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紅の鍵師アギト

金海みずきは、アルバイトから戻ると、迷わず二階の自室に直行した。荒々しい足取りだったが、むろん、家には誰もいないので、その足音を気に掛けるものはなかった。みずきは、電気をつけることもなく室内に入り、キャスターチェアにどかりと座る。一通のメッセージが届くのを今か今かと待ちわびていたのだ。液晶モニターの青白い光が幼い瞳をぎらりと輝かせる。

「X……」


郊外の路地裏にひっそりと佇む一軒の店は、長方形の店内に一列のカウンター席があるだけの小さな造りである。室内は黒で統一され、大理石のテーブルには等間隔に丸いスポットが落ちていた。明るい印象をもたらせていたのは、壁一面のカラフルなボトルでも、心地よく響くジャズの音源でもなく、マスターの笑顔である。マスターといっても直樹は今年で二十一歳。大学を中退して亡き父の店を継いだばかりだ。マスター直樹は、今日も忙しそうに手を動かしながら、アギトと話をする。夕方の開店時間が近づいていた。

「アギト。そういえば、今朝、バーにあなた宛ての荷物が届いていましたよ」

カウンターの中から黒髪のマスターが爽やかな笑顔と共に小包を手渡した。

「さんくす、直樹」

丸椅子に腰かけているアギトは、薄明りに映る差出人欄を一瞥して、顔を曇らせたようだ。彼は、直樹と高校時代からの悪友。後ろで縛られた肩までの赤い髪と、目つきが悪いのが特徴だ。

「なになに? 事件の予感?」

 アギトの隣に座っていた明香里(あかり)が大きな目をぱちくりさせて、身を乗り出した。彼女は、マスター直樹の妹―小学3年生―である。

「小学生探偵の出番はありますかね」

直樹は、整った歯並びを見せて目じりを下げた。

アギトの本来の仕事は、鍵師である。大抵は、不動産会社からの依頼で、入転居時の玄関の鍵を取り換えるというもの、急な仕事と言っても、鍵の閉じ込め事故というくらいである。ところが、時折、ホームページなどを通じて、得体の知れない仕事を任されることがあった。ちなみに、実店舗を持たないため連絡先は、直樹のバーになっている。


『高校生の娘の行方を探しております。同封しました日記帳は、彼女が唯一残したものです。きっと何かの手がかりになるはず。ぜひとも、暗証番号を読み解き、娘の無事をお知らせください』

アギトは、手紙を声に出して読むと、再びいぶかしげな表情で展開された茶色の包装紙を見た。

「厄介なことになった」

明香里は小首を傾げる。

「依頼人が名無しさんでは困りましたね」

直樹は、笑顔のままだった。

「ああ。名前もなければ消印もない。悪戯と考えてもいいかもしらんが、直樹はどう思う?」

「まず、その立派な日記帳を見る限り悩みどころですね」

「日記帳というより電子辞書だな」

アギトは、アルミ製の電子機器を持ち上げ側面のUSBコネクタを指でなぞった。外蓋を開き電源を入れる。壊れている様子はない。

「わ! 新バージョンじゃん」

アギトの手にあるピンクの光沢に、明香里は、頬を高揚させて声を上げた。

「知ってるのか、直樹妹」

「いい加減、その呼び方よしてよ! そっそれより、アギト、本っ当に知らないの!? 原始人?」

アギトは、この子が自分の妹でないことに安堵した。

「『ダイアリーEXは、電子ペーパー採用のタブレット端末である。機能を最小限に制限することで低価格を実現。本シリーズでは、女性客を引き込むため、人気キャラクターの着せ替えアプリに力をいれた。使い心地としては、付属の電子ペンで文章を書くことができ、手書きの日記帳を思い起こさせる。なお、起動時には、予め、設定した四桁の暗証番号を書き込むことになるのだが、続けて三回間違えると記録している内容が抹消される不具合が報告されており、販売元では現在、商品の回収、対応に追われている』というものです。私が定期購読しているガジェット系雑誌にも必ずと言っていいほど広告が出ていました。今は、テレビニュースになっていますね」

