リ カ コ
これは、障害者に涙や感動を求めるよく分からないものへのアンチテーゼであり、完全なるフィクションである。
四歳下の妹、理香子は幼い頃から人目を引く子だった。
学業優秀。運動神経抜群。容姿端麗。そのくせ、お喋りは止まらないし、小学校三年生までは授業中立ち歩いていた。一年生のときに蝶々を追いかけて教室を出ていってしまったこともある。家に帰ってくれば、お姉ちゃん。お姉ちゃん。とくっついて歩き回る。遊びに行けば迷子になるし、突然怒るし。
私はそんな理香子が大嫌いだ。
共働きの親の目はほとんど理香子にいっているし、時々くるおじいちゃんもおばあちゃんも成績のいい理香子を可愛がる。理香子にはよく頑張ったねと言うくせに、私に対しては次は頑張れみたいなことしか言わない。私だって勉強頑張っているのに。学年でもトップクラスの成績をとっているのに。
「ねえ、聴いてよ、お姉ちゃん!」
何故か私と同じ吹奏楽部に入ってしまった理香子。楽器も同じトランペット。はいはい。と言いながらとりあえず聞く。私は受験勉強で楽器を吹けないことをコイツは理解していないのだろうか。
「いくよ!」
そう言って、理香子は私に聞かせる。中二のトランペットなんてぎこちないものだ。入りきっていない息。浅いブレス。音の出だしは意味もなく強くて、音の終わりはぶつんと切れる。まあ、中学生だし、これからだ。そもそもコイツが上手かろうと下手だろうと私には関係ない。
「ねえ、どうかな?」
「別にいいんじゃない?」
「ええ、何がよかったのかそれじゃわかんないよー!」
「ううん。まあ、なんとなく」
無邪気に。こいつは何がしたいんだ。
「ねえ、本当に思ったこと言ってよお! これじゃあ上手くなれないよ! お姉ちゃん伝説の先輩って言われてるんだよ!」
「なにそれ」
「部内で一番上手くて、一番怖い先輩」
コイツ。本人の前で言うことではないだろう。なんだか苛立つ。どうせ気まぐれだ。本人が上手くなりたいなら指摘してやればいい。
「まず、音程ちぐはぐなんだけど。合ってる音がない。音程のイメージがないからそうなるんじゃない? そもそもさ、息を吸えてないから苦しいんでしょ? 腹で吸いなよ。それから、舌の使い方が下手くそ。もっとやさしく舌をついたら? 音の終わりも酷いよね。腹の支えがないからそうなるんだよ。口先だけで吹くのやめたら?」
思ったこと言ってやったら、泣いた。そして私の腕を遠慮なく叩いてきた。痛いな。本当に最悪。上手くなりたいのなら泣く暇あったら練習すればいいのに。というか、受験勉強の邪魔。
「私の演奏、そんな酷くないもん!」
いや、酷いわ。
しばらくしたら、お母さんが出動。また面倒くさいことになってきた。はあ。どうせ私が悪者だし。
「何があったの?」
「悪かったところを言ってみたいな感じできたから言っただけなんだけど」
「お姉ちゃんが下手くそって言ったあー!」
下手くそなんて言った覚えないのだが。いや、下手くそは事実だが。
「もっと伝え方あったんじゃないの?」
「はいはい」
「なんでそんな態度なの?」
「普段通りだけど」
「あんたねえ。イライラしているのしか伝わってこないけど」
「だいたい、私の勉強の邪魔をしたことを理香子に怒らないわけ? 私が同じことしたら私には怒るでしょ?」
「あんたはあんた。理香子は理香子でしょ。そういうこと言わないの」
「はあ。疲れたから飲み物飲んでくるわ」
ちょっと! と言われたが、ぎゃあぎゃあ泣いている理香子と理香子が落ち着くまで何も言わないお母さんのいる部屋になんか絶対戻りたくない。最悪。数学の問題。解いている途中なんだけど。
はあ。いつになったら止むのか分からない。勉強道具もない。テレビ見ている場合じゃないけれど、しょうがない。と思っていたら、理香子が泣きながら降りてきた。
「なんで理香子に意地悪言うの?」
まず、その一人称やめろと言ってやりたい。
「言ってないけど」
「言った」
「ああ、そう。楽器のことに関しては嘘ついていないから、私が言ったこと意識しなよ。よくなるように指摘したんだけど」
「あんな酷いこと言うなんて、ありえない! 理香子、先輩からも上手いって言われるもん!」
ああ。上手い要素は分からないが、とりあえず音色が悪くないというだけだろう。あとは指が速いところもなんとかはなっているからだろう。ただ、それだけだ。
「ああ、そう」
「なんでいつもお姉ちゃんはそうなの! なんで理香子に冷たいの! なんで理香子に酷いこと言うの!」
「あんた、ずるいんだよ」
ああ、言ってしまった。理香子だからしょうがないと思わないといけないのに。でも、もう止まらない。
「あんたは勉強も運動もできる。見た目もいい。そのくせ、親には可愛がられてるだろ! 勉強できるからってたくさん親に甘えてさ、おじいちゃんもおばあちゃんもあんたのことすごい可愛がってさ! なんなの! 平気な顔して私の邪魔ばっかりして。全部注目さらって。あんたのせいで私は親にも目も向けてもらえないんだよ! ずるいんだよ、あんた」
理香子は注意欠陥多動性障害だ。別に空気が読めないわけではないけれど、衝動に負けて体が動いてしまう。注意力がかけてしまっているから、興味のあること以外は長い時間集中することも苦手だ。常に行動していないと気持ちが落ち着かない。集中していることを止められない。そんな妹だから、目を離せないと親に言われた。
「お姉ちゃんだってずるいよ! 理香子だってみんなと同じになりたいよ! でもできないんだよ! お姉ちゃんばっかりいろいろなことできてずるい。理香子、学校で教わる勉強しかできないんだよ! 他のこと何もできないの。友達だって作れないんだよ。お姉ちゃんはそんなこと普通にできるなんてずるいもん! 理香子だってお姉ちゃんみたいに変な子じゃなくなりたい!」
別に謝る気持ちにはなれなかった。それでも涙を流していた自分がいた。慌ててお母さんがきたが、私も理香子も見つめあっているだけだ。
ふいに、理香子は口を開いた。
「みんなと同じじゃなくてごめんなさい」
私は返す言葉が見つけられなかった。
障害を扱うって難しいですよね。こんな彼らでもできるんだ。みたいな考え方はあまり好きではないので、発達障害を扱って話を書いてみました。わりと兄弟が抱く心情はリアルな側面も持っている、気がします(笑)
「自分が将来面倒見る!」なんていい子、ばっかりではないからな。それを求めるのも酷。
ただ、お姉ちゃん、それを言ったらさすがに妹泣くよ。




