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「いっそ、一緒に暮らすとかは・・・、」

「・・・えっ? どこで? 誰と?」

「いえ、部屋をシェアすれば家賃折半だなって、ただそう思っただけで、具体的なことは・・・、ただ、最近シェアハウスが流行っているなとか、そういう取り留めのないことが頭に浮かんで・・・」

「あぁ、シェアハウス、流行っているよな、確かに」

「流行ってはいるけど、この場合、どうすんの? どこで誰とシェア? もしかしてここで、俺と芦?」

「えっ? いっくんがここに越してくるってことっ? 無茶言うなよ! 男二人じゃ、部屋、狭すぎだろ!」

「みーさんとお堂も一緒ですもんね」

「実質、四人暮らしっ?」

「いや、せめてお堂を生き物カウントするの止めようぜ。みーさんはともかくさ」

「でも、存在感的には、一人分カウントせざるをえないような気が・・・」

「それは確かにするけど・・・」


 もう、何がなにやら、という状況だった。この三人だと、よくある事ではあるのだが。

 ただ何がなにやら分からない会話になりつつも、それでも細い糸を辿るように会話を続けているうちに、話は家賃のシェア、という方向で進んでいく。しかし進みながらも、もう一つ、そもそもこの問題が起こった理由が思い出され・・・。


「もし部屋をシェアするとしたら・・・、井雲と暮らすのは誰よ、って話だよな。いっくん、シェア出来るような奴、いるの?」

「あーちゃん、キミと同じように友の少ない俺に、そういう寂しい質問、する?」

「・・・すまない、いっくん、俺としたことが、配慮に欠けた発言を・・・」

「・・・というか、僕、今ふと気づきました・・・、というか、思い出しました。そもそも、井雲さんが家に帰れないって現状から、話は始まってますよね? 井雲さんが他の、たとえばバイト先の方とかと部屋をシェア出来たとしても、部屋に戻れない、部屋が倉庫と同じ扱いになるって点は変わらないですよね? それとも井雲さんとしては、家賃が下がれば倉庫代わりの使用法でも構わない、という感じなんですか?」

「・・・そうだった」

「・・・いっくん、俺はともかく、当事者がその反応って、どうなの?」

「・・・いや、さっきの数値として見た自分の財政状況があまりに衝撃的で、なんか、すっかり・・・、でも、まぁ、確かに家賃が下がればまだマシって感じだけど、部屋を借りるんなら、部屋として使いたいなぁ。倉庫代わりっていうなら、それこそトランクルーム借りたらいいって話じゃん」

「でもじゃあ、どうすんのって話だよな? トランクルーム借りて、この部屋で俺とってのは、マジ、無理だから。今だって、寝る時間が違うから一緒にいるだけで、休みの日とか二人並んで寝るスペース、マジ、ないよ」

「俺だってこのスペースに居つく気はねーけど・・・、あー・・・、問題が最初に戻った感じだな」


 再び訪れる、三人の沈黙。

 しかし一応それなりに前に進んではいたらしく、疲れきったようにぼやいていた井雲が、何の気もなしに続けたのだ。


「まぁ、どっかもう少し広い、一人一部屋あるような場所で皆一緒に、とかならまだともかくさぁ・・・」と。


 瞬間、再び沈黙が落ちる。

 口にした井雲自身も含めて、零された台詞の実効性の有無を半ば反射的に考え始めていたのだ。

 シェア、という単語が出てきてから、ずっと話に上がっていたのは、芦の部屋で暮らす、という案だった。しかし広さを考えても、それは難しい。・・・が、確かにこの部屋では難しい、というだけで、他の部屋、という方法もあるわけで。