直樹は、新聞を丁寧に折り畳みカウンターに置いた。彼は、機械オタクである。

「二万!?」

アギトは、新聞の文字を拾って自分の目を疑った。

「高校生に持たせる親の気がしれんな」

「でも、うちのクラスにも持ってる子いるよ! インターネットのブログサイトと連携させることもできるんだから!」

明香里は、自分のことのように誇らしげに話した。

「ともかく、暗証番号を解読しよう」

アギトの声にふたりは、心を同じくして深くうなずいた。

「そこで、ここは、オタクの本領発揮といこうじゃないか。なあ、直樹」

「人からオタクと呼ばれるのは抵抗がありますね」

直樹の口調は、朗らかだったが、目は笑っていなかった。

こうして、ダイアリーEXは、直樹の解析プログラムにかけられた。カウンターテーブルの隅に寝かされノートパソコンとケーブルで繋がれている。直樹の入れた紅茶がアギトと明香里の手元に用意されたころ、パソコンのモニター画面が変わり、暗証番号の解読が終わったことを知らせた。

タッチペンを持ったのは、直樹だった。彼は、ふたりにも画面が見えるように、カウンターテーブルの中央に開き置いた。ちょうど、単行本を開いたような大きさである。三人が三人とも息を呑んで、小さな液晶モニターを覗き込む。画面中央のロゴマークが白く光り、選択画面に変わった。いくらかタッチを繰り返して、カレンダーから日記が更新された最終日をタッチする。昨日だった。

『×月×日 ××駅前のファーストフード店。Xは本当に現れるだろうか』

明香里が待てないとばかり、別の日を表示するよう兄を促す。


×月×日 PLにて。Xからメッセージ。


×月×日 もう後戻りはできない。


「Xね。この事件の鍵を握るのはXに違いないわ」

「おい、まだ事件と断定するのは早いだろう」

「どうですかね。これ、見てください」

直樹は、ダイアリーEXの選択画面に戻りアプリを起動させていた。直樹は、アギトの目線まで機器を持ち上げたが、明香里も首を伸ばして、その間に割って入った。

「ピーチランド! この子もやってたんだ」

アギトが眉間の皺を深くしたのを明香里は見逃さなかった。

「アギト、もしかして、ピーチランドも知らないの?」

アギトは、右の眉がひくりと痙攣したのが分かったが大人しくしていた。

「会員数二万人といわれる日本屈指のレンタルブログサービスです。今、ざっと履歴を確認したところ、彼女はXとこのブログに備え付けられているメッセージ機能を使って交信していたようです。日記に書かれたPLとは、ピーチランドのことだったようですね」

アギトは、切れ長の目を一層鋭くした。

「これは、実に好ましくない状況だ」

明香里は、神妙な面持ちなふたりと対照にあっけらかんと手を上げて発言する。

「まず、ダイアリーEXの持ち主を探そう! インターネットに繋がるってことは通信費を払う人がいるわけだから特定できるでしょ!」

 彼女は、さも名案が浮かんだとばかり、鼻息をふかして、エッヘンと身体を反ったが、直樹の反応は期待していたものとは違ったようだ。

「残念。その必要はなさそうです」

「え!?」

明香里と一緒になってアギトは、目を丸くした。

「これは、著名人専用公式ブログページです。彼女は、金海みずき。今世間を騒がせている少女小説家です」

直樹の目は、折りたたまれた新聞から垣間見える見出しを捉えている。【盗作疑惑の人気少女小説家、ブログ炎上】

「どうしたって、おれのところに!」

「もしかしたら、この日記を託した方々は、公になることを恐れているのかもしれません」

「捜索届が出されているかも怪しいということか……この日記が届けられた経緯は不明だが、日記の中身が事実なら、Xが好意的な人物かどうかわからない以上、急を要する」

そのとき、ドアがカランコロンと音を立てて開き、外界の空気と共に今日の一番客が姿を現した。

「ええ、じきに日もくれます。明日、朝一番で交番に日記を届けましょう」

直樹は口に手を添えて囁くように話した。彼のウインクが何を言わんとしているか、もちろん、アギトにはわかった。けれど、明香里もまた、それを見落としはしなかったのだ。


バーの厚い扉を引き開け、狭い階段を潜り出ると、空には夕日が滲んでいた。首元に忍び寄る冷たい風が冬のはじまりを告げている。直樹の店は、大通りから、脇に反れた突き当りにあって、周囲は雑居ビルと古民家が立ち並ぶ。この店を通りすがりに見つけるのは至難の業だとアギトはいつも思っていた。アギトが明香里を駅まで見送るのはいつものことである。駅に向かうには、どうしても、飲み屋街を通らねばならなかったので、小学生を一人で歩かせるわけにいかなかった。


