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はこび屋  作者: 一朶色葉
episode2
9/17

一ヶ月あまり更新が停滞していましたが放置していたわけではありません

放置していたわけではないんです(大事なことなので2回以下略)


「・・・まず一旦家に戻るか」

 店主の妻の元から戻ってきた紅雲は何故か手ぶらで、難しい顔でしばし思案した後深々と息をついた。

 ガシガシと髪を掻き回して気怠そうに眉間を揉んでいる。見た目にも年にも不相応な仕草なのに違和感を感じないのは、最初に出会った時の姿もこんな感じだったからだ。

 倦怠感を纏った細身の体躯。手は商人にしては剣を扱う武人のように皮が厚い。──そして大きくて温かい。

「親父、貸ひとつだからな」

「あれの機嫌が直ったのか?」

「まあ半分だけな。あとは望むものが手に入ったらそれでいいらしい。今回の依頼料はあんたに請求しろと」

 にやっと口角を上げる紅雲に店主が心底嫌そうな顔で片手をあげた。

「わかったわかった」

「出来高払いってことでよろしく」

 そう言い置いて紅雲は朱花の腕を掴む。

「行くぞ」

「え? 紅雲さん運ぶ荷は?」

「今回はこっちから運ぶんじゃなくてこっちに運んでくる案件だ。馬で向かって荷を受け取ったら馬車で戻る」

(あ。眉間に皺寄ってる。どうかしたのかしら?)

 何故か苦虫を噛み潰したような顔をする彼に、朱花は首を傾げる。

 普段は表情に乏しい彼にしては珍しく、感情を全面に押し出しているのが印象的だ。

「紅雲さん、どうかしたの? 嫌そうな顔をしているけれど」

「・・・・・・」

 答えられないのか、はたまた答える気がないのか。たぶん後者だろうと予測して、そっと息をつく。

(言いたくないのなら言ってくれなくてもいいのだけれど)

 すべてを包み隠さず他人に曝け出すなんて、朱花にだってできない。だから口を噤んだことは深くは聞かないようにしているのだが。

(それがわかっていても言ってくれたら良いのに、だなんて考えはただの我が儘ね)

 自分はだいぶ我が儘だと思う。少なくとも、紅雲が隠していることを知りたいと願うほどには欲深い。

「紅雲さん。柳夫妻は喧嘩していたようだけれど、あちらは放っておいていいの?」

「犬も食わないってやつだからな、放っておけ。巻き込まれるこっちが馬鹿らしくなるぞ。なにせ喧嘩の原因は──」

 紅雲が紡いだ言葉に朱花は瞬きを繰り返す。そして大きく首を傾げた。

「それだけ?」

「あの夫妻は、柳の親父が柳夫人にベタ惚れしてるからな。結局、喧嘩のときは親父が折れる。結婚するときに不自由はさせないって言ったらしいからな」

「どうしてそんなことまで知ってるの?」

「昔馴染なんだよ、あの夫妻とは。それこそ小さい時から馴れ初めやら惚気やら聞かされてた」

 紅雲の目が死んでいる。対する朱花はキラキラと目を輝かせた。

「馴れ初め!?」

「・・・ああ、女は好きだよなこういうの。親父は元々武器商人。その頃の伝手で今も珍しい商品を他国から輸入してるんだよ。で、柳夫人は元は妓女だ。妓館に付き合いで遊びに行ったときに一目惚れしたらしい」

 必死に口説き落として手に入れはしたが、結果的に今も夫人には頭が上がらないらしい。それこそ惚れた何とやらだ。

 狭い路地を出て人がごった返す広場を紅雲に腕を引かれながらすいすいと抜ける。横目でちらと見ただけで興味を引くものが結構あったのだが、今は急いでいるようなので口には出さない。どうせ後で引き取った荷を届けにまたここに来るだろうから、その時にでも見たいと言えばいいだろう。

 街路樹の並ぶ歩道を足早に歩く。足早に、とは言っても朱花の歩幅に合わせてくれているので紅雲からしてみればそれほど早くもないだろう。時折車道を行く馬車とすれ違いながら、朱花は先を歩く紅雲の背に目を細めた。

「紅雲さん。馬で行って馬車で戻ってくるって言っていたけれど、馬車は向こうで借りるのよね? 荷を柳夫人に届けた後、また馬車を返しに行くの? それならこっちで最初から馬車を借りたほうが手間にならずに済むと思うのだけれど」

 荷を引き取りにどこに行くかは聞いていないが、馬で向かうということはそれなりに遠いのだろうと予測して問うと、黒の眸が肩越しに一瞥をくれた。

「向こうの貸馬車屋はこっちの貸馬車屋の系列だからな。別にこっちに返しても問題はない」

「行先は?」

「春翔国最大の花街──桜夢だ」



***




 黒々とした髪と透けるように白い肌を持つ春翔国女人は、他国からの需要が高い。漆黒の艶髪を乱し、雪肌に紅い花を散らす。男なら必ず抱くその欲を対象にどこぞの誰かが始めた商売が、この国の妓館の始まりだ。

 もちろんのこと、仕事の国と言われている春翔国は、法に触れない限りは自由な商売を認めている。それ故に、この国の妓館は特別やましいものでもなかった。

 だが。

(やっぱり置いてくるべきだったかな)

 少女を好き好んで連れていくべき場所でもない。

 少し下に視線を落とすと、男どもが乱したいと欲を向ける黒髪が目に入る。肩に届くほどだった髪は、いつの間にか肩を超えるほどの長さになっていた。

 馬に乗れる乗れない乗りたくないでちょっとした口論になったのはつい一時間ほど前のことだ。一度家に戻り厩舎から引いてきた馬に跨って、朱花を引き上げるために手を差し出したところで彼女の顔が強ばっていることに気づいた。

