復させたりもう大変だったのだそうだ。
ちなみに一番の原因は、人間の国に居座っているルディアンさんらしい。
「ジィジとバァバ、大変だったね」
「分かってくれるか。さすが勇者だ」
今はジィジの膝の上で、頭を撫でてもらいながら、バァバが作ってみたというアイスクリームを食べている。硬くて苦い。でも皆美味しそうだ。さすが異世界。
「リン。勇者にはこちらのものは口に合わないと聞いている。口に合わなければ、無理しなくて良いんだぞ?」
と、最後に現れた、ゼクセウムさん(パパのすぐ上のお兄さん)が言ってくれた。
「大丈夫です。こういう味だって思って食べています」
「ディーゼの娘だから口に合うかと思ったが」
バァバが首を傾げるように驚き、私の食べているアイスをペロリと舐めた。
「ふむ。少し待っていろ」
と優しく笑み、立ち上がって行ってしまった。
バァバが行ってしまうと、ジィジが笑いながら話しかけてきた。
「ノクリアが意図した性質を持つ子が産まれてくるのだ。一人目のルディアンは何の制限も受けず、私を超えた力を持った。次の二人目は、私が女を希望したのを受けて、セディルナが生まれた」
「でもお母様、お父様を娘に取られてしまうのが嫌だったのよ。秘密の話だけど」
ニュッと、セディルナ様が身体を割り込ませるようにしてヒソヒソッと言って笑った。
「私は、お母様の友達だったっていう強い魔族に似て生まれているの。気ままで自由なネコなのよ」
そう言ってからセディルナさんは立ち上がり、
「スピィシアーリが待ってるからもう行くわ」
とウィンクした。
私は頷いた。黒いドラゴンの事だと分かった。
「スピィシアーリは種族的にも強い方だが、我々が格段上のために、家族が一堂に集まると魔力酔いで近寄れなくなる」
少し仕方なさそうに魔王のジィジが説明してくれたが、良く分からない。
「スピィシアーリさん、セディルナ様の恋人」
と知っている事を口にすると、魔王のジィジは肩をすくめた。
「恋人の一人だな。セディルナはどうも気まぐれだ。・・・まぁ、家族を除けばセディルナより強者がいないのだから。可哀想だが、仕方がない」
「うーん、良く分からない」
「そうか。それも仕方ないな」
「うん」
話を引き取ったのは、イーギルドさんだ。怖い感じの人。
「兄は、制限無しで生まれた強者です。すると、兄と父とで、母の取り合いが始まった。だから姉以降に、母は無意識に色んな役割や制限を与えたのです。最後のリィリア以外。私の場合は、兄の補佐をするようにと産まれました」
「ふぅーん? あ、じゃあ。ルディアンさんは今人間のお城にいるでしょ。イーギルドさんも行くの?」
と私は尋ねた。
すると、イーギルドさんは真顔で私に肩をすくめて見せた。なんだろう。
「兄と父の間を、私が取り持ちますので、こちらで良いんです」
「そっか」
分からないけど、そう答えておいた。
少し優しく、別のお兄さんが声をかけて来てくれた。後からきた、気さくそうな人。ゼクセウムさん。
「ルディアンお兄様のお父様への反発がすさまじくてねー」
「馬鹿息子だ」
「お父様より強者であることは事実です」
イーギルドさんの窘めるような言葉に、魔王のジィジはものすごく嫌そうな顔をした。あれ、ルディアンさんも同じような顔をしたなぁ。似てるね。