明香里は、××駅でアギトに手を振ってから、改札ゲートに向かう。何歩か歩いてから、くるりとUターンした。アギトがファーストフード店にひとりで向かったのは分かっている。駅前に所在するファーストフード店は、一軒。あの日記に記された駅前のファーストフード店というのは、この場所しか考えられなかった。明香里は、私をのけ者にして! と柔らかな頬を餅のようにぷうと膨らませて、アギトの後を追った。


大通りを挟んで駅の向かいに、例のファーストフード店がある。信号待ちをしながら見上げると、二階席の様子をうかがうことができた。明香里は、アギトと一定の距離を保ち、慎重にタイミングを外して、店に入る。一階は、レジカウンターがあるだけで、客席はなく、店内は店員の姿があるだけだ。店の外から彼が二階席に移動したことは確認している。明香里は、さっとSサイズのオレンジジュースを注文して、紙コップをトレイに乗せ階段のステップを丁寧に上った。上階は、外から見るより、広く感じられる。サイズ違いのテーブルが整列し、窓際にひとり用のカウンター席が用意されていた。明香里は、カウンターの椅子にアギトの後姿を見つけて、ちょうど彼から対角線上にあるテーブルにトレイを置いた。

「喫煙席よ」

彼女が声に驚いて振り向くと、眼鏡を掛けた女性客が立っていた。明香里の目には、アギトたちと同じくらいに写っていたが、実際には、もう少し年上だった。夕食なのだろうセットメニューをトレイで運んで、脇に、パソコンケースを抱えている。明香里は、とっさに今自分がトレイを置いたテーブルに目を落として、喫煙席の煙草のマークに気付いた。

「すみません。気付かなかったものだから」

「いえ、そうだろうと思って声をかけたのよ。驚かせてごめんなさいね。昨日もこんなことがあったものだから。あの子は、中高校生くらいだったけれど」

「どんな子でしたか?」

突然、頭上からアギトの声がして、明香里は息を呑んだ。けれど、目の前の女性はもっと驚いたようで表情を強張らせた。無理もない。髪を赤く染めた長身の見知らぬ男が声をかけてきたのだ。しかも、この強面とくれば。瞬時にその不穏な空気を悟ってアギトが明香里の頭に手を置く。

「妹です」

明香里は、むうっと唇の端をへの字に垂らして、あからさまに不機嫌な顔をした。だが、女性は、いくらかほっとしたようだ。

「妹の友達を探しているんです。昨日から行方が分からなくなっていて。もし、よければ、話をきかせてもらえませんか」

明香里は、やはり不機嫌な顔をして、アギトに何か訴えかけようとしたが、頭を掴む手に制された。

「そうだよな、妹よ!」

「エエ、オニイサマ」

「それは、困ったわね」

彼女は、アギトのデマカセを疑うことなく、ほんとうに心配した素振りで、ふたりをテーブルの長椅子に案内した。

「食べながらでもいいかしら?」

「もちろん」

彼女は、アギトたちと向かい合って腰を落ち着かせ、しゃべりはじめた。

「そうは言っても、ほんとうに一言二言、言葉を交わしたばかりで、あなたたちの探している女の子か分からないの」

彼女は、躊躇いなく大きな口でハンバーガーにかぶりついた。よほど、お腹が空いていたのだろうかと明香里は思った。アギトは、特に気にならないようだ。

「構いません。些細なことでも情報が必要なんです」

「そうね。ちょうど今頃の時間だったと思うわ。制服姿の女の子が、喫煙席にひとりで座っていたのよ。きっと、席を間違えたのだと思ったわ。黒髪のおかっぱに眼鏡をかけていて、いかにも優等生という面持だったの。気になって、話しかけたら、余計なお世話だと突っぱねられてしまってね。しつこくするのもどうかと思って、私は、少し離れて座ることにしたの。とくに、その女の子に注意を払っていたわけではなかったのだけれど、偶然見ちゃったのよ。彼女の席に男が座ったところだったわ。後ろ姿で顔は見えなかったけれど、嫌な予感がしたの。女の直感というやつね」