「朱花?」

「紅雲さん。私馬に乗れなくて」

「知ってるけど。だからほら、前乗れよ」

「嫌です」

「は?」

「前は嫌です。後ろに乗るわ」

 頑として首を縦に振ろうとしない朱花は紅雲の後ろに乗ると言って聞かなかった。台を持ってきて本当に紅雲の後ろに乗ろうとする朱花の腕を掴んで前に座らせたのは自分でも褒めるべきだと思う。

「後ろ! 後ろがいいの! 私がここに乗ったら紅雲の邪魔になる。きっと前見えなくなるわ!」

「阿呆か。お前の身長より俺の身長の方がだいぶ上なんだよ、邪魔になるわけないだろ。むしろ振り落とさないようにしないといけない分後ろにいられる方が気が散る」

 正論を口に出されて朱花はぐっと詰まる。諦めたかと息をついたのも束の間、彼女はぐらぐらと不安定な体勢で見ていて危なっかしい。

「体預けろ」

 言うだけではきっと聞かないだろうと、細い体を引き寄せて胸にもたれさせる。すぐさま離れようとした肩を掴んで押し止めればやがて諦めたように肢体から力が抜けた。

 ずっと前を向いている朱花が今どんな表情をしているかは紅雲にはわからない。腕の中でくてりとしている朱花の心臓が大暴れしていることに紅雲は気づいていなかった。それもこれも、この抱きしめられていると言っても過言ではない状況から必死に気を逸らそうと流れいく景色に集中している朱花の涙ぐましい努力の成果だ。

(反抗期か・・・?)

 思考が顔に出やすい朱花が淡々とした表情をしていると、こちらが落ち着かない。奇妙な朱花に首を傾げつつ形の良い頭に顎を乗せると、びくりと細い肩が跳ねた。

「・・・・・・紅雲さん。重いわ」

「耐えろ」

 小声での抗議をすげなく一蹴する。考えてみれば騎乗で揉めたあの一件は、朱花が紅雲を避けているようにも見える。杞憂にしか過ぎない、考え過ぎだとわかっていても、その思考が脳裏を掠めただけで紅雲の機嫌は瞬く間に悪くなっていった。

 いっそ冷淡に聞こえる声に、朱花の体が強張る。それをわかったうえで言い直す気も離れてやる気も起きない自分はなかなかに短気な性質だったらしいと、他人事のように思う。

(こいつに何かした覚えは・・・ないな、たぶん。反抗期にしたって世間一般からしたら遅いうえに俺は朱花の親兄弟でもないから・・・・・・まさか父親か兄貴みたいに思われてんのか?)

 なかなか複雑な心境になった。

 さすがにそれはないだろうと頭を振って、自分のときはどうだったかと考える。

(反抗期らしい反抗期は、なかった気がするな・・・)

 そもそも紅雲は六つのときにすでに肉親を亡くしている。そうなれば反抗の相手は親代わりだった朱花の両親になるはずだが、そういった記憶はほとんどない。

 何事にも苛ついてどうしようもなく心がざわついた時期はあることにはあったが、それをどう対処していたかまでは覚えていないものだ。

 自分のこれまでの経験というものが存外当てにならないことには苦笑しか出てこない。

 くつくつと喉の奥から響く低い笑い声に、朱花が首を回そうとした。しかしもちろんのこと、紅雲の顎が頭上にあるために動けない。

「・・・紅雲さん?」

「気にするな、なんでもない」

 誤魔化すようにそう言えば、朱花がむすっとしたのがわかった。それだけであっさり引き下がる彼女は、食い下がったとしても紅雲に躱されるというのをわかっているのだろう。

 不満げに黙り込む朱花の頭から顎を離して宥めるように頭を軽く叩いてやる。強張りを解いてもたれてくる細い肢体。胸部にかかる軽い衝撃と重量。意図的に力を込めて後頭部をぶつけてきたそれは──仕返しのつもりだろうか。ささやかすぎて頬が緩む。

 そういえば家から逃げてきた彼女に出会ったばかりの頃も、盛大な頭突きを食らわされたことがあった。あれは一種の事故だったのだがあの時に比べれば今の頭突きなんて可愛いものだ。

 不満を体現し、仕返しをしてくる。家の道具になるために育てられてきた貴族のご令嬢とは思えないお転婆具合だが、それこそが朱花らしいと思ってしまう自分はなかなか彼女に毒されているらしい。

 思考が、感情が、表情や態度に出るいつもの朱花に、先ほどまで最底辺にあった機嫌が戻ってくるのを感じる。

(・・・我ながらかなり単純だな)

 喜怒哀楽すべての感情を、ぶつけてほしいだなんて。理不尽な怒りも彼女のものならばこちらに向けられてもいいと思う。隠され、避けられるよりはだいぶマシだ。

 警戒を解いて体を預けてくる朱花を見下ろすと、少しだけ口を尖らせていた。わかりやすい態度にまた笑みが漏れる。

(機嫌取りでもするかなぁ・・・。柳の親父を笑えねぇな)

 さて、どうやって機嫌を直してもらうか。

 頭の中で思考を巡らせつつ馬の腹をふくらはぎで挟み、ゆっくりと手綱を引いて速度を落とす。

 春翔国最大の花街が、目の間に広がっていた。


次の更新もまた間が空きそうです(T_T)

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