 しかもこの部屋なら二人でも難しい為、三人なんてもっての他だが、広い部屋でなら三人とも一緒に、ということも勿論、可能だ。可能、なのだが・・・。

 無言のまま三人がそれぞれ考えを巡らせる中、意外なことに、一番最初にその案を遠慮がちとはいえ、却下したのは宇江樹だった。

 正確には、一部を却下したのだが。


「あの・・・、他の、もう少し広い部屋でシェアするっていうのは良い案だと思うんですけど、僕はそのお仲間に入れそうにないと思います」

「え? マジで?」

「すっ、すみません!」

「いや、別に責めてないって! うーさんにはうーさんの事情があるもんな! 俺も今、大した考えもなくぼろっと言っただけで・・・」

「そうそうっ、うーさんは俺達とは違って、立派な社会人なんだし、色々と・・・」

「本当に、すみません、あの、僕は是非、ご一緒したいんですけど、僕がご一緒してしまうと、父が押しかけてきてご迷惑をお掛けしてしまうかと・・・」

「・・・あぁ、そういうことか」

「・・・そりゃ、仕方ないよね。うん、仕方ないって」


 まさか宇江樹に真っ先に断りを入れられるとは思っていなかった芦と井雲は、驚きのあまり少々動揺してしまったが、しかし話を聞いていくうちに、激しく理解するしかなくなってしまった。激しく、激しく、あまりにも激しく理解し、納得してしまったが故に、思わず涙ぐみそうになるほどに。

 深く何度も頷いて、本気で申し訳なさそうにする宇江樹をフォローしながら、芦達は改めて、これ以上の負担を宇江樹にかけまい、と誓う。誓って、そして・・・、話は再び、問題へと戻った。


「でも、そうなると・・・、俺とあーちゃんで二人暮らしってこと? 他の部屋で?」

「この部屋は無理だろ。無理って言うか、嫌って言うか」

「男二人プラス、みーさんプラス、お堂・・・、で、ワンルーム。容量オーバーだな」

「ってか、既に結構容量オーバーしてるだろ。お堂の後ろに、ご利益収納スペースまで出来たんだぞ! あれが止め処なく増えたら、どうするんだよ!」

「・・・怖いこと、言うなよ」

「というか、そもそも僕達、根本的な問題を置き去りにしてますよね。今後、どうするかっていう・・・」

「うーさん、それは開けてはいけないパンドラの箱的なものだ」

「世界に飛び散ったら、回収出来ないんだぞ」

「・・・えっと、微妙に間違っている気がしますが、主旨は分かるので・・・、先ほどの発言は、撤回します。なんか、すみません」

「いや、うーさんに悪気がないのは分かっているから」

「そうそう、うーさんは悪くない。でも、俺達はその問題に取り組むほどの力をまだ蓄えきれてないからさ。うん、今は目の前にある取り組むべき問題に取り組もう」

「・・・そうですね」


 戻った問題先で、芦が思わず上げた雄叫び。それがきっかけで、宇江樹が触れてはいけない問題に触れてしまった。

 本来なら、それさえ解決すれば全てが解決する問題ではある。しかし一度は解決の道を見つけたはずのそれが、更なる迷走の道だと知らされたその日から、新たな道は見つからず、そのままになっているのだ。

 そして、探す気にすらならない。

 芦は似合わないほど静かな声で宇江樹を諭し、井雲もまた、滅多に見せない悟りの表情で芦の発言を支持した。

 押し殺した迫力に満ちた二人の様に、宇江樹は自分の過ちを察して・・・、素直に詫びる。勿論、他の二人はその謝罪を優しく、包み込むように受け止めた。その表情は、菩薩のようだ。菩薩、のようだが・・・、いつかは必ず向き合わなくてはいけない問題に向き合う為の力が今はまだ蓄えきれないのだと語られるそれが、一体いつになったら蓄えられるのか、その日は果たして訪れるのかどうか・・・、かなり怪しい未来だった。


「でも、俺、この部屋出てくのは嫌なんだけど」


 数秒落ちたどうしようもない沈黙の末、ふいに、何の考えもなく、ただ感情だけで洩らされた呟きが聞こえてきた。誰が洩らしたかなんて明白なそれに、他二人の視線が呟きを洩らした当人に向いたのだが、二人分の視線を受けた当の芦は、自分の口が勝手に呟きを洩らしたこと自体に自覚がなかったのか、数秒、きょとんとしていた。

 勿論、自覚がなくとも思い起こせば自分以外に口にしようもない台詞だと分かることで、芦はその呟きを洩らした当時を思い起こすように目を瞑ると、やがて静かに目を開き、その口もまた、開いていった。