彼女は、ほとんど、一息でまくし立て、やっとポテトに手を伸ばした。

アギトが立ち上がったのは、更衣室から出てくるスタッフウェアの男の子に気が付いたからだった。女性に会釈してから、さっと彼の後ろに回りこみ声を掛ける。明香里もそれに続いた。店員のネームプレートは、(たま)()とある。155センチの小柄な体型に幼い顔つき。男はすでに20歳の誕生日を迎えていたが、アギトは、彼を高校生のアルバイトだと思ったらしい。

「君、昨日のこの時間帯に出勤していた従業員を知らないか」

アギトは、従業員の誰かが男の顔を見ているだろうと考えたのだ。明香里は、なるほどと思った。

「わかりませんね。店長に聞かなければ」

明香里は、思わず鼻を覆ってしまった。休憩上がりの彼は全身煙草の匂いに包まれていたのだ。

「今、店長はいるかい?」

「いえ、今日、店に来る予定はありません」

彼は、明らかに警戒していた。

「私の友達がお店の人に一目ぼれしたらしいの!」

男性店員がその場から離れようとするのを感じて、明香里は、夢中で話す。

「でも、名前も分からないのよ。だから、昨日、シフトに入っていた人を教えてほしいの」

「君の友達と釣り合う人は、この店で働いていないと思うけれどな」

男は、苦笑いしながら、小学生の明香里をまじまじと見下ろした。

「ちなみに、君は昨日、働いていたかな?」

「いや、僕は、休みだったんだ。ねえ、君の友達というのは、もしかして、いつも決まった席にノートパソコンを持ち込んでいる彼女のことか?」

 男性店員は、顎で壁側のテーブルにいる先ほどの女性を指した。

「悪いけれど、今、話しているところを見たんだ。なら、希は薄いと伝えてくれ。きっと、君の友人が探している人は、佐倉先輩だろうと思うけれど、そういえば昨日の夕方シフトに入ってたからね、ただ、食い意地の悪い万年小説家志望は彼のタイプじゃないよ。彼女、ここいらじゃ有名なんだ。前も、店内は、観戦帰りのサポーターで溢れかえってるっていうのに、知らぬ存ぜぬでさ。正直、涼しい顔して中華まんにむしゃぶりついているあの顔を見たら呆れを通り越して殺意を抱いたよ。社会の塵ってあー言うのを言うんだね」

彼は、その口端に侮蔑の笑みを浮かべ、下のフロアに掛けて行った。

「いいの?」

明香里は、男を目て追いかけながらアギトの上着を引っ張った。アギトが彼を引き止めようとしなかったのは、これ以上、あの店員と話たくないと思ったのと、あることに気付いたからだった。

「あいつ、昨日も、この店に居たようだ」

「え? なにそれ、どういうこと?」

アギトは、ぶんぶん揺さぶられながら、話した。

「昨日、××体育館でバレーボールのトーナメント戦があったのは知ってるだろ?」

明香里は、昨日、駅で、横断幕を持った人とすれ違ったことを思い出して、大きく頭を縦に振った。

「いつもは寂しい○○駅も、この時ばかりは臨時のバスが出ていて、騒がしかった。当然、駅前に構えているこの店も例外ではなかったろうよ。で、観戦帰りのサポーターとくれば、夕方以降の話だよな。極めつけは、肉まんだ。この店の期間限定商品。販売開始日は昨日だ」

アギトの人差し指は、テーブルに備え付けられたメニュー表を示していた。

「あいつ、嘘ついたんだ!」

明香里の目は、小学生とも思えぬ眼光を放った。

「いや、休みだと言ったんだ。客として、来店したことも考えられるだろう。佐倉という従業員がシフトに入っていたという夕方、あいつもこの場に座っていたんじゃないか。その時、小学生くらいの子が店内にいなかったのを見たんだろう。だから、お前の友達と言っているにも関わらず、ノートパソコンの女性が頭に浮かんだ」

