第三章「第一の事件」――その一
長居は、夕飯の前に帰っていった。
元々そういう予定だったらしく、実はここ数日、彼女の母親が風邪をこじらせて体調を崩しているとのことだった。その看病をしなければならないというわけである。夕飯が完成した直後、八時前に、合宿所から数キロメートル離れた彼女の実家へと、車(長居の自家用車)で出て行った。
ということで、夕飯のテーブルは五人で囲んでいる。
テーブルの上にはシチューやロールキャベツ、ポテトサラダといったメニューが並べられた。長居が用意していてくれた材料で、長居とナガツキと香々美、そして左が作ったものである。家庭科の授業以外に料理の経験がないという雑音と八代は、風呂掃除やベッドメイキングなどの雑用の役目を与えられ、料理にはノータッチということになった。
それらの仕事が終わったのは、料理が完成した頃合。
かくして、できたてのメニューを全員で囲むに到ったのである。
「いただきます」
という号令と共に、それぞれ料理に手を伸ばし始めた。最初にスプーンを握ってシチューをすすった八代は、
「うん、なかなかに美味ですね」
「そうですか? えへへ。それ私とナガツキちゃんで作ったんですよ」
「何と! これがナガツキさんの手料理だったのですか!」
「ナガツキちゃんと『わ・た・し』の手料理ですっ」
口を尖らせる香々美。
しかしそんなことお構いなしに八代はシチューをかき込みつつ、
「いやー、ナガツキさんの手料理を食べられるとは、もう恐縮の極みです! 感動で泣きそうですよ!」
「は、はあ……それはよかったです……。沢山あるので、どんどん食べてくださいね」
「はい! 喜んで!」
冷や汗を垂らしながら笑うナガツキに、八代は元気よく応える。
その隣、雑音がロールキャベツを食べる様をまじまじと見ていた左は、
「どう、雑音君? そのロールキャベツ?」
「え? ああ、まあ、うまいんじゃない?」
「でしょー。ふっふっふっ。聞いて驚いてよ。実はそれ、俺が作ったんだよ」
「……へー」
「ちょっと、何、その薄い反応は? もっと感心するとか、驚きのあまり椅子から転げ落ちるとか、感動のあまりむせび泣くとかあるでしょ…………。まあ、雑音君は照れ屋だからね。分かってるよ。感情を表に出すのが苦手なんだよね。大丈夫、僕にはちゃんと伝わってるよ。淡白な反応だけど、本当はおいしいんでしょ?」
「……まあ、味は悪くないけど」
「どう? 惚れ直した?」
「気味悪いこと言うな! 直すも何も、惚れた覚えもないし、今後一切そんな予定もない!」
感情を隠すことなど微塵もなく、ツッコむ雑音。
――そんな会話を繰り広げながら、しばらく食事は続いた。
結局、全員が――つまり、一番食べるのが遅かったナガツキが――食事を終えたのは九時過ぎだった。
その後は、左は幽霊探知機のメンテナンス、八代と雑音と香々美はテーブルの上でウノ、ナガツキは流し台に立って洗い物と、それぞれの時間を過ごしている。
そんな中、自分の手札を眺めていた雑音は、思い出したように台所の方に顔を向け、ナガツキに話しかけた。
「……そう言えばナガツキさん、気になったんだけど」
「はい、何でしょう?」
ナガツキは洗っていた皿を置き、振り返る。
「ナガツキさんが持ってきた、あの黒くて長い荷物って何なの? ほら、肩にかけて持ってきてたでしょ。あれ」
言いながら、雑音は部屋の隅の壁を指差した。そこには、野球のバットや剣道の竹刀をしまうような、細長いレザーのバッグが立てかけてある。それを見たナガツキは合点がいったように、
「ああ、あれですか? あれはですね――」
エプロンで濡れた手を拭いつつ、その荷物の方へと歩いて言った。そしてそのレザーバッグを手に取って、
「こういうものです」
そのジッパーを下ろした。そこから出てきたのは、赤い柄と黄金色のツバ、そして黒い鞘が被せてある、金属光沢を輝かせた――
「――日本刀?」
「はい、そうですよ」
満面の笑みを浮かべながら、その刀を手に取るナガツキ。
「どうです、これ? なかなかいいものなんですよ。江戸時代に名を馳せた京都の刀鍛冶、緒方六右衛門が、生涯に作った全百八本の刀のうちで最高傑作と謳われたもので、各地の大名がこれを手に入れるために様々な謀略を重ねたと言う――――って、皆さん、何をそんな驚いた顔をなさってるんです? そんな目を開け広げて…………あ、そうですね。皆さん、現代日本では、刀を見る機会なんてそうはありませんよね。珍しいですよね。ええと、日本刀と言うのはですね、打刀や脇差、長巻など様々に分類されまして――」
「いや、違う。僕達が驚いてるのは、そういうことじゃない」
驚愕の表情を浮かべたままの雑音は、ふるふると首を左右に振り、
「僕達が驚いてるのは、そもそも君が何で日本刀なんていう銃刀法違反に真っ向から対立するようなものを持っているのか、しかも何でそれをこの合宿に持ってきたのか、付け加えて言うなら君はそれを持参することに何の疑問も持たなかったということだ」
「ああ、これは主のお母様から預かったものなんですよ」
「……香々美の母さんから?」
「ええ、合宿とはいえ、殿方と一つ屋根の下で過ごすわけですからね。何か間違いがあったら大変だと言うことで、護身用に持たせてくださったのです」
「……その武器じゃ、護身=殺人になるよね?」
「式神とその主人は、離れていてもある程度の意思疎通ができますから、主が危機を感じたらわたくしが一目散に向かいます。ですから、粗相のないようにしてくださいね?」
ナガツキは刀を握ったまま、にっこりと笑顔を作った。
その眩しくも悪寒を感じさせる微笑を眺めながら、雑音は隣の八代の腕を肘で突付き、
「……気をつけてくださいよ、会長?」
「……ああ、気をつける」
呆然としたまま、八代は顎だけ縦に動かした。