「いや、だって・・・、この広さで今の家賃って、絶対掘り出し物なのに、手放すのは勿体無いしさぁ」

「掘り出し物なのは分かっているけどっ、今は俺の家賃が勿体無い感じなんだよっ!」

「シェアしたら・・・」

「いやっ、シェアするより安いって、ここ」

「ちょっと高くなるくらいだろっ!」

「ちょっとでも高くなるんだよっ! 手放したくないっ、勿体無い!」

「勿体無いのは俺の家賃!」

「ちょっ、ちょっと、二人とも落ち着きましょう!」


 芦が意図せぬ感情のままに洩らした呟きは、最終的に芦と井雲の叫び合いにまで至ってしまった。宇江樹が思わず両手をそれぞれに突き出し、レフェリーのような仕草で仲裁するほどに。

 勿論、取っ組み合いの喧嘩なんてテレビか小説か、とにかく作り物の中にしかないと思っているほど、争いごとが苦手な二人組みなので、怒鳴り合いはしていても手は絶対に出ない。出ないのだが、出そうなくらいの勢いで騒いでいたので、つい、宇江樹がレフェリーをする羽目になったのだが・・・、彼らは三人は、その時点で、学んでいたはずの全てを放り出していた。放り出していたことに、気づかないでいた。気づかなかったので、勿論、事態はいつも通りの方向へ転がってしまって。


「・・・みぃ?」

「わぁっ!」

「あぁっ、ごめんね! 煩かったよねっ、俺達! テレビの音、聞こえないよねっ?」

「そのっ、俺達、決してみーさんを押し付けあっているわけじゃないからっ!」

「当たり前だろ! みーさんっ、違うからね!」

「そうですよ! 僕だって、父のことさえなかったら、是非シェアを・・・」

「俺だって、この部屋を手放すのが惜しいだけで!」

「家賃が勿体無いってだけで、俺もみーさんと一緒にいたくないわけじゃないんだぞ!」


 ・・・三人とも、壮絶なほど必死だった。

 あまりに声が大きくなっていた為、テレビから意思がそれてしまったみーさんがすぐ傍に佇み、小首を傾げてその邪気のない、円らな瞳でじっと見つめてきているのだから、それは必死なほど焦ろうというものだ。

 なんせ、話している内容が受け取りようによっては、みーさんの・・・、正確に言うならみーさんとお堂の扱いに困っています、という意味合いで受け取られてもおかしくないのだから、それは焦る。自己保身の意味もあるが、三人とも、決してみーさんを疎ましく思っているわけではないのだから。

 ただ、どうしたら良いのか分からない、このままずっとというわけにもいかないだろう、という気持ちがあるだけで。

 しかし多少なりともそういう気持ちがある為、後ろめたさのようなものもあるのだろう。そしてまた、そう思ってしまう申し訳なさ、あとは天罰が怖い、という諸々の心情に見舞われた三人は慌て、そして尤も慌てている、今回の問題の一番の当事者たる井雲は、ついに自分でも特に今まで思ってもいなかった台詞を叫んでしまう。


「もういっそ、このアパートの部屋がもう一つくらい、空けばいいんだよ!」と。


 ・・・おそらく、色んな意味での混乱の中で、井雲の中でいくつかの葛藤が合わさった結果の叫びだったのだろう。

 今の部屋、その家賃に対する不満、シェアハウスという案に対する障害と葛藤、それに芦のこの、掘り出し物である部屋への羨望。

 それらが全て合わさった上に、焦りの心情が迸ってしまったのだろう。

 ただ、芦はこの類の発言に慣れていた。井雲は常々、芦の部屋を羨ましがっていて、どこか空かないか、さもなければ自分がこの部屋を借りたいから出て行ってくれと訴えるほどだったからだ。

 つまり、色々な心情が混じって迸った言葉ではあるが、よく口にしている発言でもある為、口が慣れていたからこそ焦っていても口から迸ったと、そういうことだったのだろう。

 聞き慣れた言葉に、芦は慣れたように「だってここ、人気だから他の部屋もずっと全部埋まっているぜ」と軽く返し、宇江樹は「あのっ、不動産屋さんを回りましょう! きっと他にも良い物件、見つかりますよ! 僕、手伝いますし・・・」と、相変わらず善良な申し出を口にする。

 その間も、井雲は両手で頭を抱え、まるで漫画の登場人物のような仕草で苦悩を表し、妙な呻き声を上げて・・・、という大騒ぎに発展していたのだが、騒いでいる三人は、新たに盛り上がり始めてしまった騒ぎに気を取られ、肝心な事と、大切な事を失念してしまっていた。