アギトは、目線を上げて監視カメラの位置を確認した。従業員更衣室は、ちょうど死角になっている。

「重要参考人の一人さ。おい、直樹妹。お前、30秒、俺の壁になれ」

「だから、その呼び方どうなの?」

明香里は、不服そうな顔をする割に、大人しくアギトに協力した。アギトは、手際よく自分の髪からヘアピンを抜き鍵穴に指す。彼にとって、ボタンを外すくらいの手間である。かちりと音がして、ドアが開くまで20秒もかからなかった。ふたりは、店内を見渡してから、ロッカーに入る。ノートパソコンの女性の他に女子高生のグループを見たが、誰もアギトたちに気付くものはなかった。


従業員更衣室は、両手を広げるのもやっとの広さで、空気が澱んでいる。アギトが手探りでスイッチを付けると、一本の蛍光灯が瞬いた。ふたりは、壁に備え付けられている縦長のロッカーを順に開閉していく。パンプスが入ったもの、高校生の制服がかかったものを除いて、使用している形跡のあるものは二か所、うち、ひとつから、あの煙草の匂いがして、ふたりは目配せする。ロッカーには、ハンガーに掛けられた衣服と大きいスポーツバック。薄手のダウンジャケットのポケットに携帯電話を見つけて、アギトは、にやりとする。だが、忽ちのうちに、それは険しい表情へと変わっていった。“mizuki kanaumiさんにメッセージが届いています”二つ折携帯の上蓋をネオンカラーの文字が流れていく。明香里がアギトの腕を自分の目の高さまで引き寄せた。

「ミ・ズ・キ・カ……金海みずき!」

明香里がはっと両手で口を覆った。声を落として言いなおす。

「アギト、金海みずきは、Xが誘拐した小説家よね?」

明香里の中では誘拐事件と確定してしまっているらしい。アギトは、何も答えず手首のスナップを効かせ携帯を振り開いた。親指を小刻みに動かし、新着メールを出す。ピーチランドからの転送メールだった。少女小説家の公式ブログ「金海みずきのらららな日々」にメッセージが届いているという。メールに記載されているURLでサイトに飛ぶと、メッセージの内容を読むことができた。


『件名:X→MK本文:055196547』


アギトは、忙しく画面をクリックしながら話した。

「なんてことだ。俺たちが追ってきた少女小説家はこの携帯の持ち主である男性店員、そして、このメッセージの送り主こそが女子高生Xだった」

「この数字は?」

「本人に説明してもらおう」

そう言ってアギトは、携帯の液晶画面を明香里の前に突き出した。マップアプリが起動しており赤いピックが今いるファーストフード店の裏手を指している。

「このブログは、メッセージを送ると相手にIPアドレスが開示される仕組みになっている。女子高生XのメッセージからIPアドレスを検索サイトに掛けてみたらこの通り」

「○○図書館がヒットしたというのね。なら、こうしちゃいられないわよ! あそこ、19時には閉まるんだから」

アギトは、明香里に腕を引かれ更衣室を出た。ノートパソコンの女が黙々とタイピングしている前を通り過ぎながら、彼は、そういえば、瑞木の姿が見えないと思った。


図書館のメディアコーナーは、三台のパソコンが設置され、インターネットに繋がっているのは、一台のみ。ここから、メッセージを送ったのは間違いなかった。明香里がアギトの上着の裾をぎゅっと引く。彼女は、検索機のパソコンに釘付けになっているらしかった。

「アギト、もしかして、Xがよこしたメッセージの数字、この図書館の本だったりしないかな?」

「貸出コードか」

県内の図書館は、デジタル化が進み、すべての蔵書は個々に振り分けられた9桁の番号で管理されていた。アギトは、検索機の前に座り、明香里は後ろから操作画面を熱心に覗き見て息を呑む。

「あった」

ふたりの声が合わさった。

貸し出しコード055196547の書籍は、アギトたちがいるパソコンコーナーのすぐ後ろの通路にあった。本棚の一番下の段、一四巻続くハードカバーのうちの八巻目がそれだ。なるほどとアギトは思った。一四冊の続きものを八巻目だけ借りにくるやつがいる確率は低い。アギトは表紙を開ける手を止めた。表紙が二重になっていることに気付いたのだ。

