私の告白(女学院シリーズ)
私がこの恐ろしい夢を見ましたのは、麗しの君と呼ばれる上級生のお姉様が亡くなる三日前の日のことでした。私はその日、偶然にも学院の薔薇園で麗しの君のお姿をお見かけしました。……いいえ。偶然などではございません。私は麗しの君に焦がれるあまり、彼女が決まって、月の第三木曜日にその薔薇園に現れることを突き止めておりました。勿論、お声を掛けるつもりなど毛頭ありませんでした。ただ、柱の陰に隠れて、穢れなき麗しの君の無垢なるお姿をこの瞳に焼き付けてさえいられれば、幸せだったのです。……私の幸せなどそんなものです。
麗しの君は、いつも放課後の四時半ぴったりに薔薇園を訪れていました。彼女は美しい容姿でありながら、美しい心まで持ち、その清らかなるお心のままに咲き誇る植物へ甲斐甲斐しく声を掛けていました。
『枯れては駄目よ。決して、枯れては駄目』
その様子を私はひっそりと柱の陰から盗み見ておりました。醜い私が麗しの君へ声を掛けるなど、あってはならないことだからです。ですから、私は麗しの君が薔薇園を訪れ、植物へ声を掛けてから、お帰りになるまでの間、ずっと彼女を見つめておりました。片時も目を離さず、食い入るように見つめていたのです。
あの日も、麗しの君は私が見ていることも知らずに、また、そんな罪深い人間がこの世にいると微塵もお疑いにならないご様子で、薔薇園にいらっしゃいました。そして、ここからが私の恐ろしい夢とつながっていくのですが、麗しの君はある花壇の前にしゃがみこむと、周りを気にするように辺りを見回しました。そうして、薔薇園に誰もいないと思い込むと、白き御手を柔らかな土の中へとためらいなく突っ込まれました。私は息を殺して、その様子を見つめておりました。しばらくして、麗しの君は土の中からご自身の御手を引っ張りだしました。その御手には何も握られていないように見受けられました。私はさっぱりわけがわからずにいると、麗しの君は手についた土を叩き、軽やかに去っていってしまいました。
私は急いで、麗しの君が手を突っ込んだ花壇の前にしゃがみ、同じように手を突っ込んでみました。けれども、いくら引っ掻いてみても土の中には何もありません。あきらめて、手を引こうとしたそのとき。何か、硬くて冷たい球体が私の中指と人差し指に当たりました。私は、これだと思って、その硬いものを掴み、土の中から引っ張り出そうとしました。しかし、硬いものは何かに繋がっているようで、びくともしません。私は渋々、諦めて、手を離しました。
その日の夜のことです。夢に麗しの君が現れました。夢の中の彼女は私が見たときのように花壇の前にしゃがみこみ、なりふり構わず、土に手を突っ込んでいました。私はそんな彼女を見下ろすように立っていました。私は焦りました。どうして、いつもの柱ではなく、こんなところに立っているのか。ああ。麗しの君に気付かれてしまう。そう思った瞬間、下を向いていたはずの麗しの君がばっと顔を上げました。その顔は般若よりも恐ろしく、思わず目を逸らしてしまいたくなるほどの憎悪に満ち溢れていました。麗しの君は、土の中から手を引っこ抜き、汚れた手のまま立ち上がると、私に向けて何かを投げつけたのです。ああっと叫び声をあげた私の足元に美しい色の小さなガラス玉が転がりました。麗しの君は、こう叫びました。
『お前のせいだわ!お前のせいで、叶わないのだわ!』
震える私の足元でガラス玉が砕けました。すると、中から赤色の煙が立ち上り、麗しの君が断末魔ともいえるような絶叫を上げました。そこで、目が覚めました。
ええ。恐ろしい夢でした。聖女のような面影が消え去った麗しの君のお顔のなんと醜いことか。あの耳障りな叫び声。この世の終わりのようなあの声は、一体何だったのでしょう。それに、叶わないとは何のことでしょう。はっきりしないことが夢の性ですし、私の後ろめたさが見せた、ただの夢といってしまえばそれまでですが、夢といえどもあれほど恋い慕う麗しの君を化け物のような姿に変えることがはたしてできるのでしょうか。私はその答えに首を振りました。つまり、否定したのです。
その三日後に、麗しの君は校舎から飛び降りてしまわれました。目撃者によると、まるで何かに突き落とされるかのように嫌がり、身をねじりながら、落ちていったそうです。……ああ、恐ろしい。そんなことって、あるのでしょうか。とにかく、私は私が見た夢のせいで、いえ、私があの日の麗しの君の不可解な行動を見届けたせいで、彼女が死に至ったと本気で考えているわけです。ええ。理由は分かりませんとも。
けれども、話はこれでおしまいではありません。悲しくも麗しの君がこの世を去られたその日のうちに、麗しの君とひそかに下級生の人気を二分していらしたお姉様が病院で目を覚まされたというのです。その方は、ちょうど半年前から、理由も分からぬ昏睡状態に陥っておられ、学園の誰もが一日も早いお目覚めを願っておりました。お二人がお元気でいらした頃は、麗しの君とそのお方の周りだけがまるで楽園のように輝いて見え、さしずめお二人は楽園で戯れる女神かと錯覚するほど眩いお姿で華やいでおられました。病室には、麗しの君が自ら手折った花を飾っていたと聞きます。それなのに。ああ。誰がこんな不幸な結末を予想できたでしょうか。
あれから、あの薔薇園へは一度だけ、足を運びました。麗しの君が声を掛けていらした花壇に美しく咲いていたはずの花は汚らしく枯れていました。それ以外の花壇の花は変わらず綺麗に咲いているというのに、その花壇の花だけが萎れてしまっていたのです。理由など私には分かりません。しかしながら、あの日、私が見ていた全てが麗しの君の死に繋がっているという確信は確かにこの胸の中に残っているのです。……これで、私の告白を終わります。
悪魔と取引して、心臓をガラス玉に変え、そのガラス玉を養分にして毒花を育てていた。その毒花は一見普通の花であり、呪いをかけたい相手以外にはきかないもの。ガラス玉に他者が触れると呪いはとけ、悪魔との契約により命を奪われてしまうことになっていた。