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第四章「迷推理」――その二

 リビングには、重苦しい空気が漂っている。

 香々美、雑音そして八代がテーブルに向かって座っているが、各々目を伏せたまま口を開かない。三人とも思い悩むような、悲しみに耐えるような表情。香々美が落ち着きを取り戻してからゆうに一時間以上経っているが、その姿勢のまま誰も動かない――――動こうとしないのである。

 唯一、雑音は時折顔を上げて香々美や八代の様子を伺うが、それはその動作だけで終わってしまう。他の二人とも、ナガツキに対して普通以上の感情を抱いていた。そのショックは推し量るべくもないだろう。かける言葉が見つからない。雑音はいたたまれなくなりながら、なおも黙っているしかなかった。

 と、背後からぎいという音が聞こえてきた。

 振り返ると、左がナガツキの部屋から出てきたところだった。嘆息しながらこっちに向かって廊下を進んでくる。

 左は雑音の視線に気付くと、困ったような顔をして、

「……さっぱり、分かんないよ」

 と肩をすくめた。

「分からないって、何がだ?」

「色々だよ」

 左は雑音の横、空いている席に座りながら、

「――つまり、何でこんなことになったのかってこと」

「……犯人ってことか?」

「犯人ってのも含めて、色々」

 雑音に自嘲気味な表情を向けつつ、左は鼻を鳴らして答えた。

「ナガツキさんが人形に戻っていたことから考えても、あの妖刀が使われたことは間違いないだろうね。だとしたら誰がやったのか、どうやってやったのか、どうしてやったのか。それらがまったく分からないんだ」

「……お前、さっきからあっちこっちうろちょろしてて、何をやってるんだと思ってたが、そんなこと調べてたのか? そんなの、僕たちが調べることじゃ――――というか、そうだ、早く警察に知らせよう」

 雑音はがたっと椅子を揺らしつつ立ち上がりながら、ズボンのポケットから携帯を取り出した。

「死体がなかったもんだから考えが到らなかったが、これはれっきとした殺人事件じゃないか。早く警察に――」

「まあ、待ってよ。雑音君」

 左が雑音の袖を引っ張り、引き止める。その行動の意味が分かっていないような表情で見下ろしてくる雑音に、左は首をふるふると振りながら、

「これは殺人事件じゃないよ。殺人じゃあない。ナガツキさんは人じゃなくて、精霊だよ。しかも、死んでもいないんだ。警察なんか呼んで、その辺をどう説明するつもりなんだい?」

「それは……」

 雑音は考え込む。

 警察を呼んで、首が切られた人形を差し出して「この人が殺されたんです」と言って、果たして信用してもらえるだろうか? 最低限、精霊を降ろして見せなければならない。さらに、それが手品でもなんでもないことを証明しなければならない。妖刀についても説明しなければならないかもしれない。それができなかったら――ただの悪戯とみなされるだけだ。ハードルが高い。

 結局、雑音も雑音の中で「警察を呼んでも問題がややこしくなるだけで、解決は遠のく」という結論に達し、

「……じゃあ、どうするんだ? このままほっとくわけにもいかないだろ? ナガツキさんは斬られたんだ。斬った人間がいるんだ。この近くに。それは間違いない。このままじゃあ、僕たちまで――」

「だから、俺が色々調べてるんじゃないか」

 左は掌を上に向けるジェスチャー。

 雑音は、その仕草をふっと息を吐きながら眺めた。そして椅子に座り直し、

「……で、調べてみて、何か発見があったのか?」

「いくつかはね。さっきも言った通り、ナガツキさんを斬ったものはあの妖刀だろうけど、それはバッグに入ってナガツキさんの部屋に立てかけられたままだった。つまり、あの部屋に入れれば、誰でもその凶器を手にすることはできたんだ」

「……凶器からは犯人を特定できないと?」

「そ。血なんかついてるわけないしね。返り血で犯人を捜すなんてこともできない。……で、次に考えるのが、一体誰があの部屋に入れたのかってことだ。窓も閉め切ってあったし、廊下の扉は無傷。鍵穴にも他のところにも傷一つなかったよ。そして扉には普通の鍵穴があるわけだけど、その鍵は――」

「――そうだ! 鍵は開いてた!」

 雑音は、左が言い終わる前に叫んだ。

「朝、最初にあの部屋に入ったのが僕だって言うなら、部屋は確かに開いてたぞ。ってことは、犯人は鍵を事前に入手してたってことなのか? それとも合鍵を持ってたとか? その辺を調べてみれば、犯人も――」

「――そういうことじゃないの」

 雑音の話に割り込んできたのは、さっきからうつむいてテーブルの表面を見つめ続けたままの香々美だった。呆然とした表情、いくらか震えている声で、

「ナガツキちゃんは、昨夜鍵をかけないまま寝たのよ。私は閉めるように言ったんだけど、『一秒でも早く主の危機に駆けつけることができるように』って。……だから、鍵がかかってなかったのは元々。そのせいで、そのせいで……」