「図書館の本をカモフラージュに使ったらしい。中身がすり替えられてやがる」

「やるじゃん、高校生」

明香里は、アギトの腕を引き寄せて小さく歓声を上げた。

「この文章、金海みずきの新作だね。ニュースで話題になっていたものだから、私も読んだんだ!」

ほう。どうして、また、少女Xは、この本を小説家に見せたかったのだろうかとアギトはページを繰る。新作にしては、日焼けた痕が著しい、そんなことを考えていたときだった。ふたりは筆者名が違うことに気付いたのだ。これは30年前に自主出版された小説と知るのに時間はかからなかった。

「これはあいつが盗んだ小説か。もし、作家を少女Xが盗作で恐喝していたとしたら辻褄が合う」

そのとき、スマートフォンの着信音がして、アギトと明香里は、各々のポケットを探った。電話をとったのはアギトだった。

「直樹か。ああ、収穫があったよ。そっちはどうなっている」

明香里がぴょんぴょんと跳ねて受話口に耳を立てようとしたが、アギトは片手で制した。

「いや、なんでもない」

アギトは、無言でうなずき続け、その間、明香里は、ぶんぶん腕をふって抗議した。

「助かった。え、どうして、明香里が一緒にいることがわかったんだ」

そういって、アギトは電話を切り、手の下にある頭を見た。

「お兄ちゃん、なんだって?」

「俺がひとりで聞き込みできた試しがないから、明香里を連れてると思ったそうだ」

「そうじゃなくて!」

「例の日記帳から文章ファイルが見つかったんだと」

「どんな?どんな?」

「少女小説家の告白」

アギトは、通路の先に見えるカウンターの壁かけ時計をみた。もうすぐ閉館時間だ。

「あいつ、はじめから本を取りに来くるつもりなんてなかったんだ……行くぞ」

アギトは、かっと睨みをきかせたままフロアに出て、図書館を飛び出した。明香里は疑問符でいっぱいになりながらも、後を追った。


アギトは、駅の改札前で足を止めた。

「スポーツバックに発信器を入れてきて正解だったね」

 明香里が得意げにふんと鼻をこする。券売機に並ぶ人の中に小説家の姿を捉えてアギトは肩を掴んだ。

(たま)()、いや、金海みずき先生と呼んだ方がいいかな」

 彼は、やれやれ。とでも言いたげに、ゆっくり首を廻す。

「あなたがここまで優秀だったとは誤算でしたね」

「【金海みずきの新作は30年前に出版された小説の写しである】、お前が大型掲示板に書き込んだ文章らしいな」

「人のあら捜しは、みんなの好物だ。僕は、塵どもにエンターテインメントを提供してやった。それだけです」

 盗作騒動は作家の自作自演だったという。金海みずきの新作は、母の小説(かたみ)を模して書かれたのだった。

「つまらん世の中です。でも、母の本だけは、僕にとってこの世界に唯一の光でした。今も彼女の言葉が骨の髄にまで刻み込まれています。素人作家のまま亡くなった母の功績を僕なりに、たたえたかったというのも、また真実」

「あんたも、母親の功績なんじゃないのか」

青年は、鞄を握る手に力を入れた。

「逃げるなよ、いや、逃げてもいいさ。帰って来い。俺は、日記(いしょ)を受け取るつもりないぞ」

彼の指からスポーツバックがすり抜け、地面に叩きつけられた。アギトは、彼の空になった手に図書館の本を渡す。明香里は、黙ってその場に立ち尽くしていた。


「今回の被害者は、図書館の本一冊に、人気少女小説家に失踪された担当者に……」

 マスターの直樹は、グラスに息を吹きかけ、天上のライトにかざした。いつも開店前の準備にぬかりない彼にしては、グラスの磨きが甘い。にこやかではあるが、直樹が怒っているのは違いなかった。昨日、彼の忠告も空しくアギトが明香里を遅くまで連れまわしたからだった。

「直樹よ、広い心を持とうじゃないか」

「……戻ってくるかな」

明香里は、アギトの隣でテーブルに頬杖をついて、大げさなため息をつく。

「少しは、大人になって帰ってくるさ……たぶん」

 一番客がドアを開くまでの少しの間、三人は軽やかなジャズが踊る空間で、今日も思い思いにしゃべり続けた。

物語の矛盾点や内容が理解できないなど知らせてくださいましたら幸いです。最後までお読みいただきありがとうございました。

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