第六章「第三の事件」――その一
時刻は二時半を回っている。
四人は、各々の荷物をまとめて玄関の前に待機していた。四人ともが、長居が到着すれば即刻出られる準備がすでに済んでいるのである。特に左は、来る時に一番の大荷物だったものがすでにスクラップになっていたので、やたら簡潔に支度が済んでいた。
玄関近くの壁際、自分のスーツケースに腰掛けた香々美は、考え込むように顔を斜め下に向けている。しかしその実、これから来る長居のことも、帰路の道中のことも、家のこともすべて意識の外だった。彼女が今考えているのは、ただ一つ――
――ナガツキをもう一度降ろせるのかどうか。
自信は無い。しかしやってみるしかない。成功するまで何回でも、何十回でも、何百回でも、何千回でもやる。やってやる。いつも柔らかく微笑みかけてくれた彼女を取り戻すためなら、いくらでもやってやる。香々美は一人、静かに固い決意をしていた。
彼女の傍らで腕時計を睨んでいた八代は、ふと目線を移し、香々美の周囲を眺めながら、
「……あれ、東さん? ナガツキさんの荷物は、どうするんです?」
「それは、その…………持ちきれないし、ひとまずここに置いておこうと思ってます。ひと段落ついてから、また、取りに来ようと……」
香々美は視線を上げることなくそう答えた。ひと段落――――そう、もう一度ナガツキを降ろすことに成功したら、もう一度来よう。もう一度、二人で来よう。そんな風に逡巡し、香々美は決意をさらに硬くする。
八代はその返答に口をへの字にして、
「まあ、それもそうですが…………ただ、あの刀だけは持ち帰った方がいいんじゃないですか? その……色々問題でしょうし」
「……そうですね」
香々美は納得したように肩を落とした。
「まあ、向こうに着くまでは僕が運びますよ。取ってきます」
そう言って、八代はリビングを抜け、廊下へと進んでいった。そしてナガツキの部屋の扉を開き、中に歩を進めた、その瞬間だった――
――突然、周囲が暗転した。
「え? 何!」
「うわっ、何だ?」
「どうした?」
香々美、そしてドアの手前で立ち話をしていた左と雑音が声を上げる。
香々美は視界に誰も確認できず、音声だけを周囲に投げかけるように、
「ちょっと、これ、停電?」
「……みたいだね。昼間だってのに真っ暗だ。ブレーカー落ちたのかな? ええと、確かブレーカーって外の、玄関の横に――」
そう言って、左が玄関の方向へと足を踏み出した時、奥から、
――がちゃあん
ガラスが割れるような音と、
――どすんっ
重いものが落ちる音が聞こえてきた。それに反応し、
「な、何? 何の音?」
香々美が怯えるような声音。
左は急いで扉を開け、外に出た。そして雨が降りしきる中、戸の横の壁に金属のボックスを発見し、開く。中から出てきた黒いレバーを上に上げた。
すると、部屋の明かりが数回瞬き、白い光を放ち始めた。
甦る視界。しかし左は落ち着くことなく、呆けたままの香々美と雑音の横を通り抜けて、奥へと駆けていく。
半開きの扉を横に蹴り開け、
「八代先輩! 何かあったんですか?」
そう叫びながら中に入って行った――――しかしそれ以降、左の声は聞こえてこない。
それを不審に思った香々美が部屋の方へ近づいていき、中に入ろうとしたその時、いきなり左が出てきた。そして香々美の顔を覆い隠すように抱きかかえながら、
「……入らないで」
言い聞かせるように言う。
香々美はわけも分からず、押されるがままに部屋から離れるしかなかった。
その様子をいぶかしんだ表情で見ていた雑音は、
「どうしたんだ?」
と、左の横を通って、ナガツキの部屋の中をのぞいた。
二日目の朝に、首を切られた人形を発見した場所。今日そこにあったのは――
――首を切られた、本物の死体だった。