 歯を食いしばり、まつげに涙を溜める香々美。その表情を見て、雑音は何も言えなくなってしまった。

 左が、黙り込んだ雑音の方を向き直り、

「……とまあ、そういうわけで、残念ながらこれも犯人を断定する材料にはならない」

 肩を持ち上げる仕草をしながら言う。

 雑音は落ち着いた口調を取り戻しつつ、

「……でも、この中の誰かが犯人なのは間違いないだろ?」

「いや、それも分からなくなってるんだ」

「それも?」

「そう。実は朝、そこの――このロッジの正面玄関の鍵も開いてたんだ」

「何だって?」

 言いながら、眉を吊り上げる雑音。

 左は肩をすくめながら、

「今朝、最初に起きたのが僕でね。外に置きっぱなしの幽霊探知機はどんなもんかと見に行こうとしたら、鍵がかかってなかった」

「……それは、かけ忘れたのか? それとも犯人が開けたのか? ええと、昨日最後にあそこを閉めたのは――」

「私」

 またしても、香々美が答えた。顔を上げようともせず、呟くように、

「昨日、幽霊探知機を試運転させた後、最後にロッジに入ったのは私。それは覚えてる。だけど、閉めたかどうかは、正直覚えてないの」

「……まあ、そりゃそうだね。家を出て五分後に『あれ? 家の鍵締めたっけ?』って不安になる人なんていくらでもいる。鍵を閉めたか閉めなかったかをいつもきっちり覚えてる人なんてそうはいない。現実はそうそう都合がいいもんじゃないよ」

 左が嘆息しながら言う。

「つまり、これでこの犯行はすべからく誰にでもできることになっちゃったんだ。そう、この付近にいる人なら誰でも。僕たち以外の誰にでも」

「……でも、僕たち以外に犯人がいるなんて、考えられなくないか? この周辺には民家もないんだ」

「潜んでたのかもしれないよ」

「それにしたって、こんなことする理由が分からないだろ。強盗とでも言うのか?」

「いや、金品は何も盗まれてなかった。……まあ、犯行の動機なんてそれこそ犯人のみぞ知るファクターだ。ただの殺人狂で、ナガツキさんが斬られたのはたまたまかもしれない」

「……つまり、キャンプ地でモンスターに襲われるホラー映画みたいなもんだっていうのか、この状況が?」

 苦笑いする雑音。

 自分で言っていて馬鹿馬鹿しくなる。あんなもの――あんな殺人鬼なんていう〈設定〉には、リアリティの欠片も感じない。あんなものが存在するなんて考えられない。確かに雑音自身もその手の映画を観て楽しむこともあるが、それでもフィクションだという線引きは自分の中にちゃんとある。無差別で出会った人を殺す人間なんて馬鹿馬鹿しい。まだ、殺し屋をターゲットに据えている『藁人形』の方が、信憑性がある。

 その表情から、雑音が殺人狂という意見を鼻で笑っているのを見て取った左は、

「……じゃあ、逆に聞くけど、僕たち四人のうちでナガツキさんを殺す動機を持っている人なんているのかい?」

「……え」

 聞かれて、雑音は言葉に詰まる。

 ナガツキに対して刃を向ける人間。斬りかかる人間。殺そうとする人間。幽霊研究会のメンバーで、ナガツキに対して悪印象を持っている人など思い浮かばない。そもそも、ナガツキは週末の幽霊研究会の活動に時折参加する程度で、そこまで会のメンバーと深い親交があったわけではなかったのだ。そんな彼女を殺すなんて、そんなことをする人は確かに――

「……いや」

 急に、座った姿勢のまま膝の上で拳を握り、香々美の横で固まっていた八代が呟いた。

「一人、一人いるんじゃ……それは……あ、いや……」

 そこまで言って、八代は言葉を濁す。ちらちらと雑音と香々美の方を見やり、さながらこの二人をおもんぱかるような仕草。八代は最後まで言葉を続けなかったが、しかし左と雑音にも、八代が何と言おうとしたのか察しはついていた。つまり、八代はこう言うつもりだったのだろう。

 ――雑音なら、動機がある。

 この中でナガツキを邪険する立場にいる人間は、雑音しかいない。香々美に思いを寄せている雑音にとっては、彼女を守るナガツキの存在が邪魔だったはずだ。

 八代も左もそして当人である雑音も、そこを理解した。理解し、そして考え込むように黙り込んだ。唯一理解していない香々美だけは、きょとんとした目で急に黙り込んだ八代を眺めている。

 変な空気が流れてしまった空間を取り繕うように、左は三人を見回して、

「……まあ、犯人は断定できないわけだから、とにかく今は今後の身の振り方を考えよう」

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