 その肝心な事というのは、何度も立ち戻っては忘れる当初の問題点が、井雲が自分の部屋で生活が出来ない、部屋を部屋として使えないということであって、芦と同じアパートに住んでも、部屋が分かれている以上は完全解決にはならず、多少、近づいた分だけ部屋にいる時間が増えるかもね、程度の解決にしかならない、という点だ。

 また、大切な事というのは、当然・・・、


 ──願望を口にした井雲を見上げる、円らな瞳の存在のことで。


 おそらく、騒ぎは数分は続いていただろう。

 しかしもっと続いていてもおかしくなかったそれは、不意に聞こえてきた音に宇江樹が気づいたことで、一旦、止まった。


「あの、お隣から結構な音が聞こえてきませんか?」

「え? ・・・あ、本当だ」

「珍しいな、ここの隣、いつも結構静かなのに」

「そう、だよな・・・、隣っていうか、ここ、皆、結構静かな奴ばっかりみたいなんだけど・・・」


 宇江樹の台詞で気づいた物音に、もう数年ここで暮らしている芦は首を傾げ、ここ数日殆どここで寝泊りし、それ以前でもよく遊びに来ている井雲もまた、怪訝そうな顔で隣がいるであろう壁へ視線を向ける。

 勿論、視線を向けたからといって壁の向こうが見えるわけでもないのだが、井雲の視線につられたように、芦と宇江樹もそちらへ視線を向けて、暫し、黙ったまま聞こえてくる音に耳を澄ませた。

 壁越しに聞こえてくる音は、重い物を引き摺ったり、置いたりするような音で、どうやら家具や荷物を動かしているようだった。しかも、幾つも幾つも、まるで部屋中の荷物を動かしてでもいるかのような音だ。

 新しい家具を買った、季節外れの大掃除、模様替え等々、暫く耳を澄ました後、三人とも意見を出し合ってみるのだが、どれも決め手には欠けていて、その間も続く物音に、不思議な思いで三人とも、再び黙り込む。

 時折、凄い音は聞こえてくるが、それでも普段は静かな隣人なので、偶に物音をたてるぐらいで目くじらを立てる気は三人とも、ない。大体、そもそもが揉め事を好まない人種なので、毎日轟音を聞かせられるくらいしない限り、何らかの行動を起こそうという気は起きないのだ。

 だから怒っているわけでもなんでもないのだが・・・、普段は起きないことが起きれば、当然、気にはなる。所謂、好奇心が疼くのだ。疼くのだが、しかし普段なら疼いた好奇心を満たす行為としては、他愛無い雑談、つまり予測を語り合うぐらいのもので、何らかの行動を伴ったりはしないし、今回もそうなるはずだった。

 しかし三人が予想していなかった事態が起こった為、彼らは結果的に、立ち上がらないわけにはいかなくなってしまう。

 普段にない行動を取る羽目になった理由、それは・・・、


「みぃ!」

「え? どったの? みーさん」

「いっくん、どうした?」

「いや、みーさんが・・・」

「あ、井雲さんの袖、なんか凄く引っ張ってますね」

「え? あ、本当だ」


 みーさんの突然の行動だった。

 固まって聞き耳を立てている三人の耳に唐突に聞こえたのは、みーさんの嬉しげで、楽しげな声で、芦の角度的には見えなかったのだが、声を上げるのと同時に、みーさんは井雲の袖を小さな両手で引っ張っていたのだ。

 宇江樹の言葉でそれに気づいた芦と、引っ張られている井雲、すぐ傍で行われている突然の行動を見守る宇江樹を円らな瞳で見上げるみーさんは、一度、三人に向かっていっそう嬉しげな笑みを向けたかと思うと、次の瞬間、井雲だけに視線を定めて、笑みをそのままに、大きくこっくり頷いたのだ。

 まるで、任せろ、もしくは、大丈夫だ、とでも言いたげな、気の所為でなければ何となく、誇らしげとも自慢気とも見える態度で。

 幼さ故に微笑ましく見えるその姿を目にした三人の時は、暫し、止まった。特に、井雲の中の時間は『時間』という概念が崩壊するのではないかと思うほど決定的に、止まった。いっそ、このまま永遠に止まっていてほしいと無意識に願わずにはいられないほど力強く、止まった。止まって、たった一つの予感が齎されていた。三人ともに、中でも、井雲に一番強く、強く。


 ──嫌な、予感がしていた。壮絶なほど、そしてとても覚えのある、嫌な予感が。


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